幅広い領域で精力的に取材や執筆活動をされている、編集者・ライターの太田美由紀さんによる連載コラム「子どもと教員がいきいきと動きはじめる学校」です。
第4回は、具体的なエピソードを紹介しながら、「自分らしさ・好き」を伸ばすという視点で子どもの様子を見ていきたいと思います。
※筆者プロフィールは末尾リンクから

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主体的に学習に取り組める環境とは?

本連載の第1回「できる・できない」からの解放第2回子どもの声や様子に「応える」第3回「自分で選ぶ」をはぐくむかかわりでお伝えしたことを積み重ねていくと、子どもたちがのびのびと自分らしさを出せる環境づくりが少しずつできていきます。

今そのときの自分を大切にされる環境があるからこそ、自分の興味や関心、好奇心が動き出し、どんなことが「好き」か、どんなことを「したい」かを自信を持って表現できるようになっていきます。

逆に言えば、ただ苦手なところを訓練して克服させようというかかわり方では、興味や関心、好奇心などが動き出すことはありません。子どもたちの「主体的に学習に取り組む態度」を評価するとき、その評価は、時に先生自身が自らに矢印を向ける機会にもなると言えそうです。今、このクラスでは、この学校では、「子どもたちがそれぞれに主体的に学習に取り組む態度を発揮できる環境を整えることができているか」と。

第4回となる今回は、具体的なエピソードを紹介しながら、「自分らしさ・好き」を伸ばすという視点で子どもの様子を見ていきたいと思います。
 

「言って聞かせる」「目標を設定し課題を出す」ことは効果的か?

ある小学校3年生の男の子は、絵を描くことが大好きで、その子の教科書やノートは落書きだらけでした。授業はほとんど聞いておらず、ノートもあまりとれていません。担任の先生は個人面談で、泣きながらお母さんにこう話しました。

「休み時間はもちろん、授業中もずっと絵を描いています。チャイムがなっても切り替えができず、私の話を聞いてくれません。私も1年目で、もうどうしていいかわからないのです。お家の方からもよく言って聞かせてください」

その男の子が4年生になったとき、国語の専科のベテランの先生が担任になりました。年間百冊の本を読む課題が全員に出され、本を読み終えるとシールを貼ることができるカードが教室の後ろに張り出されました。他の子はどんどんシールが増えていくのに、その子のカードにはシールが貼られていませんでした。漢字を何度も書いて練習する宿題が毎日出され、その子は泣きながら宿題をして提出していましたが、先生の書き込みは「この字で満足ですか?」という問いかけでした。その年、男の子は図書室に近寄らなくなり、国語が大嫌いになりました。

高学年になるとクラス替えがあり、新しい先生になりました。こちらもベテランの先生ですが、風向きが少し変わります。相変わらず落書きだらけの教科書やノートを見て、笑顔でこう言いました。

「おお、これ全部自分で描いたの? 絵が好きなんだね。今度、教科書のこの絵を描いて先生に見せてほしいな」

その男の子は、「いいよ。描いてあげる」と言って、先生に絵を見せるようになりました。それをきっかけに、授業中に教科書の絵をノートに模写しながらメモを取るようになり、授業に参加するようになりました。それ以降は、漢字の勉強や本を読むことにも、少しずつ抵抗がなくなっていきました。
 

その子と学校や世界とのつながりを見つける

これは、私自身の息子が小学生のとき、本当にあった話です。息子はなぜ「主体的に学習に取り組むようになった」のか。この3人の先生の息子へのかかわりを少し振り返ってみたいと思います。

3年生の担任の先生は、教科書やノートに落書きをするのはよくないことだと、息子の落書きをなんとかやめさせようと何度も注意していました。そのときの息子は、「授業中にみんなと違うことをして先生の言うことも聞かない困った子」だと捉えられていました。

4年生の担任の先生は、高い目標を立て、たくさんの課題を与え、やる気を引き出そうとしてくださいましたが、息子には逆効果でした。その学年に相応しい理想的な姿を提示して、子どもたちをそこまで引き上げようというかかわりでした。そのときの息子は、「4年生ならできるはずのことに取り組まない意欲のない子」だと捉えられていました。

本人が必要としていないのに、ただ「苦手なこと」「やるべきこと」を強制的にやらされ続け、「どうしてできないの」と言われても、どんどん意欲を失っていくばかり。特に4年生のときは親子ともに出口が見えず苦しみましたが、今振り返ってみると、実はとてもシンプルなことだったのではないかと思うのです。

イソップの寓話『北風と太陽』や日本の神話『天の岩戸』にもあるように、外からどんなに圧力をかけても本人の「したい」は動き出さない。一方で、「自分らしさ・好き」「知りたい」という内発的な動機を起点に学校や世界とのつながりを見つけることができれば、興味や関心はどんどん広がっていきます。

高学年の担任の先生は、まず息子が大好きな絵に注目して「絵が好きなんだね」と声をかけてくれました。個人面談では、「絵に対する集中力が素晴らしいですね」と、私にも伝えてくださった。そのときの息子は、「絵が大好きで興味のあることに対する集中力の高い子」だと捉えられていました。おそらく、「絵をほめて授業に向かわせよう」などと目的があってほめるのではなく、先生が本当にそう思っていることが息子にも伝わっていたと思います。

そして、その先生は、息子が興味を持っていること、好きなことを入り口にして、その意欲を活かしながらそれぞれの教科への興味を広げてくださった。「先生が平等院鳳凰堂を描いてほしいって言うから描いたら喜んでくれた」「国語の教科書の場面を絵にしてみたよ」など、落書きの内容がどんどん授業にリンクするようになっていったのです。

ちなみに前出の息子は、中学、高校では図書室が好きになり、よく本を借りてくるようになりました。美術大学の日本画科に進学してからは民俗学や哲学など幅広い本をむさぼり読み、今では社会問題や世界情勢にもアンテナを張って、本に囲まれながら絵を描いています。

 

本当の意味での「主体的な学習者」になるために大人ができること

これはごく個人的なエピソードではありますが、息子はやりたくないことはやらなかったので、行動に直結してとてもわかりやすいケースだったように思います。中には、「やる意味はわからないけどできるからやる」「みんながやっているからやる」「親や先生に叱られるのが嫌だからやる」という理由で、我慢して頑張っている子どもたちも多くいるはずです。かくいう私も小学生の頃はそういう子どもでした。

果たしてその子たちは、「主体的な学習者」なのでしょうか。私自身を考えるとそうではなかった。私は、あの小さな体で自分に嘘をつかず、自らの思いを静かに貫いていた息子にリスペクトさえ感じています。

とはいえ、できないことや苦手なことをそのままにしておいてこの先大丈夫なのだろうかという不安は、親である私自身も当時は持っていました。担任の先生はみんな、「この子が将来困らないように」という思いで誠意を持ってかかわってくださったのだと思います。

しかし、焦るほどに「苦手なこと」ばかりが目につき、一刻も早くそれを克服させてあげたいと思ってしまう。そんな思いから起こす行動は、本人のためになるどころか、ただ関係性をこじらせてしまう結果になることも多い。「自分らしさ・好き」を大切にすることは一見回り道のようですが、実はそれこそが世界に興味や関心を持ち、自身で必要なことを獲得していく「主体的な学習者」となるための最も確かな手がかりなのだと今では思います。

書籍『学校とは何か』で取材をした学びの多様化学校や院内学級、特別支援学級の先生たちは、一人ひとりの「好き」をとても大切にしていました。先進的なプロジェクト活動に取り組んでいる公立小学校の先生も、「したい」を実現して自分を発揮できる環境を整えれば、それぞれに個性を発揮して、お互いの違いを認め合うことができるようになると話してくださいました。子どもたちだけでなく、先生も、です。

例えば、その子があまり好きではない教科や単元だったとしても、プロジェクト学習などでテーマが最初に設定されていたとしても、その範囲内でできることはあります。

その子「らしさ」やその子の「好き」を捉え、その教科や単元、テーマの中で活かせるつながりを見つけることです。小中学校の学習は、そのどれもが世界とつながっています。何かしらつながる手がかりがあるはずです。

その子が自分で見つけられないときは、一緒に考え、伴走する。その時こそ、先生の出番です。自分の「好き」が世界につながる瞬間、その子らしい学びが動きはじめる。ぜひ、その目撃者になってほしいのです。
 

 
 
第5回 「その子に合う学び方」を探す は、10月10日に公開予定です。
目が悪いとき、多くの人がメガネをかけるように、その子に合う「学び方」や学びやすくなる道具や環境をどう整えるかについて、特別支援学級を参考に考えます。

 

※本連載は、太田氏が学校取材を担当した以下書籍より再構成したものです。詳しい事例については書籍をご参照ください。

『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』(汐見稔幸 編著)
本体価格 1,000円(税別)、出版社 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631769/