谷本 祐一郎

(株)ベネッセコーポレーション 学校カンパニー 教育情報センター長

詳しいプロフィールはこちら

「生徒の強い思いと行動力があれば、たとえ障がいがあったとしても希望進路をあきらめる必要はない」こう語るのは、福岡県立福岡高等聴覚特別支援学校の安永陽一教頭先生だ。同校の2022年度の高等部3年生(高校3年生)は、進学希望クラス8名のうち、佐賀大学、筑波技術大学、筑紫女学園大学など、5名が4年制大学へ進学した。今回は、その高等部での受験指導について、安永陽一教頭先生と樽谷三枝先生(国語科)にお話を伺った。

「挑戦」を学年のスローガンに高校生活をスタート

2020年度、該当学年の生徒はコロナ禍で入学した。「コロナ禍であってもこの学校で様々な経験をしてほしい」という先生方の思いから、学年のスローガンを「挑戦」と設定し、学年をあげて生徒の様々な挑戦への後押しをしていった。例えば、資格試験や検定を積極的に紹介して生徒の受検を促したり、部活動にもほぼ全員が加入し、世界大会に出場する生徒もでてきたりと、優秀な成績を残す生徒も多かった。そういった学年の方針が、物怖じしない生徒の行動につながり、進路選択においても積極的に受験と向き合う姿勢にもつながっていった。

多様な入試方式から生徒の特性を生かす進路指導

同校では、基礎学力の育成にも力を入れていたが、授業進度の関係上、模擬試験等で高い合格可能性判定を得ることが難しかった。こういった状況もこれまで受験に積極的になれない生徒の心理的ハードルであった。

しかし、「将来は●●になりたいから、この大学に進学したい」という明確な志望動機を持った生徒も多く、「聴覚障がいがあるからといって希望進路をあきらめさせたくない」という思いから、進路指導にも力を入れていった。その中で、近年拡大している学校推薦型・総合型選抜を利用した進学の可能性を、キャリア教育課(進路指導部)とも連携しながら模索していった。「面接や小論文指導など、受験に向けたハードルは多いですが、学校全体で生徒の進路支援に取り組んでいきました」(樽谷先生)

週末課題で読解力と表現力を育成し、受験対策小論文の土台に

2020年度の入学当初より、該当学年では読解力と表現力の育成に特に力を入れてきた。その一環として週末課題では、1年次から毎週コラムの要約と感想の提出を課している。文章の中からその要点を把握し、感想を表現する。これを繰り返すことで、読解力と表現力を培ってきた。

また、より実践的な力を身につけるために、進学クラスの3年次の国語表現の授業で小論文の書き方も指導する。「こういった低学年から読解力・表現力をはぐくむ取り組みが小論文対策にもつながっていきました」(樽谷先生)

小論文の指導を進める中で、4年制大学進学志望の生徒同士で小論文を交換して互いに評価したり、意見を出し合ったりしている様子も見られた。「2022年度の3年生は教育学部志望の生徒が複数おり、その生徒同士で教育に関する時事的な問題について情報交換し、それを小論文に生かしていくなど、生徒の中で自然と『受験チーム』が生まれ、お互いに高めあっている様子が見られた」という。

面接練習を学校全体で指導

学校推薦型・総合型選抜を突破する上で大きなハードルとなるのが面接である。面接では、志望動機や社会でどのように活躍していきたいかなど、生徒の様々な思いを表現し、面接官に伝える必要がある。通常の面接形式では、どうしても面接官とのコミュニケーションを十分にとることが難しい中で、先方の大学と事前に相談を重ねた。「どの程度の障がいがあり、どのような形式であれば対応できそうかなど、すり合わせを行いました。筆談を交えながらの面接形式にするなど、生徒のパフォーマンスが発揮でき、お互いにとってベストな方法を模索しました」(安永先生)

また、同校での面接指導は、担任の先生はもちろん、最終段階では管理職の先生方も面接官役を務め、客観的な視点で「生徒が伝えたいことが伝わるか」を中心に学校全体で指導してきたという。「面接への配慮はあるにしても、ほかの生徒と同様に評価されますから、生徒の志望動機や今後やりたいことなどは妥協せず、しっかり深掘りして生徒の言葉で表現できるように学校全体で指導しました」(安永先生)

進学先・生徒・保護者との密なコミュニケーションが重要

このように生徒の実態にあわせて様々な受験対策を行ってきたが、今まで聴覚障がいをもった受験生の前例がない(もしくは少ない)進学先への受験においては、密なコミュニケーションが重要になってくる。「面接など受験時の配慮や進学後の対応など、多くの進学先で快く相談に乗っていただけますし、不利になることがないように配慮していただけます。むしろ、その相談を絶対に疎かにしてはならないと思います」(安永先生)

また、受験当日だけでなく、進学後も安心して学べる環境をどう担保するかは、進学先・生徒・保護者とも目線合わせをしておくことが重要である。「受験はあくまで通過点であり、合格後の学びも含めた相談を、進学先としっかり目線合わせしておくことが、卒業後も安心して学べる環境をつくり出すのだと思います」(安永先生)

生徒の進路可能性を広げるために

多様な入試が広がる近年の入試環境において、大学に入学する学生の半数以上が一般選抜以外で入学するまでになった。こういった入試の多様化は、今回ご紹介したように様々な背景を抱えている生徒にとっても進路実現を後押しする環境になっている。

社会環境も大きく変化する中で、生徒の希望進路もさらに多様化していくことが予測されるが、生徒の強みや将来の目標を基に、希望進路実現のための進路指導・進路支援の重要性は、ますます高まってくるだろう。