2度の教師経験を基に、私が学校の働き方改革を支援するようになって10年目を迎えます。その間、国や自治体、そして社会も、学校の労務環境に注目するようになりました。それでも学校現場は依然として多くの課題を抱え、残業時間を形式的に減らすことに注力するような、本質的ではない改革も見られます。今回は、教師が心身ともに充実した毎日を送るために、学校現場で明日からできる働き方改革のポイントをお話しします。
学校裁量の範囲を知ることで、自分たちでできることが増えていく
働き方改革がなかなか進まない、形骸化してしまっているといった悩みを抱えて「先生の幸せ研究所」に相談に来られる学校関係者は非常に多いです。改革が進みにくくなる大きな要因の1つは、学校裁量の範囲に対する理解不足があります。
例えば、教育課程の編成は校長先生に権限がありますが、教育委員会が各学校に介入し過ぎている場合や域内校長会の横並び意識が強い場合には、各学校でできるはずの意思決定が妨げられていることがあります。逆に、校長先生はじめ校内教職員が裁量範囲の認識が甘ければ「学校にできることは(まだたくさんあるのに)もうこれ以上ない」となっていることもあります。
学校裁量で比較的大きな時間をすぐに生み出せるものとしては、授業時数の見直しがあります。最近では年度途中であっても予備時数をカットした時程に変更して、放課後の時間を確保する学校が増えてきました。
授業時数に関する見直しの権限は校長先生にありますが、その認識が不十分な校長先生もまだ多くお会いします。
しかし、過去の「文部科学大臣メッセージ」にもあったように、標準授業時数を大幅に上回っている教育課程編成の見直しを求められていますし、文部科学省も過去に何度か関連する通知等を出しています。
実は授業時数の他にも学校裁量で実行できることは多く存在しますが、それを知らなければ減らしたり形を変えたりできる業務があることに気づけません。学校裁量の範囲を正しく理解することで働き方改革の可能性が開けます。
働き方改革に取り組む学校の自律レベルを5段階で示したのが下の図です。
働き方改革における学校の自律レベル
裁量範囲の認識以外の理由により、業務改善が進まないことも散見されます。それらの理由は様々ですが、突き詰めるとおおむね「人間関係」または「思考」の行き詰まりに行きつきます。それらは、関係性をほぐしたり思考を転換したりすることで道が開けてくることがほとんどです。
「どうせ無理」から「できるかも・楽しいかも」に
学校の働き方改革の目的は教育の質の向上であり、そのためには「ゆとり」と同時に教師としてのやりがいや幸せも欠かせません。
課題というものは解決してもまた新たに生まれてくるものですし、スーパー教師のような方だけに依存する改革は人事異動で揺り戻しが起こる恐れがあります。
そこで弊社では、自律的・持続的な改革にするために、わくわくした組織風土づくりを大切にしています。
その第一歩として、教師間で本音を出し合うことがとても有効だと思っています。
日頃から思っていた「こうだったらいいな」「なんでこうなんだろう」「そもそも」といったことをお互いに聞き合う中で、「自分たちにも現状は変えられるかもしれない」と場が明るくなっていきます。
対話を通して自分と同じような意見や別の見方を持つ同僚の存在を知ると、安心感が持てたり視座が上がったりします。また、お互いの意見をよく聞き合う経験は人間関係をよくします。そうした対話を何度か繰り返すうちに、わざわざ対話の時間をもたなくても教師間で自然と「そもそも」と本質的な話を始める姿が増えていきます。
出した意見が元になり、具体的な変化が見え始めると「さらに動けば、さらに変わるかもしれない」と、機運が少しずつ高まっていきます。
(上図の「レベル1~2.5」に相当する段階)
すぐにできそうな改善案から長期的に考える必要のある事柄まで、アイデアも課題も様々です。すぐにできそうなことであればとにかく試してみて、長期的な事柄でもトライアルや情報収集をするなど、何かしら行動に移せることはあります。動き始めた実感が「状況は変えられる」という貴重な成功体験となり、業務改善自体が楽しくなってきます。
教職員がそうした成功体験を少しずつ積み重ねていくと、組織としての問題解決力と自走力が底上げされ、組織風土が変わっていきます。残業時間を規定時間内に収めることや業務を削減するといった目に見えやすい部分の改革はもちろんのこと、教師一人ひとりのやりがいや可能性という、目に見えにくい部分も引き出されます。
教職員にとって身近な社会である職員室を、少しずつ知恵を出し合って幸せな場所にしていくわくわくした業務改善活動は、まるで教師の探究学習です。課題発見力や主体的・協働的に解決する力などは、子どもたちに身につけさせたい非認知能力そのものではないでしょうか。
愛知県の中学校で行われた働き方改革のプロジェクト(前回)のように、同僚との対話による業務改善を「共助」と捉えると、制度や人的支援の整備・拡充は「公助」にあたると言えます。そして、教師個人が各自の裁量で行う創意工夫やスキルアップは「自助」です。学校によっては「自助」から取り組み始めることもあります。
立場ごとにできる「自助」の例として、経験の浅い教師であれば、自分の授業時間が延びないよう時間通りに終わらせることを心掛けたり、自分自身のタイムマネジメントの工夫をしたりしてみること。管理職であれば、学校経営についてよく学んで自分のマネジメントやリーダーシップのスタイルを見つめ直すこと。主任やベテラン・ミドル層の教師であれば、自分のタイムマネジメントスキルを同僚に共有したり、自校以外の事例を校内に紹介したりすることなどがあります。立場に応じてできる「自助」は他にも数多くあります。
学校の働き方改革は、教師だけでなく社会も幸せにする
最近では、保護者や地域が学校の働き方改革の推進を後押しする例も増えています。そうした保護者の協力的な態度は、子どもにもよい影響を及ぼすことでしょう。
公立学校の教師はいずれ異動しますが、保護者や地域が支える学校はそう簡単に揺り戻しが起こりません。弊社の依頼の中でも保護者・地域・学校の協働に関することは年々比重を増しており、保護者や地域からは「学校を応援したい」、学校からは「保護者や地域とざっくばらんに対話をしたい」という要望があります。
保護者も地域の方々も忙しいですから、各地域の実情に応じてその地域にいらっしゃる方々が無理なく楽しんでできる具体策を考えていく必要がありますが、まずは気軽に1人からでもできる例として、授業参観などで先生に会う時、笑顔でねぎらいの一言を伝えるといったことから始められます。保護者や地域から学校に連絡がある時、たいていは何か良くない知らせであることが多いため、ちょっとした日頃の関係性作りが教師にとっては非常に大きな安心感につながります。
活動が進んでいる地域では、有志の地域保護者グループが子どもたちの見守りや校内整備から学びに関することまで、楽しみながらその役割を担っており、さながら大人のサークル活動のようです。
学校の働き方改革には計り知れない可能性があり、その取り組みによる効果は、短期的な教育の質向上だけに寄与するものではありません。
前向きに改革に取り組む大人たちの姿は、子どもたちにとって身近な人生のロールモデルになるはずです。
「自分たちが動けば、幸せな社会をつくることができる」と知ることは、子どもたち一人ひとりの将来への希望をもたらしますし、希望をもって卒業していく子どもが増えていけば、日本全体が前向きで活気に満ちた社会になっていくと、信じています。
教師自身がやりがいや幸せを感じるとともに、よりよい社会をつくることにつながるような働き方改革が推進されていくことを願っています。私もその一翼を担うべく、今後も学校現場の支援を続けていきます。