▲渡辺秀樹
Watanabe Hideki わたなべ・ひでき◎慶應義塾大文学部教授。専門は家族社会学・教育社会学。東京大教育学部卒業後、東京大文学部助手や電気通信大助教授を経て現職。著書に『現代家族の構造と変容』(共編著、東京大学出版会)、『現代日本の社会意識―家族・子ども・ジェンダー』(編著、慶應義塾大学出版会)などがある。
家族社会学を専門とする渡辺秀樹教授は、学校に保護者からの多様な要求が寄せられるようになった背景の一つには、「自分の子さえよければ」という「我が子主義」があると指摘する。戦後から現在に至る家庭環境の変化や、そこに潜む問題を聞いた。
学校と保護者との関係が難しくなった理由の一つに、我が子の都合ばかりを優先させる「我が子主義」が挙げられます。「我が子主義」が強まっているのは、戦後、子育ての全責任が家族に、特に母親に集中していることが大きな要因です。専業主婦の割合は1975年にピークに達し、当時は子どもの躾(しつけ)を考えるためには母子関係を調べるのが当たり前、とされました。80年代には「女性イコール母親」という考え方に疑問が投げかけられ、また育児不安について研究されるなど、母親を取り巻く状況を議論する動きはありました。当時に比べて女性の社会進出が進んでいる現代でも、母親がほぼ独占的に家庭教育にかかわっている状況に変わりはありません。 そうした現状から、「母子カプセル」といわれる母子だけの単純な構造が生まれます。その背景には、サラリーマン家庭が増え、夫の不在時間が増えた、親族ネットワークが弱体化した、地域社会のつながりが弱まったなど、さまざまな社会構造の変化があるでしょう。 母子関係は一対一ですから、子どもに意思決定権はなく、母親の言うことに従うしかない。しかし昔の子どもは、祖父母、おじさん、おばさん、近所の人など、多様な関係の人に囲まれていました。その中で、例えば祖父母と母親から違う期待を寄せられたら、子どもは自分の考えで対応していた。昔は意思決定権が子どもにあったのです。更に、大人同士の付き合いを間近に見て、人間関係の機微を学び取ることもできました。その意味で、現代は子どものころから人間関係に複雑さを組み込む仕掛けがなくなったといえるのです。