前回は、知的好奇心が満たされる喜びが、数学や科学への興味・関心を喚起することを、私自身の経験を基にお話ししました。今回は、数学や科学に興味・関心を持つ若者が少しでも増え、国内外で活躍する人材が輩出されることを願いながら、中学校や高校での授業や進路指導の際に先生方に意識していただきたい点をお話しします。

学問分野を融合して世界最先端の研究を日本から発信

2007年、カブリ数物連携宇宙研究機構(以下、Kavli IPMU)が、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム (WPI) に採択されたことをきっかけに日本で設立され、私はその初代機構長を拝命しました。Kavli IPMUは、数学、物理学、天文学のトップクラスの専門家・研究者たちが集まり、連携して宇宙の起源を探る拠点です。設立を検討していた東京大学の関係者から、カリフォルニア大学バークレー校にいた私に機構長の相談が来た際に、「新しい研究所のテーマは宇宙だ!宇宙を軸に、数学と天文学と物理学が連携しよう」と、思い切った提案書を作成したのですが、私は日本で提案書を書いたことがなかったこともあり、まさかこの企画が審査を通るとは思っていませんでした。

Kavli IPMUでは複数の学問分野を融合的に扱うため、専門外の研究内容を学ぶ機会が生まれ、互いが取り組む謎の解明につながる相互作用が生まれました。また、多くの日本人は、先進的で興味深い研究をしているのにもかかわらず、英語力や発信力が不足しているばかりに、海外で認められないことがよくあります。そこでKavli IPMUを、日本の研究者を世界に紹介する場にもしました。

Kavli IPMUでの研究に限らず、宇宙物理学において日本が世界の先端を走っている研究はいくつも存在します。岐阜県にある大規模実験装置「スーパーカミオカンデ」は、宇宙のこれまでとこれからを解明する鍵となる物質を検出するものです。同様の実験装置はアメリカや中国などにもありますが、実験の規模やこれまでの経験の蓄積などの点から日本の方が優れていると言えます。実際、これまでに「カミオカンデ」と「スーパーカミオカンデ」によって、ノーベル賞を2つ獲得しています。27年にはさらにパワーアップした後継機「ハイパーカミオカンデ」が稼働予定で、今後も日本において、宇宙の全貌を解明するための研究はますます活性化するでしょう。日本の研究者が将来、活躍するフィールドは幅広く存在します。数学や科学に興味・関心を持つ日本の若者が少しでも増え、国内外で活躍する人材が輩出されることを願っています。

東京大学柏キャンパスにある、カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)。数学、物理学、天文学を含む様々な分野の国内外の研究者が、分野や国の垣根を超えて共同研究を行っている。毎日午後3時には、写真のようにティータイムが設けられ、その場での会話がきっかけで、世界トップレベルの研究成果につながったこともある。

授業では、「既知」と「未知」の仕切りをしっかり伝えてほしい

私が日本の子どもたちにはぜひ、数学や科学の面白さを知ってほしいと願う一方で、先生方にお願いしたいことは、もしも少しでも数学や科学に興味を持っている子がいたら、興味の芽を摘まず、伸ばしてあげてほしいということです。そして、その子が疑問に思っていることがあれば、少しだけでもよいので一緒に調べたり、考えたりする機会を持っていただきたいと思います。

今、中学生・高校生は、数学や科学の授業を楽しんでいるでしょうか。もしも楽しめていない生徒がいる場合は、教科書の内容を一方的に解説するだけでなく、身の回りにある現象を素材として取り入れ、生徒の好奇心を刺激するような授業を増やせないでしょうか。例えば、もうすぐでき上がる鉄板の上のお好み焼きは熱いですよね。その上にかつお節をかけると、ゆらゆらと踊り出します。そのかつお節がゆらゆら踊るというのも、数式で表わすことができるんだよといった具合です。また、お金を増やすために必要な利子の計算は指数関数を使っていることや、株で大もうけするために必要な株価の予測は微分積分で成り立っていることなどを話してもよいでしょう。

もう1つ、理科や数学に限らず、すべての教科において、碩学(せきがく)の徒である先生方にお願いしたいことがあります。それは、ある内容について、「現在のところ、ここまでは分かっているが、ここからは分からない。あるいは諸説ある」といった、学問領域の「既知」と「未知」の仕切りをしっかり伝えてほしいということです。教科書に書かれている内容のほとんどは、事実が証明されている既知事項です。しかし、社会に出たら、答えが決まっていない、分からないことだらけです。中学校・高校のうちから、世界には分からないことが存在し、その境目がどこにあるのかを知る機会があれば、それが物事の何が真実なのか、子どもが自ら考えようとする訓練になります。また、子どもに向けて未知の領域について話すことこそ、子どもの興味・関心を引き出すきっかけにもなるでしょう。

進学する意味を生徒自身に考えさせるような進路指導を

現状を踏まえると、多くの高校生にとって、高校時代に明確な志望動機を持ち、それを貫くことは難しいことだと思います。私は、そうした生徒は大学で幅広い分野を学んだ上で、専門とする分野を決めればよいと思っています。私自身も、大学院に進むまでは具体的に希望する研究領域を見つけられず、大学では趣味の音楽にのめり込んでいました。

では、高校での進路選択の際は、何を大切にすればよいのでしょうか。それは、進学する意味を生徒たち自身が考え、進学先を主体的に選択する姿勢を持つことです。明確な志望動機がある生徒は、偏差値や大人の意見よりも、自分がやりたい勉強ができる進学先を第1志望とするべきです。先生も本人の意思を認め、尊重してあげてください。明確な希望進路がない生徒の場合は、単に「よい大学に行った方がよい」と言うのではなく、多様な講座がある、努力しなければ入れないからこそ、努力してきた人がよい大学には相対的に多いなどと、「よい」の中身を具体的にかみ砕いて伝えたり、生徒に考えさせたりしてください。あるいは、進学後にどのような道を選ぶにせよ、将来、やりたいことを実現しやすいように選択肢を増やしておくという観点から、進路を考えさせてはどうでしょう。結果として選ぶ大学が、生徒自身が進学する意味を考える前と同じでも、周囲の大人が単に安易に勧める大学に進学するよりも、本人の受験に対するモチベーションはより高くなるはずです。

これからの時代は学び続けることが大切だとは言え、何をどう学ぶべきかについては、その人次第で答えは1つではありません。個人的には、今までの常識にとらわれず、新しいパラダイムに潔く移るスタンスを持ち続けることが、学び続けることだと考えます。例えば、アインシュタインは、ニュートンが構築した力学を超える、新しい力学を構築しました。さらに現在は、ミクロな物体については量子力学にとり変わっています。今後も同様に変化していくことでしょう。そのように科学は、誰かが新しいパラダイムに潔く移ることで進歩してきたのです。1つの考えを突き詰め続けてもうまくいかないことを認め、新しい常識に乗り換える重要性は、ほかの学問も社会も同じではないでしょうか。これからの学校教育が、頭をやわらかくしてあらゆる可能性を自由に考え続けられる若者を育てる場であってほしいと願っています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

村山・斉(むらやま・ひとし)

宇宙物理学者。専門は素粒子物理学。

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