前回は、中学校時代の陸上競技との出合いや、自分が成長を感じたターニングポイントについてお話ししました。今回は、選手としての経験だけでなく、今、実業団でアドバイザーを務めることも踏まえて、スポーツの指導者・助言者に必要なことについてお話しします。

「諦めないで」と伝えたい

私は現在、実業団の陸上競技部にアドバイザーとして所属しています。選手たちに365日つきっきりでかかわる監督やコーチとは異なり、必要に応じて選手たちの練習の様子を見て、私なりに感じたことやアドバイスなどをしています。選手たちとは時に楽しい話も交えながら、自分の経験も踏まえて、技術的なサポートはもちろんのこと、精神面でも支えになれればと思っています。

学校の先生が、児童・生徒のスポーツ活動を指導・助言する上で必要な力を考えると、私が現役選手だった時の指導者が思い浮かびます。どの指導者も、選手一人ひとりのために親身になって、それぞれの個性に合わせた指導をしてくれました。選手の身体面と精神面の両面を踏まえて、伝える内容や方法、タイミングなどを変えながら指導してくれたおかげで、様々な練習のテーマに対する理解が深まり、実践につながりやすくなりました。その意味で、競技に対する技術の豊富さだけでなく、心理的な機微に聡いことが指導・助言者が必要な力ではないでしょうか。経験を積んだ指導者は、選手が考えていることは選手の表情を見れば分かると言います。

私はアドバイザーの立場ではありますが、例えば何かの悩みを抱えている選手は雰囲気からそれが分かります。その場合はあえてすぐには声をかけずに、少し時間を置いてから冷静に話しかけます。ネガティブなことは言わず、ポジティブになれそうなことを少しでも多く伝えます。例えば、「しんどい時はずっと続くわけではない」「私自身も選手時代、諦めなかったからこそ上を向くきっかけがつかめ、支援の手を差し伸べてもらえた。それを自分から振り払ってはもったいない」などです。もちろん、諦めが必要な時もあります。しかし、その人の未来のために、何があるか分からない可能性を今から手放して後々後悔してほしくないのです。できるだけ前向きな心を持ち、諦めないことを大事にしてほしい。そのためには、自分のことを気にしてくれている人がいて、自分は独りではないと思える安心感が必要です。そして、その選手が元気を取り戻して練習に集中できるようになったら、優しい言葉だけでなく、適切な言葉をかけるよう、かかわりを変えればよいと考えています。

以前は攻撃的に話すタイプの指導者もいましたが、今の時代には似つかわしくありません。物腰柔らかく、しかし伝えるべきことは伝えるスタイルがよいのではないでしょうか。「伝える力」は昔より難しくなっているのかもしれません。

アドバイザーを務める実業団陸上部の練習風景の1コマ。大勢の選手の前で話をすることもあれば、1人の選手に伴走しながらアドバイスをすることも。

選手自身で立ち直ることを信じて、待つ、見守る

現役時代の経験を通して感じたのは、選手が苦しい状況に立たされている時に、指導者があれこれ世話を焼き過ぎずに見守ることの重要性です。アテネ五輪で金メダルを獲得後、次の北京五輪の代表も決まったのですが、五輪直前の練習中に肉離れを起こしてしまい、欠場せざるを得ませんでした。言葉にできないほど残念で悔しかったです。ただ、負傷直後は、次に向けて頑張ろうと前向きな気持ちでいました。ところが、思ったよりもけがの治りが悪く、2、3か月で完治すると言われていたのが1年経っても完治せず、マラソンをやめようかと思うようになりました。つらくて、世界で一番苦しんでいるのは自分だと思い込んでいました。そんな私をじっと待っていてくれたのが、社会人になりたての頃からずっとそばにいてくれたコーチでした。自分の世界に閉じこもり、周囲の声に耳を傾けていなかったことに私自身が気づくまで、見守っていてくれたのです。待つことは簡単なことではありません。しかし、人は力ずくで立ち直りを促されるより、自力で立ち直る方が、その後に大きな力を発揮できます。コーチが待ってくれたおかげで、いま一度自分を立て直すことができ、再びスタートラインに立つ力を持つことができました。

 

プロ意識とポジティブ思考を持ち続けてきた野口さん。当時所属していた実業団の北海道合宿にて、チームメートらと。

部活動でも、自律的に考えて練習させる機会を増やしてほしい

最近では学校の働き方改革が進みつつあり、部活動のあり方も少しずつ変わっている様子を見聞きします。外部指導者がかかわることで、子どもたちがスキルを高められることは素晴らしいと思いますが、恒常的な運営には難しい側面も多いと聞きます。

私もたまに中高生にアドバイスをする機会があるのですが、普段は大人の選手と接している私にとってとても新鮮です。指導者が助言すると、子どもたちが異口同音に「はい」の一辺倒にみえるのは、私が中高生時代から変わっていないのでしょうか。また、指導者の発言は絶対で、異論は無用という雰囲気があるのでしょうか。しかし、時代は変化しています。指導者が主導するだけではなく、自分たちで考えながら動くことも大事です。例えば、指導者が示す練習メニューをただこなすのではなく、一部のメニューは選手自身が考えてみることです。限られた時間の中で、いかに効率よくフィジカルトレーニングを行うかを教師が子どもたちに考えさせるのはどうでしょうか。社会に出れば、言われたことに対して「なぜ?」「自分ならこうしたい」と思う場面に数多く出合います。上の立場の人たちと話し合いながら意見をすり合わせて、よりよいものをつくっていく経験を、中高生のうちから積み重ねてほしいと思います。

食生活への気配りは親ならではの支援

最近は、我が子のスポーツ活動に熱心な保護者が増えたと思います。実業団でも、選手の保護者が試合を観戦に来る姿をよく見かけます。私が高校生の頃は、親が試合を見に来るのは恥ずかしかったものですし、親が見に来ることもほとんどありませんでした。ただ、自分が目標としていた大きな大会は見に来てくれました。それがとてもうれしくて、陸上をやっていてよかったなと思ったものです。時代は変われど、常に親が寄り添っているよりも、そっと見守る方がよいかなと思います。子どもが家から一歩外に出たら、現場の指導者に任せてそっと見守る。その方が子どももスポーツに集中できると思います。ただ、日々の食事への気配りは保護者の支援が不可欠です。今打ち込んでいるスポーツに必要な食事だけでなく、育ち盛りの子どもの成長を長期的な視点からサポートしてあげてください。子どもと一緒に献立を考えることなどは、食生活の大切さに気づかせるきっかけにもなるでしょう。

スポーツを通して、私は目標を立てて努力をし続ける大切さを知り、自分を支えてくれる他者の存在に気づき、感謝できるようになりました。そのようにスポーツは、人間的に成長するきっかけを与えてくれます。もちろん、スポーツ以外でも同様のきっかけは得られるでしょう。大切なのは、子ども自身が好きで打ち込めるものかどうかということです。子ども一人ひとりに適した手段や場面を教師や保護者が考え、子どもたちを支援されることを願っています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

 

野口みずき(のぐち・みずき)

女子マラソン競技のアテネオリンピック金メダリスト。岩谷産業陸上部アドバイザー。

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