現行の学習指導要領では、高校において「情報Ⅰ」が、小・中学校においてプログラミングが必修となりました。今、社会では、IT人材の増加が求められているだけでなく、絶えず進化するデジタルメディアを使いこなす力がすべての人に必要とされています。今回は、私が代表を務める日本メディアリテラシー協会での活動を織り交ぜながら、メディアリテラシー教育の必要性やその実践のポイントをお話しします。

メディアリテラシーとは、相手の気持ちや情報を批判的に読み解く力

「メディア」と聞いてまず思い浮かぶものは、大人の場合はテレビやインターネットが多いのではないでしょうか。ところが、私が小・中学生にアンケートを取ってみたところ、その9割以上が、YouTubeかNintendo Switch®(端末からインターネットに接続して、オンラインゲームなどで他者と交流することができるため)と答えました。高校生の場合はInstagramやXなども挙がります。いずれも、友人と気軽につながることができる機能が共通しています。多くの大人にとって「メディア」は「情報を得るもの」であるのに対して、子どもたちにとっては「他者とつながることができるもの」なのです。メディアリテラシー教育を考える際、まずはその認識の違いを理解しておくことが重要です。

ただ、どのようなメディアでも、情報の送り手と受け手が存在します。メディアリテラシー教育とは、相手の気持ちや情報を批判的に読み解く力を育成することを目的とする教育です。メディアリテラシー教育によって、様々なメディアから得た情報を客観的に分析して処理する力を高めることが今、求められています。

メディアリテラシー教育に興味を持ち、その必要性を感じたきっかけ

私がメディアリテラシー教育に関心を持ったのは、カナダに短期留学していた17歳の時でした。カナダは移民が多いため、国民の多様性を理解し合うことの必要性から、必履修科目である宗教と倫理の授業の中で、メディアリテラシー教育が行われていました。当時、カナダだけではなく、先進国の多くで、メディアリテラシー教育を行う授業があることを知り、メディアリテラシー教育に興味を持ちました。「なぜ、日本ではメディアリテラシー教育の授業が行われないのだろう」と思ったのが始まりです。その後、メディアリテラシー教育への関心は途切れることなく高まっていき、アメリカと日本の大学で研究を進めました。

そうした中、私にとって身近な存在だったある高校生が、当時流行していたSNSの掲示板に書かれた内容に苦しみ、自ら命を絶ちました。私は激しく動揺し、悲しく、言葉にできない思いでいっぱいになりました。そして、彼女のように苦しむ人が1人でも減るような世の中をつくりたいと強く思いました。単に研究するだけではなく、メディアリテラシーの大切さを世の中に広く伝える必要があると考え、日本メディアリテラシー協会を立ち上げました。

高校卒業までに身につけたい「メディアの賢い使い方」を支える2つの力

メディアリテラシーの重要性を伝える際に私は、「メディアを賢く使ってください」と表現しています。では、どのように賢く使えばよいのでしょうか。SNSやネットゲームは危険だからといって一律に遠ざけたり、使用時間を極端に減らしたりすることは賢い使い方とは言えません。目指したいのは、自分にとっての賢い使い方を自ら考えて実践できる状態です。10代は言わばその練習期間。社会に出て独り立ちするまでに、賢い使い方の基本を試行錯誤しながら理解し、実践できるようになっておくことが大切です。ここでは、メディアリテラシーの中でも基本となる2つの力についてお話しします。

1.「スクリーンタイム」を自分でコントロールする力

スマートフォンを使い過ぎたり、ゲームをし過ぎたりしている自分に気づき、自らメディアから離れることができるセルフコントロール力を身につけましょう。皆さんは、ご自身の「スクリーンタイム」(端末利用時間)は1日どのくらいだと思いますか。私が講演会やワークショップで参加者に尋ねると、1、2時間程度と答える方が多いです。では、実際にご自身のスマートフォンでスクリーンタイムを確認してみてください(*1)。確認した時間帯だけでなく、スマートフォン以外の端末の利用も考慮すると、5時間以上になる方もいるはずです。国の調査結果によると、学校段階が上がるに連れてスクリーンタイムは長くなる傾向にあります。人と話すよりもスクリーンタイムの方が長く、食事中を除けば家族全員がそれぞれの端末の画面を見ていて、会話がほとんどないといった状況では、賢いメディアの使い手になるどころか、メディアに使われる側に陥ってしまいます。「デジタルデトックス」(*2)の習慣を身につけておくことで、自分でメディアを使う時間を区切り、人間関係の構築により時間が取れるようにしましょう。

*1:iPhone端末の場合は「設定」>「スクリーンタイム」、Android端末の場合は「設定」>「Digital Wellbeingと保護者による使用制限」で確認することができる。
*2:SNSやスマートフォン、パソコンなどのデジタル機器から一定期間離れる取り組み。

小・中学生、高校生のデジタル機器別インターネット利用率とインターネットの平日利用時間(2023年)

小・中学生、高校生のスマートフォンを使ったインターネット利用率(2023年)は、小学生42.9%、中学生78.7%、高校生97.4%。平日1日あたりの利用時間は小学生96.6分、中学生164.6分、高校生236.5分だった。学校段階が上がるに連れて利用時間が延びており、高校生は起きている時間のうち1/4程度の時間をインターネットの利用に費やしている計算になる。

出典:内閣府 「令和5年度青少年のインターネット利用環境実態調査」

出典:内閣府 「令和5年度青少年のインターネット利用環境実態調査」

2.様々なメディアを使って情報を入手し、包括的に物事を理解する力

「フィルターバブル」とは、インターネット上での検索履歴やクリック履歴などから、ユーザーが好む情報が優先的に表示され、異なる意見や視点に触れる機会が減少する現象です。自分にとって都合のよい情報しか手に入らないと、視野が狭くなり、正しい判断ができなくなる可能性が高まります。また、自分の考えが正しいと思い込んでしまうようになる恐れがあり、他者とのコミュニケーションが円滑に進まなかったり、インターネット上で炎上したりするケースも見られます。
複数の人が集まる場で、すべての人が同じキーワードを検索したら、どうなると思いますか。検索結果の画面の上部には、スポンサーの広告や場所に関する情報など、一人ひとりのそれまでのインターネットの利用傾向に基づいた結果が上位に表示されます。スポンサー広告であれば、そのスポンサー経由で買い物をすることが多い人であること、場所の情報や地図であれば、行き先や経路を調べることが多い人であること、動画の情報であれば、動画を数多く視聴している人であることが分かります。
フィルターバブル状態に陥らないよう、普段から様々なメディアを使って情報を入手し、包括的に物事を理解するようにしましょう。そうした力が身につけば、異なる意見も柔軟に受け入れられるようになり、適切な解決策を見つける力の向上も期待できます。

学校、家庭、民間をつなぐ橋渡し役に

日本メディアリテラシー協会に寄せられるご依頼の中で最も多いのは、教育行政機関からのセミナー・研修業務です。ほかにも、学校・PTAへの教育活動や、SNSによる犯罪行為をしてしまった未成年向け更生プログラムの開発のご依頼、男女雇用や人権に関する行政部門からお問い合わせをいただくこともあります。メディアリテラシーがかかわる領域の広がりとともに、その重要性がますます高まっていることを実感しています。

テクノロジーは常に進化し、新しいメディアが登場しています。そのため、メディアリテラシー教育を学校だけ、家庭だけで行うには限界があります。当協会のような媒介的な存在があることで、民間企業や研究機関といった第三者を巻き込みながら、学術的なことや日々更新される情報を、一般の方や子どもたちに分かりやすく伝えることができると考えています。当協会が、学校と家庭、そして民間をつなぐ役割を担うことで、社会全体のメディアリテラシーを高めることができればと思っています。

 

(本記事の執筆者:神田 有希子)

寺島絵里花(てらじま・えりか)

一般社団法人日本メディアリテラシー協会 代表理事

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