木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
㈱ベネッセコーポレーション入社後、ベネッセ教育総合研究所で子ども、保護者、教員を対象とした調査研究に携わる。東京大学社会科学研究所客員准教授(2014~17年)・客員教授(2021~22年)、追手門学院大学客員研究員(2018~21年)、横浜創英大学非常勤講師(2018年~22年)などのほか、文部科学省、内閣府などの審議会や委員会の委員を務める。
OECD(経済開発協力機構)は「Education2030」のなかで、これからの教育が果たすべき目標として「個人と集団のウェルビーイングの実現」を掲げている。また、2023年6月に閣議決定された「第4期教育振興基本計画」では、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が教育政策の方向性の柱の一つに示された。このように、今、世界でも日本でも、ウェルビーイングにつながる教育の実現が目指されている。それでは、どのような要因が、子どものウェルビーイングと関連しているのだろうか。
そのような問題意識の下で、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所は、共同で実施する「子どもの生活と学びに関する親子調査」のデータを用いて、子どもの「幸せ実感」――「今、幸せ」「将来、幸せになれる」と感じているか――に着目した分析を行った。その結果、子どもの「幸せ実感」には、保護者や友だちとの関係、学校生活や学びの状況、子ども自身の自己認識など、多くの要因が複合的にかかわっていることが判明した。この分析からわかったことを、2回に分けて紹介する。今回は、子どもの「幸せ実感」の実態と家庭(保護者)にかかわる要因を中心に取り上げる。
●子どもの「幸せ実感」の実態 ―8~9割が「今、幸せだ」と回答
最初に、どれくらいの子どもが幸せを実感しているかを確認しよう。
図1に「自分は今、幸せだ」と「自分は将来、幸せになれる」の回答結果を示した。これをみると、85.1%が「今、幸せだ」を、80.0%が「将来、幸せになれる」を肯定している。この結果は、文部科学省の全国学力・学習状況調査の結果(「普段の生活の中で、幸せな気持ちになることはどれくらいありますか」)とほぼ一致している。「幸せか」と問われれば、多くの子どもが「幸せだ」と回答する状況といえる。
ただし、課題も見いだせる。この2つの項目について、肯定しなかった子どもはそれぞれ1~2割だが、この数値は決して低く。30人の学級だと、5~6人は、「今、幸せだ」「将来、幸せになれる」とは感じていない子どもがいることになる。また、肯定とはいっても「まあそう思う」が多数で、「とてもそう思う」は3割程度である。「とても」とまで言い切れる子どもは少ない。さらに、肯定する割合は、学校段階が上がるにつれて低下するということもある。特に、小学生から中学生になると、「幸せ実感」は低下する。
●子どもの「幸せ実感」に関連する要因 ―保護者や友だちとの関係、学校生活、学び、自己認識などが関連
それでは、子どもを取り巻く様々な要因の中で、何が「幸せ実感」と関連しているのだろうか。
図2は、その全体像を示したものである。地域(図内①)、家庭環境(図内②)、子どもの属性(図内④)にかかわる要因は、「幸せ実感」とあまり強い関連が見られなかった。このことは、地域や家庭環境、自身の属性などにかかわらず、子どもが幸せを実感できる可能性を示唆する。住んでいる地域が都市か地方かということや、家庭が豊かかどうかなどは、直接的に幸せ実感を左右しない。ただし、他の要因を統制しても、学年が上がるにつれて子どもの幸せ実感は低下した。後述するように、家庭生活や学校生活などの要因が複合的に関連した結果と考えられるが、子ども自身のメタ認知が高まり、楽観的に「幸せ」とは回答できなくなるといった発達段階も関連しているものと考える。
●保護者の要因 -保護者自身の幸せ実感や教育的な働きかけが重要
比較的、関連が強く表れたのは保護者の要因(図内③)である。
1つは、保護者の幸せを実感が、子どもの幸せ実感と関連している。調査では、子どもと同様に保護者にも「今と将来の幸せ」をたずねたが、同じ親子で回答が一致するかどうかを確認したところ、保護者の幸せ実感が高いと子どもの幸せ実感も高い傾向が見られた。保護者が充実した生活を送っているかどうかが、子どもにも影響するということだろう。
もう1つは、保護者が子どもに寄り添うような働きかけをしているかどうかである。
子どもの「幸せ実感」の状態を高い群(幸せ高群)、中程度の群(幸せ中群)、低い群(幸せ低群)に分けて、保護者の教育的な働きかけとの関連を見てみた。すると、図3に示したように、「勉強の面白さを教えてくれる」「勉強で悩んだときに相談にのってくれる」「結果が悪くても努力したことを認めてくれる」といった働きかけを受けていると答えた子ども(肯定群)は、そうした働きかけを受けていないと答えた子ども(否定群)よりも「幸せ高群」が出現する割合が高かった。保護者のかかわりについての結果を総じて見ると、学習を直接教えるといったかかわりよりも、相談にのる、努力を認めるといった寄り添う働きかけのほうが「幸せ実感」との関連は強かった。子どもが幸せだと感じるためには、見守り、認め、励ますような保護者のかかわりが大切である。
それでは、保護者以外の要因は、子どもの「幸せ実感」とどのように関連しているのだろうか。
次回は、学校生活や友だち関係、学びの状況や子ども自身の自己認識など、幅広い要因(図2の図内⑤)との関連を見ていきたい。
今回紹介したデータの詳細は、ベネッセ教育総合研究所のホームページで確認できる。子どもが幸せを実感できる社会を実現するために何ができるかを考えるヒントにしていただければ幸いである。