加藤 由美子

ベネッセ教育総合研究所 教育基礎研究室 主席研究員

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政府は2023年度から5年間の教育政策の方向性を示す第4期教育振興基本計画を決定した。コンセプトとして「持続可能な社会の創り手の育成」「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を掲げ、16の教育政策を示している。その中の「グローバル社会における人材育成」において掲げられた英語力目標は、次のように、第3期計画(2018年~2022年度)よりも高いものに引き上げられた。政府の設定する英語力目標はどのようなものなのか、なぜ目標は引き上げられたのか、そのためにどのような指導や学習が大切かを考える。

〇中学校卒業段階 CEFR A1レベル(英検3級) 相当6割以上  *第3期5割以上

〇高校卒業段階  CEFR A2レベル(英検準2級)相当6割以上  *第3期5割以上

         CEFR B1レベル(英検2級) 相当3割以上  *第4期新設

出典:閣議決定「第4期教育振興基本計画」(令和5年6月16日)

英語力指標のCEFRは「英語を使ってできること」を具体的に示している

CEFRとは、Common European Framework of Reference for Languagesの頭文字をとったもので日本語訳は「ヨーロッパ言語共通参照枠」である。その中の言語能力指標としてCan-do記述がある。Can-do記述は、「言語を使ってできること」を学習者・使用者のレベル別・領域別(「聞くこと」「読むこと」「話すこと(やり取り)」「話すこと(発表)」「書くこと」の4技能・5領域)に具体的に示している。CEFRをもとに国が現行学習指導要領の領域別目標イメージとしたものについて、A1とB1レベルの一部を紹介する。

*出典元の記述では、指導者の目標として「…できるようにする」と表現されているが、ここではCEFR記述のように「…できる」としている。各領域に複数ある記述の中からの選択と表の作成は筆者が行ったものである。

出典:中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善および必要な方策等について(答申)別添資料」(平成28年12月21日)

ケンブリッジ英検、英検、GTEC、IELTS、TEAP、TEAP CBT、TOEFL iBTなどの資格・検定試験団体は、各試験のスコアや級とCEFRレベルの対照表を提示し、受検者や指導者が試験結果と英語力レベルを認識しやすくしている。本記事が解説するニュースでは、一般的にレベル感を認知しやすいように、「英検」の級を使っていると考えられる。

中学生・高校生が「英語を使ってできること」のレベルは向上し続けている

CEFRレベルは第3期計画から英語力目標の測定指標として使用され、目標達成状況や施策の把握は、文部科学省が実施する「英語教育実施状況調査」(以下、実施状況調査)によって行われている。目標達成状況は、A1レベル相当の中学生の割合は、2021年度は47.0%、2022年度は49.2%であった。A2レベル相当の高校生の割合は、21年度は46.1%、22年度は48.7%であった。中学生・高校生ともに目標の50%にはわずかに未達であるが、全体の英語力は着実に向上し続けている。これは中学生・高校生および指導された先生方の努力と都道府県や政令指定都市教育委員会が「英語教育改善プラン」を策定し、地域の実情に沿った英語教育改善を実行・支援された賜物である。

出典:文部科学省「令和3年度『英語教育実施状況調査』の結果について

文部科学省「令和4年度『英語教育実施状況調査』の結果について

なぜ英語力目標はさらに引き上げられたのか?

英語力目標は未達ではあるが、生徒の英語力は着実に向上してきている。では、第4期計画で目標が引き上げられたのはなぜであろうか。

 

コロナ禍によりグローバルな人的交流は激減した一方で、デジタル技術の進展も相まって、オンラインなどで多様な言語を使う人が集まる場では英語使用の標準化がさらに進んだ。「持続可能な社会の創り手の育成」「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を実現していくためには、そのような環境で、日本や外国の言語や文化を理解し、日本への愛着や誇りを持ちつつ、地球規模の諸課題の解決をリードする人材、グローバルな視点で地域社会の活性化を担う人材の育成が求められる。それを支える教育施策の目標として、英語力目標が設定されている。

 

改めて設定された英語力目標について考えてみる。

〇中学校卒業段階 CEFR A1レベル(英検3級) 相当6割以上 *第3期5割以上

〇高校卒業段階  CEFR A2レベル(英検準2級)相当6割以上 *第3期5割以上

 

この2つに加えて、すべての都道府県と政令指定都市において、中学校・高校とも5割以上達成という目標も設定されている。実施状況調査では、自治体による英語力の差が明らかになっている。自治体による格差を是正し、全体の底上げを行って、6割以上を目指すということなのであろう。

 

また新設された目標について考えてみる。

〇高校卒業段階  CEFR B1レベル(英検2級)相当3割以上  *第4期新設

 

2022年度実施状況調査結果では、B1レベル相当以上の高校生の割合は21.1%であった。そこから、ある程度、実現可能な割合で新しい目標を設定し、グローバルに活躍することが期待できる(B1レベル相当以上の)英語力を持つ生徒をより多く育成しようとしていると考えられる。

生徒の英語力に影響を与えた可能性が高い取組は「英語での伝え合いや交流」

22年度実施状況調査結果では、生徒の英語力に影響を与えた可能性が高い取組として次のものが挙げられた。

〇授業において、生徒が英語で言語活動をしている時間の割合

〇英語担当教師の英語による発話の割合

〇ALTによる授業外の活動(英語の授業以外の授業や学校行事での生徒との交流)

 

生徒や先生・ALT(外国語指導助手)が英語で伝え合うこと・交流することが、英語力に影響を与えた可能性が高いということである。生徒の英語力には、これら以外の取組や外部環境が影響を与えている可能性もあることも調査結果は述べているが、このような活動が増えたことで、生徒の英語力は向上してきたのであろう。「英語を使ってできること」のレベルを向上させるためには、英語を使って学習や活動をすることが大切である、と調査結果は示唆している。

 

最後に、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が共同研究「子どもの生活と学び」研究プロジェクトの一環として行った調査から、英語学習に関する結果を紹介する。高校3年生の英語の授業で「話す」「書く」活動をしていた生徒、つまり、より能動的に英語を使う活動をしていた生徒のほうが、英語学習や英語を使うことへの意欲が高い傾向にあったというものである。生徒が英語を使う学習や活動を通して、意欲を高め、その結果として英語力も高めていくことを、これからも応援していきたい。

出典:東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所「高3生の英語学習に関する調査<2015-2021継続調査>」