2021年7月20日、「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の主催により、「これからの進路指導とは?」をテーマにしたトークライブがオンラインで開催された。生徒の学びが変化して進路選択のあり方が変わり、大学入試改革も進む中、これからの進路指導にはどのような視点が求められるのか。そもそも、進路は指導するものなのか。新たな進路指導の可能性を語り合った。
■登壇者
北海道・市立札幌藻岩高校 数学科、進路指導主事 佐々木 佑季
東京都・私立三田国際学園中学・高校 学習進路指導部長 大野 智久
京都府・私立立命館宇治中学・高校 数学科、キャリア教育部長、研究主任、WWLカリキュラムチーム 酒井 淳平
■モデレーター
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 小村 俊平
進路指導に正解はあるのか?
ベネッセ教育総合研究所は、2020年4月から毎週、中学校・高校の有志の教員を対象としたオンライン対話「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」を実施している。その発展的な議論の場として、2021年7月20日、プロジェクトメンバーによる「これからの進路指導とは?」をテーマにしたトークライブがオンラインで開催された。
冒頭に、モデレーターのベネッセ教育総合研究所・小村俊平主席研究員から、テーマに関連した問いかけがなされた。
「『指導』という言葉が使われている以上、進路指導には、生徒を誰もが納得する正解に導くことが期待されていると思います。しかし、そもそも、進路指導に正解は存在するのでしょうか。正解があるとすれば、その正解は誰がどのように決めるのでしょうか」
その問いかけを踏まえ、登壇者は自身の進路指導を見つめ直し、それぞれの問題意識を語った。
最初の論点となったのは、生徒の進路意識の変化にどう対応するかという問題だ。
北海道・市立札幌藻岩高校の佐々木佑季先生は、探究学習を通じて掘り起こされた関心を基に進路を決める生徒が増えている、という自校の状況を説明。「ただ、一般選抜の受験者には、偏差値重視の従来型の指導が求められる場合があります。生徒の関心と大学の難易度とを踏まえた指導に矛盾が起きないよう、学校全体で進路指導をデザインし直す時期に来ていると感じます」と課題を語った。
京都府・私立立命館宇治中学・高校の酒井淳平先生も、「探究学習などの影響で、生徒の進路選択は変わりつつあります。それでも、『行きたい大学』と『行ける大学』をそれぞれ増やし、その2つが重なったところから生徒自身が進路を決めるという進路指導の大きな方針は、どの学校でも変わらないと思います」と話した。
そうした酒井先生の意見に賛同を示したのは、東京都・私立三田国際学園中学・高校の大野智久先生だ。進路指導の根本である、生徒の選択肢を増やす支援は変わらないとした上で、「従来と異なるのは、偏差値による序列にとらわれることなく、『こんな生き方もあるよ』と幅広い選択肢を示し、その実現に向けて支援することだと思います。その意味では、『指導』より『支援』という言葉が近いかもしれません」と述べた。
一方で、選択肢が増えると迷う生徒がいるという、指導上の難しさも示された。それに対して、大野先生は、「大切なのは、まず生徒の内面を育てることだと思います。私は、生徒が関心を示したことに対して、『この大学のこの学部の学びが向いているかも』などと言って、生徒が自身の関心と進路を結びつけて考えられるようにしています。また、今はやりたいことが見つからなくても、しっかり学習することで、将来、選択肢が広がると話しています」と語った。小村主席研究員は、「目標を早く定めた方がよいとは限りません。学習しながら自分のキャパシティーを高めて、将来のありたい姿を考える、質の高いモラトリアムという考え方があってもよいですね」と指摘した。
生徒への敬意が、進路指導の土台
生徒が自分の納得する選択をするための指導の必要性についても、意見が交わされた。
小村主席研究員は、「進路選択という大きな選択の前に、日頃から小さな選択を繰り返す経験が必要ではないでしょうか」と視点を示した。
すると、酒井先生は、「科目選択や文理選択では、その選択がその後の学習や進路にどう影響するかといった情報を十分に提供した上で、生徒自身に責任を持って決めさせたいですね。その選択を『正解』にするのは、その後の自身の姿勢だと伝えることも重要だと思います」と語った。
加えて、小村主席研究員は、「よい選択をしたかよりも、選択したことをよいものにする姿勢が、生徒のその後の可能性を豊かにするのでしょうね」と述べた。
小さな選択では失敗する経験も大事だという意見も出された。佐々木先生は、「失敗や間違いを過度に恐れる生徒は、少なくありません。授業でも生活でも、失敗を次の選択にいかにつなげていくかという指導も大事にしたいと考えました」と話した。
一方、教員に求められる態度も話題になった。大野先生は、「以前、鉄道業界を志望し、専門学校に進みたいという生徒がいました。私自身は鉄道業界にあまり詳しくなかったので、面談でいろいろと質問しながら対話する中で、その真剣な思いに触れ、応援したいという気持ちが強くなっていきました。大学進学だけにとらわれず、生徒の希望進路に興味を持ち、対話を積み重ねることも大事だと思います」と、自身の体験談を交えて語った。
進路指導における、保護者支援の大切さや難しさも語られた。佐々木先生は、「大半の保護者は、『進路選択は、子どもに任せています』と言われますが、生徒の学力などを十分に把握していないケースが多いと感じます」と話した。他の登壇者も同様の課題意識を持っており、生徒支援を充実させるためには、保護者への情報共有の工夫が必要だという意見が聞かれた。
また、生徒の希望進路に保護者が反対する場合もある。大野先生はそうした際に、「自分の希望進路を実現するため、学費を出してくれる保護者が納得できるプレゼンテーションをするように伝えます。それが生徒の志望を強めたり、成長を促したりする大きなきっかけにもなります」と語った。
これからの進路指導における教員の役割とは
終盤には、登壇者それぞれがトークライブを振り返り、今後の進路指導につながる気づきや思いを語った。
大野先生は、「進路指導では、生徒の様子から言うべき時、指導すべき時をしっかり見極めて支援する、働きかけのタイミングが重要だと改めて思いました。そのタイミングを見極めるアンテナの張り方や手立てを考える上で、今日の議論は非常に参考になりました」と、今後の進路指導で大切にしたい思いを語った。
酒井先生は、「進路には『正解』はなく、自分の選択に『納得』して次のステップに進んでいける生徒を育てたいという思いを強くしました。その中で、人生の目標を見つける1つの手段となる探究学習を充実させていきたいと思います」と、生徒の生き方につなげる支援について言及した。
そして、佐々木先生は、「進路選択を生徒本人の今後の学びにいかにつなげていくかが大切であり、そのために、いかに教員が生徒に伴走していくかを考え続けたいですね。生徒の10年後、20年後の姿を想像しながら進路指導に取り組もうと決意しました」と、進路指導は生徒の学びの場であることを強調した。
最後に、小村主席研究員は、これからの進路指導に期待することを次のように語った。
「かつての進路指導は、与えられた競争環境を勝ち抜いて合格を手にする、いわばゼロサムゲームの考え方でした。これから重要になるのは、生徒一人ひとりが何かをやり抜き、自分の殻を破る体験を通じて、自分は成長できる、未来は自らつくるものだと感じられるかどうか。そこに、教員の大きな役割があるのではないでしょうか」
■視聴者からの意見・感想
◎「正解を選ぶ」のではなく、「選んだ選択肢を正解にする」というマインドが大事だと思いました。
◎私は高校生ですが、学校に「大学受験はするものだ」「難関大学に行かなければならない」といった雰囲気があり、自分に合う大学選びをできる環境にあるのかどうか疑問に感じています。成績がよいからといって、難関国立大学や超難関私立大学が合うわけではないのに……と思ってしまいます。
◎進路指導では、教師が生徒を引っ張っていくのではなく、生徒の思いに寄り添うことが大切なのですね。教員が生徒に自身の生き方を見せることも重要とも思いました。
◎本当になりたいものが見つからなければ、大学卒業後でも学び直してよいことを伝えることが、高校時代から必要かもしれません。
生徒の気づきと学びを最大化するPJ