幅広い領域で精力的に取材や執筆活動をされている、編集者・ライターの太田美由紀さんによる連載コラム「子どもと教員がいきいきと動きはじめる学校」です。

※筆者プロフィールは末尾リンクから

職員室で「困っている」「うまくいかない」と言えるか

この連載も残りわずかとなりました。これまではひとりの先生ができる転換について10回にわたりお伝えしてきました。残り2回は、先生の関係性やチームとしての学校について考えます。

学級経営も授業も、どんなに志を高く持っていても、思い通りにうまくいくことばかりではありません。こんなクラスにしたい、こんな授業をしてみたい、子どもたちにこんなふうになってほしいと熱い思いを持って準備をしても、想定外のことが次々に起こる。素晴らしい実践をしている多くの先生方も、悩みや葛藤は尽きないと話してくださいます。

そんな時、皆さんはどうしていますか。困りごとを一人で解決しようとしていませんか。「困っている」「うまくいかない」と伝えられる同僚や先輩がいるでしょうか。「教員は孤独です」と取材以外の場所でこぼれる言葉を聞くことも少なくありません。

学校の先生に限らずどんな職業でも、責任ある仕事を任されているとき、「困っている」「うまくいかない」と人に伝えるのは難しいものです。子どもの頃から親や先生、社会から求められることにうまく応えてきた人ほど、それは難しいのだと思います。「自分のことは自分で」「頑張ればできる」と、自分を奮い立たせ、頑張ってきた人ほど難しい——。

この連載の第1回「できる・できない」からの解放では、子どもたちが「失敗を気にすることなく試行錯誤を楽しみ、評価を気にせずチャレンジできる安心・安全な環境を整えることがベースとして必要です」とお伝えしましたが、そのような環境は、同様に先生にも必要なのです。
 

不安の奥にある本当の思いを尊重しながら話し合いを重ねる

第1回「できる・できない」からの解放 の中で、週に1時限、「好きなこと・興味のあること」をテーマに設定する「探究」の時間を全学年で確保した神奈川県の公立中学校のケースをご紹介しました。

実はその学校では、その1年前、校則などの学校生活を生徒自身が自主的に考え、声を上げられるシステムができていました。生徒会が意見箱を設置し、届けられた意見について生徒が中心になって話し合った結果が職員会議で可決されれば、改正できるという仕組みです。その意見箱には、校則をはじめ、学校生活に関するさまざまな意見が入るようになりました。

その仕組みが動き出したばかりの頃、「校則を見直して靴下の色を自由にしてほしい」という議題が出た際には、職員会議は紛糾し、教員には不安が広がりました。
「一つ許すと生徒たちが教員を乗り越えてくる」
「靴下が何色でも良くなれば、赤いシャツを着たいと言う生徒も出てくるのではないか」

教員や学校にとって、これまで守ってきた何かを「変える」ことは簡単ではありません。生徒たちと教員の繰り返しの話し合いを経て、様子を見て何か問題があれば元に戻せばよいと、試行期間を設けることになりました。しかし、靴下の色や柄が自由になっても、生徒たちの生活に問題が起こることはありませんでした。その後も、整髪料をつけたいという生徒がSNSで全校生徒の意見を集約し、市内で唯一、整髪料の使用が許可される公立中学校にもなりました。

「大切なのは、生徒の要望全てを認めることではありません。教員も子どもの安全安心を考えて、『私はこう思う』という意見を伝え、対話ができる風土を作ることだと思います。誰もが臆せずに意見を言える空気ができてくると、その学校は教員たちにとってもブラックな環境ではなくなります。教員自身も、『ゆとりを持って授業をしたい』などと意見を出して、自分たちの働く環境について話し合い、改善していけるようになっていきます」(当時その中学校に在籍していた小林勇輝先生)
 

 
このような経験を通して、「きまりだから」と一掃するのではなく、子どもたちの声に耳を傾けて話し合い、「やってみてうまくいかなければまた変えればいい」という認識を全ての教員が持てたことが、「探究」の時間を設ける際の後押しにもなっていました。これまでにない新たなチャレンジであっても、まずやってみようという空気が醸成されていったのです。

この記事を読んでいる皆さんの中にも、授業や校則、教員の働く環境など、さまざまな面で「学校は変わっていかなければ」と考えている方は多いと思います。しかし、変えることで「今より悪くなるかもしれない」という不安もきっとあるはずです。

何か新しい挑戦を提案する際も、そのような不安や否定的な意見も全て出し合える空気感を職員全体で醸成し、それぞれの不安の奥にある一人ひとりの本当の思いを尊重しながら、チームで話し合いを重ねて試行錯誤していくことで、扉は開くのかもしれません。
 

こうあるべきから解放される時間や空間を

では、そのような空気感をどのように醸成していけばいいのでしょうか。

『学校とは何か』で取材した東京都の狛江市立狛江第三小学校では、2022年、一年を通じて教員を対象とするインクルーシブ研修が行われていました。講師はインクルージョン研究者の野口晃菜さん。インクルーシブについて学び、「いろんな子どもがいることを前提にした授業や学校づくり」を目指して話し合いを進める中で、先生たちから「自分たちについても考えたい」という声が上がりはじめます。

校内研修が終了した翌年も教員の声から「インクルーシブ有志の会」が立ち上がり、45分の休憩時間を利用して定期的に対話を続けました。途中参加や退出可能、自分のペースで関わることができ、お茶やお菓子を楽しみながらリラックスして参加できるため、参加者は増え、半分以上の先生が関わるようになりました。

そのうちに、学校のインクルーシブを軸に気になるテーマを持ち寄って、いくつかのチームで探究がはじまりました。チームのテーマはラフなわかりやすい言葉でネーミングされています。

校内の実践記録や教材などの情報をSwayというソフトで共有する場をつくる「Sway部隊」、特別支援で使用している支援グッズを紹介する「教材支援グッズチーム」、学校の常識を問い直す「チームぶっ壊し」、日々の夕飯のメニューや休日のおすすめの過ごし方をシェアする「くつろぎコミュニケーションチーム」、6年生のキャリア教育と自分探究について発表する「六年生総合チーム」など、できる範囲で企画・探究し、共有されました。

ジャッジされることも評価されることもない空間で、安心して自分の思いを聞いてくれる人がいる。ゴールが明確には設定されていない中で、それぞれの思いや意見を自由に表明し対話を重ねるにつれて、学級での困りごとや葛藤などが、ポロポロと出てくるようになっていきます。

「40人いる中で授業中にどうやって漢字が苦手な子をサポートすればいいのか困っている」
「子どもたちにもっとのびのび授業を受けてほしい気持ちと、社会に出たときにそれで大丈夫なのかという心配とで葛藤している」

さまざまな先生が「困りごと」や「葛藤」など、これまではある意味自身の「弱み」と捉えていた部分を開示しはじめると、自信に満ちているように見えていた先生も、価値観が揺らいでいることを語りはじめます。

特筆すべきは、これらの活動が有志によって続けられたこと、そして、その会場が特別支援学級の一室だったことかもしれません。その教室には子どもたちが使うさまざまな形の椅子——ゆらゆら揺れる椅子、体をしっかりと支える椅子、バランスボール——のほか、ゆったりくつろげるソファやビーズクッション、ハンモックなどもあり、畳敷に座卓のスペースもあります。

時には教室をキャンプ場に見立て、マットを敷きテントを張って、パチパチと燃える焚き火をモニターに映しながら話し合うこともありました。環境設定は心理面に大きな影響を与えます。

 

特別支援学級にあるさまざまな椅子に座り、リラックスしながら「インクルーシブ」について語り合う教員たち。中央はインクルージョン研究者の野口晃菜さん。(写真提供/狛江第三小学校)

 
先生自身が「こうあるべき」から解放される時間や空間は、学校ではまれなこと。ほんのひととき、どんな自分でも尊重される場所、先生にとってもインクルーシブな場ができたのです。この流れの火付け役となった先生は、次のように話してくれました。

互いに弱音を吐き出し強みをシェアし、エンパワーすることで、少しずつ教員にとってインクルーシブな環境をつくり上げていくことができました。まず教員がそのような環境を体験できたからこそ、子どもたちの環境をインクルーシブにしたい、子どもたちの声を聞いていきたいという思いを教員が持つことができたのだと思います」

この学校では現在、学級での子どもたちの困りごとを子どもの声を聞きながら、インクルーシブについて話し合う授業も生まれています。
 

まず自分から、安全な場所を確保して「困りごと」を開示する

今回ご紹介したどちらの学校も、校則について考える、学校全体でインクルーシブ研修を行うというきっかけがあったからこそ可能だったのかもしれません。しかし、これらの事例から日常の職員室に大切な要素を落とし込んでいくこともできそうです。

こうあるべきから解放され、評価されることなく安心して自分の意見を言える。価値観が異なるとしても、お互いを尊重して話をしっかりと聴き、対話ができる。そのような場所をどこに、どうやって確保するのかだと思います。それが大きな規模なのか、小さな規模なのかの違いです。はじめは小さくても続けることです。そして少しずつ広げていくことです。ある規模を超えると一気に校内の空気は変わります。

現状の否定から入ると対決の構図が生まれます。まず困っている自分、戸惑っている自分を開示することで、助けてくれる人や一緒に考えてくれる人が必ず出てきます。同じ思いを抱えて静かに頑張ってきた人が、あなたに気づくチャンスにもなります。あなたの良さを見ていた人は勇気づけてくれるはずです。

もし違う意見の先生がいたとしても、なぜ困っているのか、なぜそう思うのかを辿っていけば、「子どものことを思う気持ち」には、きっと共感できる部分があるはずです。

「困りごと」を抱え、自分の弱さを誰かに開示しながら、異なる価値観を持っていたとしてもお互いを尊重しながら話し合う姿、自分にできることをして、できないことは助けてもらいながら毎日を過ごす姿は、たとえうまくいかないことが多いとしても、全く無駄にはなりません。そのような先生たちの姿は、子どもたちにとって人生に必要な学びになり、希望になるはずです。
 

 

第12回 学校に「外からの風」を入れる は、2025年2月6日に公開予定です。この連載もいよいよ最終回を迎えます。

 
 
※本連載は、太田氏が学校取材を担当した以下書籍より再構成、改変したものです。詳しい事例については書籍をご参照ください。

『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』(汐見稔幸 編著)
本体価格 1,000円(税別)、出版社 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631769/