前回は、私の海外での仕事経験をお話ししながら、これからの時代に必要な力や、国際的に活躍する上で特に求められるマインドなどについて私の考えをお伝えしました。今回は、私と同じく、社会人であるのと同時に保護者である方々に向けて、これからの教育に込める思いを、実際に行っている社会貢献活動での経験や、2人の子どもを育てる保護者としての視点を交えながらお話しします。

我が子が楽しそうに学校に行っていない!

私は受験戦争が激しかった時代に、小学校から大学まで日本の教育機関で学びました。大学進学実績の高い学校を受験し、その後大学を受験する……といった両親の意向を踏まえた進路や教育システムそのものについて、好きではなかったものの避けられないものとして受け入れていました。しかし、前回お話ししたような経験を社会で積み、2人の子どもを持つ親になってみて、いろいろな不安や疑問が湧いてきました。それらは、日本の教育システムに対する大それた課題意識というよりも、「我が子が楽しそうに学校に行っていない」という、ごく身近な、しかし切実な問題が生じたことによるものでした。

日本の小学校に通っていた当時小学校4年生の子どもが、私に訴えてきたのは、「授業が進むにつれて、学習している内容に興味が湧き、楽しくなって、没頭する状態になっていたとしても45分後には次の授業に切り替わり、別の学習内容を勉強しないといけない。教科や単元で細分化されない学びがしたい」ということでした。私が小学生の時には考えもしなかった発想でしたが、子どもの話をきっかけに、もっと学びを楽しいと思えるような学校がないかと調べ始めました。文献を読んだり、情報検索をしたり、現地視察したりすることなどを重ねた結果、子どもは4年生の後期に、モンテッソーリ教育(*1)を行う小学校に転校することにしました。

*1 モンテッソーリ教育:「子どもには自分で自分を教育する、育てる力がある」という「自己教育力」の考えを根底にした教育法。 医師であり、教育家であるイタリアのマリア・モンテッソーリ博士が考案したため「モンテッソーリ教育」と呼ばれる。

学習者中心の学びとは、個を認め、評価する軸が多様になること

幸いにも、子どもには転校先の校風が合っていたようで、残りの小学校生活を伸び伸びと過ごすことができました。子どもそれぞれに個性がありますから、特定の教育メソッドを推すつもりは全くありません。ただ、様々な教育を調べたり、現在2人の子どもたちが通っている米国の学校での様子を見聞きしたりする中で、感じたことがあります。

それは、日本の学校も、自分は何かを得意だと感じられる機会や、自分について評価される軸の種類がもっと多くてもよいということです。決められたカリキュラムと時間割の中で進められる学習では、その機会や軸は限られてきます。子ども一人ひとりの「これを学びたい」「これをやってみたい」といった思いや提案を受け入れ、実行されるような学習者中心の学びの時間がもっと増えれば、救われる子どもも増えると思うのです。例えば、子ども一人ひとりのよさが引き出されるようなプロジェクト学習や興味・関心に沿った自由研究を、発表できるような機会を増やすといったことです。そうすれば、それぞれの子の個性や強みが発揮されることが増え、日本の子どもの自己肯定感が高まるのではないでしょうか。そうした経験を積まないまま社会に出る人が増えると、責任の重い管理職になどなりたくない、言われたことだけをやるのが楽だと思うような人ばかりになってしまいます。

自分らしさを認める学びの場を

人間が学ぶ環境について、私は感じていることがあります。学校を始めとする学びの場は、1つの小さな社会です。大抵の人は、自分が信頼している人に自分の存在を認めてほしいと思うものですが、小さな子どもであればあるほど、それを自然に表現しているように思います。乳児期は大声で泣いてそうした感情を表しますし、幼児期は自分が思うままに遊び、表現できる時間が比較的長いものです。それが就学期になると、決められた教育活動を一斉に行うようになります。しかし、乳幼児期に顕著な人の本来の姿を踏まえると、学校で決められた生活を送り、周囲からはみ出ないように過ごすことは、どこかで心のひずみを抱えることになるのではないでしょうか。

私の子どもたちの場合、転校するまではそうした状況に順応することができず、苦痛を感じていました。その分、習い事などの学校外の活動で自分を表現し、大人から認められていたことで、子どもなりに折り合いをつけていたようです。近年、ウェルビーイング(Well-being)であることの大切さが注目されていますが、学びの場においては、一人ひとりの存在が大切にされ、子どもたちが自分らしく学ぶ権利を認められ、自己を発揮できている状態が、ウェルビーイングであると言えるのではないでしょうか。

子どものウェルビーイングな状態を目指し、
まずは大人が心を整える

子どもがウェルビーイングな状態になるには、学校の先生や保護者など、周囲の大人がウェルビーイングであることが不可欠です。しかし、忙しい日々を送っている私たち大人は、つい子どもを自分の思い通りに動かそうとします。そうではなく、先生は先生の、保護者は保護者としての心を整えた上で、子どもと対等な立場で向き合い、それぞれのよさを伸ばしていくような姿勢が必要です。例えば、高校を中心に実践が広がりつつある探究学習は、進めていくうちに先生自身も分からない場面に数多く出合います。そんな時、先生方は知識を教えるというよりも、子どもとともに考えながらサポートする役割に徹すると、子どもはより能動的に学んでいくのではないでしょうか。

また、自分の心を整えるために、1日数分でよいので、マインドフルネス(*2)な状態を意識的につくることも有効です。瞑想が代表的な方法ですが、1日を振り返り、感謝する時間を持つようにしたり、睡眠リズムや食生活といった生活習慣を変えてみたりするなど、自分に合ったやり方で気持ちを落ち着かせるようにしたいものです。

*2 マインドフルネス:自分の心を今この瞬間に向ける状態のこと。脳を活性化させ、ストレスをたまりにくくし、仕事のパフォーマンスを上げる効果があるとされている。

1人ではなく、仲間がいることで、ウェルビーイングにつながることもあります。私が主催する社団法人「FutureEdu」(*3)や「Learn by Creation」(*4)では、先生方を対象とした研修事業やプロジェクト型学習の設計サポートなどを行っているのですが、そこで意識しているのは、参加者のコミュニティーづくりです。単なる成功事例の発表でも、愚痴の言い合いでもなく、悩んでいることを共有し、皆で解決策を気楽に楽しく考える場があると、1人で悩みを抱え込むことなく、物事をよい方向に進めやすくなります。

*3 FutureEdu:米国最先端のプロジェクト型学習を行う高校のドキュメンタリー映画 「Most Likely to Succeed」の日本初上映会を始めたことからスタートした団体。本作品のアンバサダーとして全国での上映会普及活動を行うほか、国内外の先端的な教育現場や教育カンファレンスで、学びに関する知恵や情報を発信中。

*4 Learn by Creation:経済産業省「未来の教室」実証事業のコンソーシアムを前身に、探究的教育環境の普及や社会と情動性の教育(SEL) に関する研修やワークショップ、イベントなどを開催する団体。2022年度は長野県を中心に活動し、「創る」から学ぶ環境が育ち、広がるための活動を継続中。

FutureEduの「What School Could Be アンカンファレンス」(2018年)でのイベントにて(千代田区立麹町中学校、2018年)。

学校と保護者、目指したいのは、
共感できない部分はあっても理解し合っている関係

学校と保護者の関係も同様のことが言えます。これまで日本では、学校が掲げる教育目標や目指す子ども像について、保護者が理解を深め、家庭での教育方針を振り返ったり、踏み込んで学校と議論するといったことはあまり聞かれませんでした。それがここにきて一部のコミュニティ・スクールや新設校、教育改革に舵を切る伝統校などで、より開かれた形で学校教育目標を策定したり、見直したりする学校が出てきていると聞きます。学校は伝え、保護者は知ろうとする機会をつくるなど、互いに努力することが必要です。その上で、双方が目指す子どもの姿は、細かい部分で共感できない点があったとしても、大きな方向性は互いに理解して、同じ方向を向いていることが大切なのではないでしょうか。

ウェルビーイングへのアプローチは人それぞれで、分かりやすい到達ステップがあるわけでもありません。しかし、そうしたあいまいさを受け入れ、楽しむのは、古来日本人が得意とするところです。大人がそれまでの自分をちょっとだけ変えてみたり、今まで言えなかったことを周囲と共有したりするといった経験を重ねていくと、それがウェルビーイングを実現するためのエネルギーになっていくと思います。そうして、大人が自分の心を整え、自分のよさを日々の授業や子育ての場面で発揮できるようになれば、子どもとの信頼関係が強まり、学習者中心の学びも進んでいくと信じています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

竹村詠美(たけむら・えみ)

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