学校という学びの場で、大切なことは何か?

2024年10月、「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の第17回トークライブ「学習者目線の学校づくり」がオンラインで開催された。人生100年時代において、生涯にわたり学び続けることが重要視されている今、学校では「教員が一方的に教える場」から「学習者が主体的に学ぶ場」への転換が図られつつある。そうした学びの実現には、学校や教員にどのような視点が求められるのか。3人の教育関係者が意見を交わした。

(登壇者)
大阪府教育庁市町村教育室小中学校課 主任指導主事 小林大志
第2の学校「ももの木」代表 寺前桃子
フリーランス 編集者・ライター 太田美由紀
(モデレーター)
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員 庄子寛之

左上/小林氏 右上/寺前氏
左下/太田氏 右下/庄子主任研究員

年齢が上がるにつれて勉強嫌いになるのはなぜか?

登壇者の1人、太田美由紀氏は、フリーランス編集者・ライターであり、大手出版社での雑誌編集を始め、NHK Eテレ『すくすく子育て』の番組制作や書籍執筆など幅広く活動している。太田氏は、自身の経験を基に今回の話題を提供した。

太田氏は、子育て番組の制作や自身の子育て経験を通じて、「赤ちゃんの頃は学びが喜びであったはずが、どうして成長するにつれて勉強が嫌いになるのか」と疑問を抱くようになった。そうした中、子育て番組で出会った東京大学名誉教授の汐見稔幸氏の著書『教えから学びへ』(河出書房新社)を担当し、その第2弾である汐見氏編著の『学校とは何か』(河出書房新社)では学校取材を担当した。

取材では、先進的な取り組みを行う数々の公立学校を訪れ、いきいきと学ぶ子どもや、やりがいを感じながら働く教員に数多く出会った。一例として太田氏は、神奈川県のある公立中学校の実践を紹介した。

その学校では、総合的な学習の時間を使い、週1時限を「探究」の時間として設定し、生徒一人ひとりが自分の興味・関心に基づき学びを進める機会を提供。当初、教員からは「生徒に好きなテーマを決めさせると遊んでしまうのではないか」「何を探究するか決まらない生徒が出てくるのではないか」といった不安や反対意見もあったが、生徒が自分の好きなことに熱中して探究する姿が教員によい影響を与え、学校全体が大きく変わったという。

「取材を通して感じたのは、教員や保護者が、子どもが主体的に学べる環境をつくることが大切であり、それが子どものいきいきとした学びにつながるということです。本日は、学習者目線の学校づくりに何が必要か、皆さんと考えていきたいと思います」と、太田氏は語った。

一人ひとりの子どもの興味・関心を伸ばすためには?

太田氏の話題提供を受けて、庄子主任研究員は、「学ぶことは本来楽しいものです。どうすれば学びたいという欲求を維持できるでしょうか」と、登壇者に問いかけた。

この問いに、大阪府教育庁市町村教育室小中学校課主任指導主事の小林大志氏は、「子どもの興味・関心を大人が理解し、伸ばす視点を持つことが重要だと思います」と述べた。小林氏は、教室における子どもの視点や感じ方に大人は思いを馳せてほしいと考え、大阪府の指導主事研修に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」※を導入した。同研修は、完全な暗闇の中、視覚障害者の案内で活動し、対話を行うもので、小林氏は「暗闇では視覚障害者の案内が頼りです。それと同じように、教室の中の子どもにとって、教員は暗闇の中の案内役ではないでしょうか」と語り、教員の視点や価値観を変えることの重要性を強調した。

また、第2の学校「ももの木」の代表を務める寺前桃子氏は、小・中学校に8年間勤務した後、自らの理想とする教育を実現するために東京都日野市でフリースクールを立ち上げた。寺前氏は、「例えば、社会科が大好きな子どもが、縄文時代の次に明治時代の戦争について学ぶなど、本校では、教科書の順序に関係なく、子ども自身の興味・関心に沿って学びを進めています。私は、子どもがそうした学びを広げられるように支援しています」と述べ、子どもの主体性を尊重する同校の教育方針についても紹介した。

太田氏も、公立学校においても、子どもの興味・関心を高める柔軟な授業づくりが可能であると話し、取材した新潟県のある公立小学校では、学習指導要領に基づいたうえで、カリキュラムの順番を入れ変えるなどして、プロジェクト学習を実施している事例を挙げた。

小林氏も、学習指導要領をより深く理解することで、どの学校でもプロジェクト学習のような柔軟にカリキュラムを組み変えた授業が実現可能だと指摘した。「学習指導要領には、深い学びの鍵として各教科等の『見方・考え方』が示されています。どのようにすれば、子どもがその『見方・考え方』を働かせるかを意識した授業づくりができるかを考えることが、学習者目線の授業を実現する鍵になると考えます」と述べた。

※「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」とは「視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した”純度100%の暗闇”の中で、視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメント」(ダイアログ・イン・ザ・ダーク ウェブサイトより)

1日5分間でも、子どものつぶやきを丁寧に拾う

学習者目線の学校づくりについて意見が交わされる中で、庄子主任研究員は「学習者目線の学校とは、授業の自由度だけでなく、他にどのような工夫が必要でしょうか」と問いかけた。

太田氏は、学校取材を通じて、子どもが発するつぶやきを丁寧に拾い、子どもが安心して授業に参加できる環境を整える教員の姿勢が、子どもの学びを深めることを実感したという。「例えば、子どもがその単元から少し脱線するような意見を出した場合や間違ったことを発言した場合にも、『それは面白いね』『どうしてそんなふうに考えたの』などと肯定し、柔軟に授業に生かすことのできる先生の授業では、子どもたちは楽しそうに考えや意見を表明し、その単元のめあて以上の思考が生まれることもありました」と語った。

中学校の美術科教員でもある小林氏は、子どもにこれを描かせたい、あれを作らせたいという意識が強い美術科教員は少なくないとし、「『こんな問いかけをしたら、生徒がどんな反応をするのか』を楽しみにしながら授業を設計しています」と述べた。そして、自身は実感を伴った学びを大切にしていると語り、具体例として色相環について学ぶ授業では、ペットボトルに水と数種類のプリンターのインクを入れて生徒が実際に色を作る活動をしたことを紹介した。

チャットでは、参加者から次のようなコメントなどが寄せられた。
「『子どもが学びたいこと』『大人が教えたいこと・身につけてほしいこと』のギャップが、学校の教科学習には顕著に表れている気がしています」
「我が子は、学ぶことは好きですが、机の上での学びは苦手です。カリキュラムに沿って受動的に学ぶことは、うちの子にとっては魅力がないようです」

最後に、学習者目線の学校づくりに向けて、登壇者がそれぞれ考えを述べた。

太田氏は、「忙しい中でも毎日5分間、子どもの様子を観察し、その声に耳を傾けてみませんか」と提案し、「そこから子どもも教員も学びが深まるきっかけを見つけることができると考えます」と述べた。

寺前氏は、「私は学校の教員を辞めて、自分の目指す教育を実現しようと、『ももの木』を立ち上げました。そうした私の姿を見て、子どもや先生、保護者の方には、正しい道は1つではなく、その時々で自分に合う環境を選んで生きていけばよいのかな、と感じてもらえたらうれしく思います」と、自分に合う学びの環境選びの重要性を伝えた。

小林氏は、「教員が日々の授業を少しずつ変えていくことで、よい取り組みが広がり、目の前の子どもだけでなく周囲の先生にも影響を与えることができると思います」と、日々の学びの大切さを語った。

登壇者プロフィール

大阪府教育庁市町村教育室小中学校課 主任指導主事 小林大志
様々な活動の一つとして、完全な暗闇の中で様々な原体験をする「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というワークショップを指導主事研修に導入し、教室における子どもの視点や感じ方に思いを馳せることで、教員の視点や価値観の変革を試みている。

第2の学校「ももの木」代表 寺前桃子
1988年兵庫県生まれ。3児の母。大学卒業後、兵庫県で中学英語教師を4年。その後、東京都教員採用試験に合格し、小学校教師を4年間務める。その後、不登校の児童を対象とした学習支援、心の拠り所を目的に、東京都日野市多摩平で「ももの木」を開校。これまでの生徒数は延べ4,000人以上。子どもたちに寄り添った学習支援が得意。

フリーランス 編集者・ライター 太田美由紀
1971年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌編集部を経て独立。育児、教育、福祉を中心に、誕生から死まで「生きる」を軸に多数の雑誌、書籍にかかわる。NHK Eテレ『すくすく子育て』の番組制作やテキスト制作にかかわる(2020年まで)。2011年より新宿区教育委員会・家庭教育ワークシートプロジェクトメンバー。2017年保育士免許取得。子育てコーディネーターとして相談現場でも活動。「人間とは何か」に迫るため取材・執筆を続けている。著書に『新しい時代の共生のカタチ〜地域の寄り合い所 また明日』(風鳴舎)がある。ベネッセの教員向け情報サイト「VIEW next ONLINE」にて、「子どもと教員がいきいきと動きはじめる学校 ~今すぐできる12の転換~ 」を連載中。
https://view-next.benesse.jp/innovation/person/otamiyuki/

(モデレーター)
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員 庄子 寛之 
公立小学校の教員を20年近く務めた後、現職。
臨床心理学科を修了し、人をやる気にさせる声かけや環境づくりを専門とする。全国各地で研修を行い、研修回数は400回を超え、受講者も10,000人以上となる。
https://benesse.jp/expert/10016.html

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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