私は現在、「学習者中心の学び」や「探究学習」、「社会性と情動の学び」などに関する社会貢献活動に取り組んでいますが、それ以前は複数の外資系企業に勤め、海外にも展開する事業を起業するなど、教育とは直接関係のないビジネス分野に長く携わってきました。今回は、現在までの経験を通して考えた、これからの社会で生きるために大切だと思う資質・能力やスキルについて、お話ししたいと思います。
英語はツールとして、リーダーシップは資質として必要
国際化が進む社会を生きるためには「まずは英語力を」、と思う方は多いと思います。私の英語の学習歴は、学校での授業や受験勉強以外ですと、大学受験の勉強の合間に聴いたNHKのラジオ英語講座と、大学在学中の1年間の語学留学、そして大学卒業後に米国の大学院で学んだ2年間です。
世界で活躍するためには、英語力などの語学力は必要だと思います。しかし、英語自体は、あくまで国際社会で働くためのスタートラインにすぎません。実際のビジネスで最も大切なのは、リーダーシップだと思います。リーダーシップと言っても、皆の先頭に立って1人ですべてを引っ張っていく形である必要はありません。自分ならではの強みを生かしながら周囲を巻き込んで能動的に動き、目標を成し遂げる姿をイメージしていただくとよいと思います。自分の役割だけを言われた通りにこなすだけでは、国際社会では評価されません。既定の業務範囲以外の課題を見つけ、それをクリアできるように自ら動くことが大切です。私の社会人生活は外資系の証券会社から始まったのですが、株式に関する知識はゼロに近く、主業務である営業も苦手でした。ただ、数学や、パソコンで表計算ソフトを使うのは得意でした。当時はその日の業務情報を手作業で紙にまとめていたのですが、表計算ソフトを使って自動計算できる仕組みをつくり、上司に提案しました。それは通常業務の範囲外のことです。結果、提案は採用され、ほかの人とは異なるスキルで所属部署に貢献することができたことから、高い評価が得られました。
シビアさが要求される、リスクヘッジ力とシナリオ設定力
リーダーシップに加えて、国際ビジネスの場ならではの必要な力として、挙げられるのがリスクヘッジ力とシナリオ設定力です。その2つは、日本企業で必要とされる場合とは桁違いのシビアなレベルで重視されます。例えば、日本では数ページ程度でまとめられる内容の契約書が、海外企業と契約を締結する場合は数百ページに及ぶことがあります。日本人の感覚では、「ここまで書くのか?!」と思うほど条文を細かく記載します。背景にあるのは、他者理解に対する考え方の違いです。日本人はほぼ単一の文化的バックボーンを持ち、相手のことを理解できている前提で話を進めます。一方、英語圏では、互いを理解できていないことを前提に、理解、納得し合うための言葉を選び、細かく丁寧に明文化することが必要だと考えているのです。また、相手と協業したり、交渉したりする際は、うまくいくケースから最悪のケースまでを想定し、各ケースにおける対応策をあらかじめ考えておくことが不可欠です。私自身、契約書を交わす最後の段階で話がすべて白紙に戻され、冷や汗をかいた経験は何度もあります。優れたビジネスパーソンは、コミュニケーションを円滑に進めて自分の考えを通すための語彙力や、様々な領域に関する教養が非常に豊かですので、学生時代にそうした教養をもっと身につけておけばよかったと思ったことも多々ありました。
日本と米国、学校教育の長所の違い
私は小学校から大学まで、いわゆる従来型の学校教育を日本で受けてきました。そこでは、「この学校に受かりたい」「この資格を取りたい」といった具体的な目標と到達までの道筋が示されていれば、それに向かって学び続けられる力を身につけました。そうした点は、日本の学校教育の長所だと思います。ただ、大学や大学院に進むと、受ける授業や専攻する分野などが多岐にわたるため、目標も、目標に到達するための方法も自分で考え、選択しないといけません。私が学んだ米国の大学院では、学術的な知識・技能ではなく、何をどのように学んだらよいのかが分からず苦労する日本人が多く見られました。その点、米国の学生は、自分なりの目標や勉強方法を試行錯誤しながら導くことが上手だと感じました。単純比較はできませんが、自律的な学習者を育てようとする風土を持つ教育機関は、米国の方が多いように思います。
今こそ日本は、サーバントリーダーシップを発揮する時
近年の世界動向を見ると、民主主義離れが進み、力でねじ伏せるような政治が強まっているように感じます。そうした中で日本が存在感を発揮していくには、奉仕の気持ちを持ちながら、世界の国々が持つ力を最大限に出せるように導く、支援型のリーダーシップ「サーバントリーダーシップ」を発揮するとよいのではないでしょうか。特定の指導者や、核に代表される脅迫型の従属関係ではなく、協力と協調による世界の均衡を目指すのです。東日本大震災では、極限状態にありながら、自分の責任を誠実に果たそうとする日本人の姿が世界中から賞賛されました。利己的にならず、皆で協力し合って困難を乗り越えられる力の醸成には、部活動や行事などを含む学校教育が大きく影響していると思います。そうした思いやりを大切にしながら発展を目指そうとする国民性は、現在の世界情勢において模範的であり、今は、日本がリーダーシップを発揮するチャンスでもあると思います。これからの子どもたちの学びが、日本の強みを生かした自律的な学習者を育てるものになってほしいと願わずにいられません。
(本記事の執筆者:神田 有希子)