「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」第135回
「教員のキャリアを考える」開催

ベネッセ教育総合研究所では、有志の教員らがオンラインで対話する「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」を、2020年4月から週1回のペースで実施している。2023年3月の第135回では、「教員のキャリア」をテーマに対話会を行った。全国から参加した小学校・中学校・高校の教員や、教育関係者らが議論を深めた。

話題提供は、中山諒一郎先生(昭和学院中学・高等学校教諭)

同じく話題提供をしていただいた佐々木隆義先生(宮城県石巻工業高等学校教頭)

教員からNPO職員に転職、そして再び教員に

まず、話題提供者の2人の教員が、それぞれ自身のキャリアについて語った。

昭和学院中学・高等学校の中山諒一郎先生は、社会科の専任教諭を務めながら、学校法人昭和学院法人事務局長補佐としても勤務している。さらに、学外では企業のアドバイザーを務めるなど、複数の肩書きを持つパラレルワーカーだ(図1)。現在の働き方に至った経緯を次のように語った。

図1 中山先生のキャリアの変遷

中山先生は、中学・高校時代、バスケットボール部に所属し、大学時代は私立高校のバスケットボール部の監督を務めていた。その実績が評価され、大学卒業後、千葉県内の私立高校の教職に就いた。
「教壇に立って授業づくりを深く考えるようになり、ひたすら学会や研究に参加し学ぶ日々を過ごしました。一方で2年間働く中で様々な課題に直面し、学校外で働いてみたいという思いから、教育系のNPOに転職しました。『自立した優しい挑戦者』の支援・育成を目的としたプログラムを運営する団体で、営業やプログラムの企画・運営を担当しました。NPOの仕事以外にも、政党の政策スタッフや政治塾の立ち上げに関わったり、大学のラクロス部の組織づくりのアドバイザーとして働いたりしました」

NPOに1年間勤務した後、現任校の昭和学院中学校・高等学校で再び教員となった。「NPOでの勤務経験は、留学ならぬ”留職”というイメージです。学校外で学んだことを教育現場に還元したいと思いました」と、学校に戻った理由を語った。

社会科教員として採用され、バスケットボール部のコーチも務めたが、それまでの経験を生かし、カリキュラム・マネジメント・プロジェクトチーム座長として学校改革にも携わり、現在は探究科主任と、学校法人の事務局長補佐として法人のマネジメントの補佐も担当している。
「授業をした後、午後は事務局長室に移動し、学校法人の仕事をしています。また、起業家教育を行う会社を立ち上げたほか、中高生向けのキャリアのオンライン部活を行う『はたらく部』のアドバイザー、スポーツイベントの運営・動画撮影・配信を支援する企業である株式会社oneで教育アドバイザーも務めています」と、自身の職務について説明した。

理事長が兼業の背中を押してくれた

中山先生は、私立でも多くの学校が教員の兼業を禁止している現状に触れ、「本校でも就業規則の兼業に関する第一項に『兼業は禁止』と書かれていますが、第二項に『ただし理事長が認める場合は除く』と明記されています。そこで、理事長に兼業について相談したところ、『これからの時代は、教員も複数の職業を経験すべき。大いにけっこうですよ』と背中を押してくれました。きっと多くの先生が、相談すらしていないのだと思います。学校外での活動に挑戦する余地はあるのではないでしょうか」と述べた。

中山先生は、教員が複数のキャリアを持つと、3つのメリットがあると言う。
「1つめは、学校外の人とのつながりができ、それを学校にも還元できることです。例えば、本校でアントレプレナーシップ教育を行った際、私の兼業を通じて知り合った企業に相談したところ、講師を引き受けていただけました。2つめは、様々な分野の専門知・経験知が蓄積できることです。私は公民科の教員ですが、元々、政治について深い造詣があったわけではありません。政治塾の立ち上げや政党の政策スタッフを通じて生きた政治を学んだ経験は、授業づくりに非常に役立っています。3つめは、複数の業界で働き、どの業界でも活用できる汎用的なビジネススキルが身についたことです」

退職後に、教員経験をどう生かすか?

次に、宮城県石巻工業高校の佐々木隆義教頭が、定年退職後のキャリアをテーマに、自身の体験を語った。

佐々木教頭は、3年後に定年退職を控えており、定年退職後は国家資格のキャリアコンサルタントの資格取得を視野に、今から準備している。キャリアコンサルタントとは、学生・求職者・在職者等を対象に職業選択や能力開発に関する相談・助言を行う専門職だ。

「この資格に関心を持ったのは、卒業生が進路でミスマッチを起こしていることや、就職しても早い時期に離職してしまう卒業生が多いことなどがあります。その課題に取り組むために、この資格を取得しようと考えました」と、理由を語った。

佐々木教頭は、長年バレーボール部顧問として、バレーボールチームを持つ企業への就職を希望する生徒を支援してきた。その経験から、仕事内容や求められる人物像など、求人票からだけでは読み取りにくい情報を事前に生徒に伝えることで、ミスマッチが起きにくいと感じた。そこで、自身が、キャリアコンサルタントとなり、学校と企業を仲介して、労働条件や職場の様子などの詳しい情報を学校に伝えたいと考えるようになった。「三者面談に参加して進路のアドバイスをしたり、1・2年生向けの進路セミナーに講師を務めたりすることもできるでしょう」と述べた。

生徒の就職支援の経験から学校と企業をつなぐキャリアコンサルタントになろうと考えた

一方、企業に対しては、学校への求人申し込み、社員教育、新入社員の選考などを担えればと考えている。

「最も力を入れたいのは、社員へのカウンセリングです。早期退職を防ぐために、仕事の悩みや待遇への不満がないか相談に乗り、必要に応じて、企業に仕事内容や労働条件、職場環境等の改善を求めたいと考えています。社内で解決しようと思っても、うまくいかない部分があるでしょう。キャリアコンサルタントという中立の立場の人物が入ることで、企業と社員が互い歩み寄り、問題を解決できる道を探れるはずです。進路指導の経験のある教員経験者であれば、お互いの本音を引き出すことが可能だと思います」と、展望を語った。

キャリアコンサルタントという中立の立場で企業と社員をつなぎたいとも考えている

佐々木教頭からの話題提供後、ある教員から、「キャリアコンサルタントは、学校や企業でも必要とされている役割です。それに近い形で就職支援をしている私立学校はありますが、公立学校は予算が限られています。何か突破口はありますか」という質問があった。

佐々木教頭は、次のように考えを述べた。

「企業からの委託で、キャリアコンサルタント業務を高校内で展開できないかと考えています。現在、日本企業の賃金は、諸外国に比べて抑えられていて、日本人だけでなく、外国人労働者もより賃金の高い国へと移っています。企業は優秀な人材を確保するため、若者が重要視する働きやすい環境整備をアピールする必要があります。そこで、企業から委託を受けて、学校や生徒の現状を詳しく知るキャリアコンサルタントが学校に支援に入るという形態にすれば、高校は費用を負担しなくても支援が受けられるのではないかと考えています」

教員が行う授業の著作権は、個人のもの?学校のもの?

次に、グループに分かれて対話を深めた。

パラレルワークという新しい教員の働き方を提案した中山先生の話題提供を受けて、あるグループの高校教員は次のように述べた。

「私は情報科の教員ですが、現在、公立学校教員採用試験の受験者数は年々減少しています。特にデジタル人材は企業でも引く手あまたのため、情報科の教員不足は深刻な問題です。そこで教員の兼業を可能にすれば、より人材が確保できる可能性があります。企業と連携した授業が行えれば、さらに面白い学びを展開できるでしょう。兼業も含め、様々なキャリアを持つ人材が教員になれば、より魅力的な授業が展開できるのではないでしょうか」

ある高校教員は、「中山先生のように兼業する教員が学校に増えれば、教員も生徒の多様な価値観を認められるようになり、学校が大きく変わると思いました」と述べた。

すると、別の教員から、「私たちのグループでは、『教員の授業は、個人のものなのか、学校ものなのか』という問いが出ました。とても難しい問いですが、授業は『学校のもの』と言われてしまうと、『学校の先生になりたい』という人がいなくなるのではないかと思いました」と課題を述べた。

その意見を受けてある私立高校の教員は、「私の勤務校では副業が可能ですが、もしも本校の先生が他校や塾で授業する場合、その先生が行う授業の著作権はどこにあるのか、まだ答えが出ていません。今後、さらに議論が必要だと思います」と語った。

管理職は面白い! そんな姿を管理職が見せるために

佐々木教頭の話題提供を受けて、ある教員は、多くの企業で若手社員の早期退職が課題に挙げられている現状に触れ、キャリアコンサルタントの重要性は高まっていると述べた。

「大企業を希望する生徒もいれば、職務内容を明確にしたジョブ型を採用するベンチャー企業に入りたいという生徒もいます。生徒のニーズが多様化しているため、専門家であるキャリアコンサルタントによる、適性を見極めたマッチングはとてもよいと思います。また、学校や生徒をよく知る学校の先生が担当することに非常に意義があると感じました」

あるグループでは、一般的に、管理職は校内業務に追われ、忙しいというイメージが強く、充実した管理職のキャリア像が描きにくいという話題が出た。ベテラン教員は、「中堅教員や若手教員にとって、管理職はあまり魅力的ではないと思います。だだ、この対話会には、校内外で精力的に活躍されている管理職の方が大勢参加されています。『管理職の仕事は面白くて、やりがいがある』と、率先して発信する管理職が増えてほしいですね」と語った。

多様なキャリアを持つ教員が教壇に立つ時代に向けて

参加者の意見を受けて、中山先生は、「本日は、皆さんの対話からたくさんのことを学ばせていただきました。今後も学校外に活躍の場を広げる教員をどうすれば増やせるか、学校の管理職の仕事を魅力的にするにはどうすればよいかを考えていきます」と述べた。

佐々木教頭は、「本日は2回目の参加ですが、これからの教育について、真剣に考えている先生が全国にたくさんいることを頼もしく感じています。日本の教育における財産は、皆さんのような若い先生のお力です。よりよい教育について考えていくことで、学校が変わっていくと思います。一緒に頑張っていきましょう」と参加者にエールを送った。

最後に、プロジェクトの代表を務めるベネッセ教育総合研究所の小村俊平教育イノベーションセンタ—長は、対話を通して考えたことについて、次のように述べた。

「私も、様々なバックグラウンドを持つ方が教壇に立つことが必要だと考えています。そのためには、中山先生のように兼業・副業をする教員を増やすだけでなく、週3日は教員として働き、残り2日は企業で働くなど、多様な雇用形態で働く教員が増えるとよいと思いました。私自身もベネッセで働きながら、岡山大学の学長補佐を5年間勤めています。社団法人を立ち上げたり、産官学連携コンソーシアムの事務局長を務めたこともあります。こうした経験は、間違いなくお互いによい影響を与えています。多様な価値観を持つ教員が教育に関わることで、生徒たちに新たな世界を見せることができ、学校がさらに進化していくのではないでしょうか」と議論を締めくくった。

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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