将来の選択肢を増やすためのキャリア支援とは?

2024年8月、「気づきと学びを最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の第16回トークライブ「末広がりの進路・キャリア支援とは?」がオンラインで開催された。未来を予測できない時代において、「難関大学に入学し、大企業に就職して定年退職まで勤め上げる」というキャリアパスは、もはや過去のものとなった。今後は、様々な挑戦を通じて自分の可能性を探索し、選択肢を増やしていく積算型のキャリアデザインがますます重要になっていくだろう。そこで今回は、3人の教育関係者を迎えて、これからの進路・キャリア支援について語り合った。

(登壇者)
立命館アジア太平洋大学(APU)東京オフィスPRマネージャー 伊藤健志
長崎県立諫早高等学校 指導教諭 後田康蔵
通信制サポート校 CAP高等学院 代表 佐藤裕幸
(モデレーター)
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村俊平

左上/後田先生 右上/伊藤氏
左下/佐藤先生 右下/小村

難関大学に入学しても悩む卒業生を前に、進路指導改革に着手

まず、長崎県立諫早高等学校の後田康蔵先生が話題提供を行った。県内トップクラスの進学校である同校は、約10年前、進路指導改革に着手し、模擬試験などの成績だけでなく、生徒の個性を生かす指導を始めた。難関大学に進学した何人もの卒業生から、「大学を辞めたい」と聞いたことがきっかけだった。
「学習面では全く心配していなかった優秀な卒業生ばかりでしたが、自分が学びたいことと違ったというミスマッチがあったようです。今までの進路指導のままではいけないと危機感を抱きました」

同校は、宿題を減らして生徒の主体性を尊重した学習指導と、自己起点のキャリア教育を推進した。「以前は、なりたい職業から逆算して進路希望を決めていました。それを改め、『興味関心』『できること』『すべきこと(社会の要請)』という3つの円の重なる部分から進路を考えさせることにしました(図1)」と、後田先生は説明した。

図1 自己起点のキャリア教育

また、同校では1年生の12月と2年生の10月に「キャリア検討会」を行っている。以前は、「学力検討会」と「志望校検討会」を実施し、学年全体の傾向や生徒一人ひとりの希望進路先の確認、指導の目線合わせを行っていた。それに加え、多様な個性や活動経験を持ち、総合型選抜や学校推薦型選抜での合格を目指すことができる「キャリアエリート」の生徒を見いだし、学年団で支援の方向性を確認するようにした。

同校が定義する「キャリアエリート」は、図2の通りだ。特に、キャリアエリートの中でも、学力的に課題がある生徒(図3の黄色の部分)を重点的に支援する。1年生12月のキャリア検討会でどの生徒がキャリアエリートかを確認し、生徒1人に教員2人がメンターとしてつき、受験まで伴走。具体的には、その生徒が興味・関心のある分野に詳しい社会人や企業を紹介し、興味・関心をさらに深めて、希望進路を明確に描けるようにしていく。

図2 キャリアエリート8項目

図3 キャリア検討会 対象生徒イメージ

生徒が進路について相談できる環境を整える

後田先生の話題提供を受けて、最初に末広がりのキャリアを築くためのポイントとして挙がったのは、生徒と教員、生徒同士が信頼関係を構築し、キャリアに関する相談ができるようにすることだ。通信制サポート校CAP高等学院代表の佐藤裕幸先生は、塾講師をしていた時のある教え子の話をした。
「その子は、難関大学入学後、突如大学を辞めて漁師になりました。『大学入学後に大学で学びたいことはなかったと気づきました』と言うのです。私は、成績向上の側面でしか生徒を支援していなかったと気づきました。生徒の興味・関心を受け止めて、一緒に進路を考えるべきでした」と自身の反省を踏まえて述べた。

立命館アジア太平洋大学(以下、APU)東京オフィスPRマネージャーの伊藤健志氏は、国内外で多様な進路に羽ばたくAPUの卒業生は、度々大学に戻り、教員と、また卒業生同士でキャリアに関する情報交換をしているという。伊藤氏は、それを象徴するある卒業生のエピソードを紹介した。
「大学時代から海外志向の強かったある学生は、海外赴任のチャンスがあるという地方銀行に就職しました。しかし、中々チャンスが巡ってこないという相談を受け、私はシンガポールの金融機関で働く卒業生を紹介しました。すると、2か月後、シンガポールの外資系金融機関に転職していました」と語った。

ベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンター長の小村俊平は、「母校が情報の交差点となっていて素晴らしいと思います。卒業後も相談できると、心強いですね」と述べた。

後田先生もその意見に同意し、「本校でも、卒業生にメールアドレスを教えてもらっています。生徒に志望大学に在籍する卒業生を紹介し、大学の様子など、情報収集ができるようにするためです。卒業生にとっても母校とつながり、様々な相談ができるよい機会になっています」と話した。

もう1つのポイントに挙がったのは、教員が自分の人脈を豊かにすることだ。佐藤先生は、「本校は開校5年目のため、卒業生は多くありません。そこで、私が様々な分野の方と知り合い、生徒が相談したり頼ったりできる環境を整えています。先日も国際系学問に関心のある生徒に伊藤さんを紹介しました。生徒はAPUの詳しい情報を手に入れていました」と述べた。

後田先生もその意見に強く賛同し、「我々教員や周囲の大人が視野を広げることが大事。教員の進学やキャリアに対する価値観が変われば、それはそのまま生徒の教育につながっていくと思います」と語った。

夢や目標は「ゴール」ではなく、「進路選択の判断基準」に

最後に小村センター長は、末広がりの進路実現に向けて、登壇者に一言ずつコメントを求めた。

伊藤氏は、周囲の大人が価値観を変える必要があると語った。
「『人生100年時代』と言われていますが、日本では『現役で大学に進学しなければならない』『新卒で就職しなければならない』という価値観が根強くあります。一方、世界を見渡せば、世界を放浪してから大学に入学するなど、ギャップ・イヤーを活用している学生が大勢います。凝り固まった大人の価値観を変える必要があると思います」と話した。

佐藤先生は、自分の思いに向き合うことの重要性を説いた。
「2045年にシンギュラリティを迎えると言われていますが、その動きは間違いなく加速しています。ただ現段階では、AIは感情を持っていません。我々人間に大切なのは、内省することです。そうすれば、自分のやりたいことは必ず見つかると思います」と述べた。

後田先生は、地方の学生も視野を広げてほしいと話した。
「本校の生徒の多くは地元志向が強いのですが、伊藤さんがお話ししたような新しい価値観を持ったロールモデルと出会うなど多様な価値観に触れるためにも、東京などの大都市に一度は行く意味があると思いました」

最後に小村センター長は、目標や夢をゴールではなく、進路選択をする際の判断基準として捉えてみるとよいのではないかと語った。
「スタンフォード大学の心理学者、ジョン・D・クランボルツ教授が提唱する『計画的偶発性理論』では、『個人のキャリアの8割は、偶然の出来事によって決定される』とされています。成功者と言われる人も、一直線に進んで目標を達成したわけではなく、いろいろな偶然を利用して、道を切り開いてきたはずです。夢や目標をゴールではなく、進路選択をする理由や判断基準と捉えることが重要ではないでしょうか。そうすれば、目標に到達しても、燃え尽きることはないと思います。また、目標を設定するためには、課題をこなすだけではなく、内省する時間が大事です。自分の思いや考えをポートフォリオに蓄積しておくことが、将来のキャリアを形づくる上で大切になると考えています」と述べ、トークライブを締めくくった。

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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