2022年にアメリカのOpenAI 社が ChatGPTを公表・リリースして以来、生成AIは急速に社会に普及しています。各企業は、独自の機能を持つ生成AIのサービスを開発・提供するなど、活用の幅が広がりつつあります。教育現場でも利用が徐々に進み、大学では利用基準の提示や注意喚起が行われています。では、小学校ではどのような活用が可能なのでしょうか。今回は、ベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンターの庄子寛之主任研究員が、東京都西東京市立上向台小学校の5年生を対象に生成AIを活用した出前授業を実施しました。
 

教員自身がまずは生成AIの可能性を知ろう

今回、出前授業を行った上向台小学校は、2024年度に東京都教育委員会「デジタルを活用したこれからの学び研究校」に指定されています。子どもが「一緒に」「同じことを」「同じ方法で」行う学びから脱却し、デジタルを活用することで、子どもが自ら学び方を選択し、自立した学習者になることを目指した授業づくりについて研究を進めています。

同校には、年齢を問わずデジタルの活用に積極的な教員が多く、業務の効率化に生成AIを活用し始めた教員もいると、同小学校の酒見裕子校長は話します。

「学校からのお便りや時間割など資料作成を効率的に進めるために、生成AIを活用するなど、教育現場でもデジタル技術を活用した働き方改革を進めています。将来、子どもたちは学びや仕事に生成AIを活用していくことが予想され、今のうちから正しい知識を身につけさせることが必要だと考えています。

ただ、生成AIには文部科学省やサービス提供者などが定める利用規約があり、例えばChatGPT は、利用できるのは13歳以上で、18歳未満は保護者の同意が必要です。そのため、教員が授業で生成AIを活用する姿を見せることで、『生成AIにはこんなことができるんだ』と、子どもに知ってもらおうと考えました。また、多くの教員に生成AIの可能性を理解してほしいと考え、本日の出前授業は担任以外の教員にも参観を呼びかけました」

生成AIを使って「学級の歌」を作ろう

授業概要

対象:小学5年生、学級活動
テーマ:生成AIを使って「学級の歌」を作ろう。
本時の授業は、文部科学省の「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン」に沿って授業が設計された。

授業のめあて:
学級への所属感を高め、学級目標を意識して「学級の歌」を作ることで、
学級の一体感を高めながらよりよい学級生活を送れるようにしよう。

授業の流れ:
1,本時のめあての共有。
庄子主任研究員は、子どもたちに「学級の歌」を作ろうと呼びかけた。

2,クラスの特徴を話し合い、ホワイトボードにまとめる。
子どもたちは班ごとに「自分たちのクラスはどのような学級か」について話し合い、その内容をホワイトボードにまとめた。庄子主任研究員は「明るい歌にしたいから、『どんな学級にしたいか』という思いも取り入れよう」とアドバイスした。すると、「優しい」「元気」「楽しい」「協力」といったキーワードが次々と挙げられた。
 

学級の特徴について、班で考え、ホワイトボードに記入した。

 
3,他の班の意見も取り入れる。
班ごとに話し合った後、他の班のホワイトボードを見て回った。「よい意見があったら、自分たちの班に取り入れよう」と庄子主任研究員は伝えた。
 

周囲の班を見て回った後、よい意見を付け加えた。

 
4,自分の意見をGoogleフォームに入力。
Googleフォームの「どんなクラス?」「どんなクラスになったらいい?」「学級の歌にどんなキーワードを入れたらいい?」という質問に対して、班で話し合った内容を踏まえながら、各自、自分の考えを入力した。
 

Googleフォームに自分の考えを入力した。

 
5,生成AIを利用する際の注意点を説明。
庄子主任研究員は、黒板の前に子どもを集め、上部にあるスクリーンに自分のパソコンの画面を投影した。庄子主任研究員は、ChatGPTを使う際の注意として、利用できるのは 13 歳以上であり、自分でログインして宿題などに利用しないように伝えた。
 

出張授業を担当した庄子寛之主任研究員。

 
6,集計されたキーワードを生成AIに入力し、歌詞を作成。
庄子主任研究員はパソコンでChatGPTを開き、音声入力をオンにした。そして、「これから学級の歌を作りたいと思います。子どもたちにキーワードを教えてもらったので、そのキーワードを基に歌詞をつくってください」とパソコンに向かって話し、Googleフォームで集計した学級の歌のキーワードをコピー&ペーストして入力した。すると、数十秒で歌詞が表示された。

最初はキーワードの羅列だったが、庄子主任研究員が「1番、2番、サビを明確に作ってください」「単語だけになっている部分を文章にして、みんなで歌える形にしてください」「わかりやすく小学生が歌いやすい歌詞にしてください」「スーパーエーデルワイス(クラスの学級目標)を最後に入れてください」など、歌詞として練り上げるための指示をChatGPTに入力していくと、みるみるうちに歌詞がつくられ、画面に表示されていった。
 

ChatGPTで歌詞を作成する過程をスクリーンに投影した。

 
7,生成AIが作った学級の歌を聴く。
歌詞の完成後、次に音楽生成AIを活用して作曲をした。今回活用した「Suno」は、歌詞に合わせて、ヴォーカルと楽器演奏を組み合わせた楽曲を生成する機能を持つ。歌詞を入力し、曲調を「J-POP」とすると、1分ほどで曲が完成。1曲目を視聴してみると、子どもたちから「すごい」といった驚きの声が上がった。2曲目を流すと、「1曲目の方がよかったね」「ラップ風の曲も聴いてみたい」といった意見が飛び交った。
 

生成AIが作成する学級の歌を聴く子どもたち。

 
8,庄子主任研究員のまとめを聞き、授業の感想を書く。
授業の最後に庄子主任研究員は、「音楽が得意な人もいるかもしれませんが、数分で作詞や作曲をするのは難しいですよね。でも、生成AIを活用することで、あっという間に学級の歌をつくることができました。技術が進化し、人が時間をかけて取り組んでいたことを、短時間で作業してくれる時代になりました。苦手なことを頑張ることは大切ですが、AIの力を上手に借りながら、自分の得意なことをさらに伸ばしていくことが重要だと考えています」と伝えた。その後、子どもたちは授業の感想をGoogleフォームに入力し、授業は終了した。
 

今日の学びを児童たちと振り返る。

生成AIの「速さ」に子どもたちからは驚きの声

子どもたちの感想(一部抜粋)

☆「学級の歌を作る」と聞いたときは何時間もかかると思ったけれど、生成AIを使ったら30分ほどで完成して驚きました

☆自分たちが考えた言葉がAIによって歌詞になり、歌が完成するのが魅力的でした。すべてがうまくいくわけではないけれど、AIを使えば長い時間をかけずに作詞・作曲できるのが面白かったです。

☆最近はAIが発達していて、さまざまな種類のAIがあるので、これからの未来が大きく変わっていきそうだと感じました

庄子主任研究員のコメント

学級の歌を作る出前授業を何回か実施していますが、今回は子どもたちからたくさんのキーワードが出てきたため、生成AIが歌詞としてまとめるまでに、何度も指示を入れ直す必要があり、時間がかかりました。

日々進化している生成AIは、事前に準備していないと、授業でうまく活用できず、教員がまずは自分で活用してみることが大切だと考えます。今回の授業では、子どもは生成AIの性能に驚き、「すごい」「速い」だけでなく、「怖い」という声もありました。

今後さらに社会での生成AIの利用は広がっていくでしょう。個人的には、子ども自身にも生成AIに触れてほしいと思っているため、授業での活用法をさらに模索していきたいと考えています。

校務でも生成AIを活用し、授業での活用を模索

庄子主任研究員による出前授業は、4年生の「道徳」の授業でも行われ、生成AIの活用に関心のある教員が若手からベテランまで多数参観していました。

酒見裕子校長は、「まずは教員が校務に上手に活用しながら、授業ではどのような活用ができるのか模索していきたいと考えています。現状では、デジタル活用に関する意識やスキルは教員間で差があり、教員が自ら主体的に学ぶ姿勢が必要です。
今後も庄子主任研究員のような専門家の力も借りながら、子どもの学びの質を高めるために教員が学ぶ機会を積極的に設けていきたいと思います」と述べました。

西東京市立上向台小学校 校長 
酒見 裕子(さけみ ひろこ)
小学校教員、東京都教育委員会指導主事、福生市教育委員会統括指導主事等を経て、現在は、西東京市立上向台小学校校長。行政時代には、主に教員養成や教員の人材育成、東京都教育研究員(国語)の指導、GIGA端末の導入及び研修計画の立案、不登校特例校分教室の新設等を担当。

ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員
庄子 寛之(しょうじ ひろゆき)
元公立小学校指導教諭。大学院にて臨床心理学について学び、道徳教育や人を動かす心理を専門とする。「先生の先生」として、ベネッセの最新データを使いながら教育委員会や学校向けに研修を行ったり、保護者や一般向けに子育て講演を行ったりしている。著書に『自分で考えて学ぶ子に育つ声かけの正解』(ダイヤモンド社)など多数。
 
 

ベネッセ教育イノベーションセンター

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