長時間労働など、教員の厳しい労働環境はメディアなどでたびたび報道されており、教員志望者の減少の大きな理由としても挙げられている。しかし、教員の仕事は子どもの成長に直接携わることができ、やりがいが大きいのも事実だ。そこで、就職する前に子どもの学習支援を経験した社会人や現役教員と「教育現場に関わったからこそ得られた自身の学び」についての座談会を行った。

■登壇者
静岡県立浜名高校 教諭  松下温
東京都・私立かえつ有明中・高校 教諭 佐藤あやか
大手クラウドベンダー プリセールスエンジニア 河村聡一郎

■モデレーター
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村 俊平

自身の働きかけで子どもの成長を引き出す

最初に、モデレーターのベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長の小村俊平が、「昨今、教育現場で働くことがややネガティブに報道される傾向にあります。ベネッセグループとしてもそれを大きな問題と捉えています。そこで今回は、教育現場のポジティブな面に光を当て、教育現場で働くからこそ得られる経験をお話いただきたいと思います」と、企画趣旨を説明した。

小村が教育現場で働く経験に着目したのは、アメリカで、一流大学の卒業生を貧困地域などの公立学校に常勤講師として2年間赴任させるプログラムを実施するNPO団体「Teach For America」(以下、TFA)が、全米の文系学生の就職希望企業ランキングにおいて常に上位にいることだった。学校現場で働き、問題解決能力やリーダーシップなどを身につけたTFAのプログラム修了生は、様々な業界でリーダーとなって活躍しており、TFAは最初の就職先として学生から人気を集めている。小村は「アメリカの学生には、就職活動前に教育現場に関わった経験がその後のキャリアに生かせるというイメージがあるようだが、日本の学生にはそうしたイメージはあまりないのではないか」と語った。そこで、参加者に教育現場で働き始めたきっかけを聞いた。

現在静岡県立浜名高校で教鞭をとる松下温さんは、大学4年間、個別指導塾の講師のアルバイトをしていた。「教員志望だったことに加え、高校時代から人に教えるのが好きだったので、その2つに当てはまる塾講師を選びました」と語る。

また現在大手クラウドベンターでプリセールスエンジニアとして働く河村聡一郎さんは、大学と大学院時代に5年間、小中学生対象のロボット教室の講師を務めた。「大学で学んでいた情報工学を生かせる仕事で、何よりロボットづくりに自分自身が面白さを感じたからです」と述べた。

かえつ有明中・高校の数学教員である佐藤あやかさんは、学生時代に教育現場でのアルバイト経験はなかったと話す。教育実習では、教員の苦労も知ることになったが、子どもの頃から憧れていた教職の道へ進んだ。「教員の仕事は、生徒の喜怒哀楽に向き合い、それを生徒と共有できることにやりがいを感じています。また、自分がどのようにアプローチをしたら生徒の心を動かすことができるのかを考えるのも面白いです。例えば、宿題をさぼりがちな生徒にどんな声かけをしたらよいか、自分の経験を総動員して考えます。生徒に全く響かないこともありますが、それも含めて、毎日が勉強です」と語った。

その話に大きくうなずいたのは、松下さんだ。「私は教職1年目ですが、教室で自分を待ってくれる生徒がいることが、本当にうれしいです。生徒の成長のために様々な働きかけができ、大きなやりがいを感じています」と述べた。

2人の話を聞き、小村は「教員は、人を相手にする仕事ですから、想定外のことも多いと思います。それでも、子どもの成長に寄与できる仕事だと前向きに捉える気持ちが、2人に共通していると感じました」と話した。

双方向のコミュニケーションが成長の機会に

次に小村は、学生時代の学習支援の経験が現在の仕事にどのように生きているかを聞いた。

河村さんは、「ロボット教室では、相手の興味・関心によって教え方を工夫することの重要性を学びました。現在は、クラウドベンダーでサービスの導入を検討しているお客様に対して、技術的な質問に答えたり課題に対する提案をしたりする仕事をしていますが、全く同じことが言えます。例えば、クラウド技術に詳しいお客様には新技術の開発秘話を話して興味を持ってもらうなど、お客様の状況に合った提案になるよう工夫をしています」と、ロボット講師とエンジニアの共通点を述べた。

続けて松下さんは、大学時代の塾講師の経験が今の教員としての自分に生きていると話した。「塾講師として経験を積むうちに、生徒が志望校に合格するなどの実績が出て、次第に目の前の生徒というよりも、成績が伸びる方法だけを指導するようになっていました。するとある日、生徒から『その教え方では分からない』と言われ、独りよがりな指導をしていたことに気づきました。そこからは考えを改め、生徒一人ひとりに合った指導を一番に考えるようになりました」と、過去を振り返った。

河村さんはその意見に賛同し、「エンジニアとしてお客様にサービスの使い方を教える仕事をしていますが、お客様から教えていただくこともよくあります。教員も、子どもの気持ちを引き出すなどの双方向のコミュニケーションを意識することが重要だと思います」と述べた。

小村は「2人が話したように、教員は、子どもに正解を教えるのが仕事ではなく、一人ひとりに合った指導を行い、子どもの力を最大限に引き出すのが仕事なのだと改めて思いました。相手に合った対応をする経験は、どの仕事でも共有する重要な力ですね」とまとめた。

教員一人ひとりの強みが発揮できる環境改善が必要

現在私立の中高一貫校で教鞭をとる佐藤さんは、現在の仕事が学生時代に思い描いていた教員の仕事と正反対だという。「授業は1人でつくるものだと思っていましたが、本校では、他教科との教科融合の授業や大学や企業と連携した授業も多くあり、チームで授業を作る面白さを知りました。新しい知識やスキルを自分で学ぶことが求められますが、自分が成長できる環境で働くことができ毎日が充実しています」と語った。

すると小村は、「学校は長らく、『社会に開かれるべきだ』と言われてきましたが、今、その通りになりつつあります。教員は、地域と協働しながら地域学習を進めたり、大学や企業と連携しながら探究学習を進めたりするなど、多様な世界を見ることができる魅力ある仕事ですね」と発言した。

ただ、教員の労働環境の改善は急務である点は、参加者全員が同意した。

佐藤さんは、「本校は残業をなるべくしない文化が根づいていますが、教科指導だけでなく生徒指導や部活動、保護者対応など、業務範囲が広く、多忙なのは否めません。教員も、得意分野や好きなことは人それぞれです。一人ひとりが力を最大限発揮できるよう、業務の一部を外部に委託するなど、思い切った業務改善が進めばと考えています」と意見を述べた。

最後に小村は、「学校で働くことの最大の魅力の1つは、目の前の子どもの成長に携わることができることだと改めてわかりました。ただ、その手法には答えはなく、教員が探していくことが自身の成長にもつながるのでしょう。子どもも自分も育つ場を楽しめることが、教員には大切なマインドなのだと思います。私たちは、そうした先生方をこれからも支援していきます」と締めくくった。

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