日本の教育は大きな転換期を迎えている。少子化による学校統廃合、教育の内容・方法の高度化、不登校・不登校傾向の生徒の増加、発達特性をはじめとする多様な児童・生徒への対応、社会経済格差への対応、教員の不足等、簡単には解決できない課題を数多く抱えているのが現状だ。

2030年に向けて、その先の未来に向けて、質の高い学校教育を実現するために私たちが解決していくべき問題は何か。学校はどのように変化していくことが期待されているのか。「2030年の学校とは?」をテーマに対話を深めた。

<登壇者>
宮田純也 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事/横浜市立大学特任准教授
齋藤亮次 公文国際学園中・高等部教諭/早稲田大学教育総合研究所特別研究員
寺田拓真 福山市教育委員会 学校教育部参与
<モデレーター>
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村 俊平

左上/齋藤氏 右上/宮田氏
左下/寺田氏 右下/小村

「民主主義」と「共助」をキーワードに社会を変える力を育む

2030年以降の社会変化を見据え、「学校が果たすべき一番の役割とは何か」という問いから対話は始まった。口火を切ったのは福山市教育委員会、学校教育部参与の寺田拓真氏だ。

「ひと言で言うと、民主主義の担い手づくりが学校の究極の目標だと考えています。学校は、民主主義をより洗練されたものにしていくために必要な力を身につける場所を目指したい」

一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事であり、横浜市立大学特任准教授の宮田純也氏は、「一人ひとりが経済的自立の力をつけるための教育」「勝者総取りとならないための共助の精神を育む教育」の2つの軸が必要だと続けた。

さらに、公文国際学園中・高等部教諭(地理)であり、キャリアコンサルタントでもある齋藤亮次氏は、先の2人の「民主主義」「共助」などのキーワードを受け、次のように発言している。

「それらを進める上でベースになるのが、校内の心理的安全性と相互依存性だと思います。本校は開校当初から校則はなく、子どもの権利条約に基づいた生徒憲章があるだけです。子どもは権利の主体です。思考停止してしまうような壁は学校に作らない。その上で、『他者との関係性の中でどこに線を引くのかを学ぶ場所』だという先輩の言葉を私も大事にしています。また、共助にもつながりますが、他者に依存して生きていることを自覚しつつ、他者にも価値を提供できる存在として、『相互依存』も体感できるような教育が必要だと考えています」

このように、トークライブ冒頭、3名の登壇者からは、能力主義などによって個人として競い合う教育ではなく、安心安全をベースに、民主主義や共助の精神を育む教育を目指すのが本来の学校の役割ではないかという共通の認識がすぐに得られた。

では実際にそのようなあるべき姿を実現するために、現在の学校教育ではどんな障壁があるのだろうか。齋藤氏は、自らが所属する公文国際学園の実際の場面を引き合いに出しながら、一番は「余白のなさ」だと指摘する。

「教員同士がお互いのことを理解しようとできていないとき、新しい動きに対する抵抗感が出てきます。そしてそれが壁になる。本校では、今年度より放課後に年に6回程度にわたり全教員で学び合う時間を作ろうと試みています」

なぜ教員になったのかなど、それぞれの教員の思いを振り返りながら互いを知り、学び合う時間や、支え合い高め合う「同僚性」を、まず教員自身が持つことが必要なのだろう。まさに今、子どもよりも大人が問われていると宮田氏も共感する。

「新しいことにチャレンジできないのはむしろ大人です。今までのことが通用しなくなって順応できないことで、自信をなくし、攻撃的になっていくこともあります。それが大きな壁になっている。そういう意味でもアンラーンは本当に大事です」

一方、寺田氏は、学校が変わることを阻むものには4つのリソースがあると言う。

その4つとは、図にあるようにヒト・カネ・自律性・盾であり、盾は「隣の学校でやっているのになぜうちの学校はやらないのか」「うちの学校だけ特殊なことをするな」などと保護者や外部などから声が上がった際に、自分たちを守る(自分たちの実践の正当性を主張する)手段がないことを指している。さらに、教員のマインドの問題についても「社会を教育の力で変えられると考える教師志望の学生が、今はほとんどいない」「日本の若者の無力感はチャレンジを支援する空気がないことに起因している」とも指摘した。

キャリア教育の本質は、生きるとは、自己とは何か

寺田氏は、広島県教育委員会を経てミシガン大学修士課程に留学した経験を元に、壁を突破する一つのヒントとして、当時の経験を語った。

「ミシガン大学では、とにかくダイバーシティ&インクルージョン、そしてジャスティス(正義)とエクイティ(公平)、この4つを学校教育で実現していくというスタンスが明確に打ち出されていました。日本と大きく違うのは、学びたくても学べない人の存在に対する自覚です。日本人は、ある意味やる気になれば誰でもできる、できないのはやる気の問題だと捉えている人が多いのですが、格差は社会に確実に存在しています。だからこそ、ミシガン大学の学生は、「学べる環境に置かれた自分は学びたいことを追求し、社会に還元しなければならない」という自覚が明確にあったと感じました」

さらに、学びと社会、学びと仕事が直結していたと寺田氏は続ける。

「アメリカでは学ぶことが自分のステータスになり、確実に収入が増える。一方で日本は学ぶことが仕事に直結するというイメージさえできない。これは、PIAAC(OECD国際成人力調査)の調査結果からも明らかです」

それに同意しつつもう一歩踏み込み、「上意下達の文化から離れられず、先生や上司に物申すことができない」と指摘したのが宮田氏だ。つまり、正当なものを正当に評価できず、経済的にも不利に置かれてしまうところに日本の社会の問題点があると言う。

また、日本の閉塞感の原因は「大人が日本をネガティブに見ていること」ではないかと齋藤氏は捉えている。「やっておかないと大変なことになる」という不安を駆り立てる教育から離れ、「自分自身がどういう生き方をしたいか」を俯瞰して見られるようになる教育に転換する必要があると語気を強めた。

では、学ぶことによって自分自身が変わり、周りにも影響を与えられるという手応えを感じることで、学びと社会はつながるのだろうか。寺田氏は、「次期学習指導要領の本丸はキャリア教育。総合的な探究の時間は、本来キャリア教育とつながっている」と考える。

「キャリア教育と職業教育は違うということがあまり認識されていないと思います。キャリア教育の本質は、生きるとは何か、自己とは何かということです。それが、インターンシップや職業教育に置き換えられてしまっているところもあります。そのあたりもこれからどれくらい実装化できていくのかが大事だと思っています」

そして、その実装化を進めるためには、日本の学校教育の根幹となっている教科書と教員免許至上主義をどこまで崩せるかだと、全員が共感を示した。

評価は何のため、誰のためのものかを問い直す

「人は誰かに評価されるために生きているわけではありません。他者評価に依存すると、自分の人生を他者に預けることになってしまいます。誰かが望むことに応えるというパラダイムを超えたいですね。自分が何をよいと思うかを自覚し、自分がよいと思うものを追求し、さらにそれが誰かにとってもよいものになるかを問うていく姿勢が大切だと思います。また、環境が変われば評価は変わるものであり、評価の軸は一つではないことを認識しておく必要があります。スポーツ一つをとっても、何がよいプレーであるかは競技によって変わります。タックルが評価される競技があれば、イエローカードになる競技もあるわけです。」

モデレーターの小村は、このように、評価について問い直す必要性を問いかけた。それを受けて寺田氏は、「探究」についての評価の危うさを指摘しつつ、これからの見通しを示した。

「ある学校の校長先生が、『探究をやればやるほど、光が強くなり、影も強くなる』とおっしゃっていたのが印象に残っています。探究のコンテストやコンクールで受賞する子はどんどん評価をされるようになりますが、受賞するための「お作法」のようなものを知らずに、でも自分の興味や関心を大切にして探究している子は全く評価をされないこともある。
小村さんとご一緒させていただいた広島創生イノベーションスクール(広島県教育委員会主催の高校生を中心としたプロジェクト学習の取り組み)では、自己評価の仕組みを取り入れました。自分の評価と活動のオーナーシップを高校生が取り戻してくれたことで、質的にも深まり、大変手応えがありました。今後、さらに学校教育が自分自身、すなわち「私」を大切にできる場としていきたい。それは、児童生徒だけでなく教員にとっても同様です」

齋藤氏はトークイベント唯一の現職教員として、「皆さんと今日お話ししたことを、どうやって学校現場で実現していくのか。日々悪戦苦闘しています」と現場の状況を語る。

「定期テストをなくしたり、部活動に外部指導員を入れたり、3週間に1度程度の割合で振り返りや外部講師を招いたワークショップ等を実施する日を設けたり——。様々な挑戦を行っているのですが、新しい取り組みには教職員だけでなく生徒からも意見が飛び交っています。しかし、それこそ『エージェンシー』(変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力/OECDによる定義)の発芽でもあります。対話を大切にし、生徒や教職員がみんなで一緒に作っていく姿勢が必要だと痛感しています」

日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」の創設者でもある宮田氏は、毎年、教員がさまざまな人に出会い、価値観を広げ、今後もお互いにポジティブにフィードバックできる場を作り続けている。

「改善点についてのフィードバックも大事だとは思いますが、ポジティブなフィードバックをもらえる場は誰もが嬉しい。簡単なことですが、やったことに対してありがとうと言われることで、私はこれでよかったんだと思える。みんなそれぞれの良さがありますから、ポジティブなループを作っていくことがとても大事だと考えています」

モデレーターの小村氏は、トークイベントの全体を振り返りながら次のように締め括った。

「生徒自身がセルフプロデュースできることが大事であり、その経験をもとに誰かのこともプロデュースできるようになっていくことが必要なのだと思います。自分にとってよいこと、社会にとってよいことを、みんなのために自ら体現していく。そのためには、自分の価値軸がしっかりあることが必要です。先生も生徒も、そして保護者も、外からの評価ではなく自身での評価を価値軸として、みんながセルフプロデュースするための拠点として学校が機能していくことを願います。本日はありがとうございました」

まとめ/太田美由紀

ベネッセ教育総合研究所

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