昨今、理工系学部における女子枠入試の導入など、女性の理系分野での活躍を支援する動きが広がっている。2024年10月、オンラインイベント「今、『女子×理系』が注目を集める背景とは?〜データや生の声から見る理系選択の実態と課題〜」が開催された。
 

 
主催の公益財団法人山田進太郎D&I財団は、STEM分野を専攻する女子の割合がOECD諸国に比べて非常に低いという課題改善に向け、理系選択を応援するため毎年約500人の女子生徒に奨学金を提供するなどの取り組みをしている。ベネッセ教育総合研究所では、誰もが学びたい学問を学べる環境を後押しできるよう、その取り組みを応援し、今回のイベント開催に全面協力を行った。

本編では、話題提供として、調査研究データや小中高生の生の声を元に女子生徒の理系選択における実情と課題を分析。また、パネルセッションでは、先進的なSTEM教育実践や日本の研究力強化をリードしている二人の識者も加わり、課題解決に向けてのアプローチを模索した。

(登壇者)
<話題提供>
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員 松本 留奈
公益財団法人山田進太郎D&I財団 事務局長 田中 多恵

<パネリスト>
自然科学研究機構 特任教授(統括URA) 小泉 周
千代田国際中学校・武蔵野大学附属千代田高等学院校長 木村 健太
<モデレーター>
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村 俊平 
 

データから読み解く なぜ日本は「理系女子」が少ないのか?

はじめに、ベネッセ総合教育研究所の松本研究員が、文系理系の実態、理系が少ない背景として考えられる要因についてデータを用いて情報提供した。理系分野の高等教育機関の入学者に占める女子生徒の割合は、OECD加盟国のうち日本が最低レベルであるものの、15歳の時点で数学的リテラシーは世界第2位という優秀さを誇っており、学力はあっても理系の進路を選択しないという現状がある。
 
 
 (以下スライドは当日の発表資料から一部を抜粋)

 
では、このようなギャップの要因は何だろうか。松本研究員は、全国の小学校4年生から高校3年生までの約2万人の親子を対象に10年にわたって実施された大規模調査(東京大学社会科学研究所、ベネッセ教育総合研究所の共同研究)の結果から、関係する傾向を抽出して提示した。

「あなたは自分のことを『文系』だと思いますか、それとも『理系』だと思いますか」という問いに対しての回答の推移から、学年の変化、経年の変化(上記グラフ参照)、個人内の変化について調査結果を用いて現状を説明し、以下のようにまとめた。どの学年においても、理系を選ぶ女子は男子より20%程度少なく、その後も増える傾向は見られない。
 

 
しかし、そもそもなぜ、男子に比べて「自分は理系だ」と思う女子は少ないのだろうか。その背景となるいくつかの要因と、その根拠となるデータを示し、松本研究員は2つの論点を挙げて次のようにまとめた。

「理系女子が少ない理由には、二つの論点があると思われます。まず、理系の学習そのものが女子に向いていないというステレオタイプな思考、またその先にある職業が女性に不向きであり、知的な女性を歓迎されない社会風土があるという認識です。また、中学校の段階では、公立より私立、共学より女子校に理系選択が多い傾向や、SES(社会経済的地位)の高い家庭の子どもに理系選択が多いことなどから、環境的な要因の影響もあると考えられます」
 

二人目の話題提供者、D&I財団事務局長 田中多恵氏は、同財団のSTEM(理系)女子奨学助成金応募者のデータを発表し、サイエンスリテラシーをもっているにもかかわらず、「自分はSTEMを追求するほど優秀ではないと思っている」と答える女子が多い点を指摘した。

また、理系進学を目指す女子の志望動機には、家族の体験やドラマやアニメの影響などが挙がってくるものの、中高時代の学校での理系体験※のエピソードは乏しく、保護者がもつジェンダーバイアスも女子特有のハードルとして立ちはだかっているという。

 
本人の志望分野としては、医歯薬、情報科学、化学、土木建築、工学などの順に人気だが、保護者は「地元に残ってほしい」という思いが強く、通学圏内の国公立となると進路が限定される。専門分野によっては「女性に向いていない」「重労働」「学費が高い」などの理由から賛成しない場合も多い。どちらにしてもそのハードルを乗り越えるにはアクションが必要であり、それを後押しする「これをやりたい」という確信がなければチャレンジは難しくなるようだ。

「本人の理系科目に対する苦手意識が根強いことに加え、医療系以外で活躍できるイメージやロールモデルの不足、家庭の経済的・地理的状況によりハードルの高さを感じているという声も多い」(田中氏)

しかし、ここ数年は、産業界も理工系女性従業員の採用拡大を表明しており、2022年には奈良女子大学、2024年にはお茶の水女子大学で共創工学部が新設。また、女子枠を導入する大学の数は2023年度入試から急激に増加し、2025年度入試でもさらに増え、国公立大だけでも27大学以上が導入している。「逆男女差別ではないか」という声も上がるなど課題はあるものの、女子生徒にとっては、理工系進学に追い風が吹いていると言えるだろう。

※理系体験とは、理科の実験やプログラミング、企業での理系に関連した職場体験など、科学・技術・工学・数学(STEM)分野への関心を深めるための学びや実践的な機会を指します。

ジェンダーに配慮した科学技術促進が求められている

話題提供を受け、後半のパネルセッションが始まると、千代田国際中学校・武蔵野大学附属千代田高等学院校長の木村健太氏は、生徒たちと日々接する中での実感を交えながら感想を述べた。

「私自身、学校では男子女子、理系文系ということはほとんど意識してこなかったのですが、逆にそれが良かったのかもしれません。男女ともに、自分で調べ、自分で感じ、自分で考え、自分で決める。そこを大事にしたい。保護者からは女の子なので家から通える範囲で進路を選んでほしいという声も聞こえてきますが、高校生になれば本人の選択が重要です。

それぞれの家庭の事情の中で、生徒自身がどのように情報を集め、保護者に伝え、経済的なことも含めた今後の進路について話し合うことは、自己肯定感や自己効力感の向上にもつながります。学校としてもそのようなサポートの機会が必要かもしれませんね」

さらに、「自分はSTEMを追求するほど優秀ではないと思っている」と答える女子が多いという点についても注意が必要であると述べた。

「テストで何点取れるかで、頭がいいとか悪いとか、この分野が得意、苦手などと決めてしまっているのかもしれません。この点についても、男子女子関係なく、テストで測ることができるのはほんの一面だと伝えていきたい」(木村氏)

学力が高いにもかかわらず理系を選択しない傾向があるのは、日本においては男子も同様だ。PISA(学習到達度調査)のデータを見ると、日本の高校生の学力は世界でもトップ(PISA2022において数学的リテラシー1位、読解力2位、科学的リテラシー1位)だが、学力レベルが高い日本の中で他者と比較するため、「自分は優秀ではない」と思ってしまうこともある。

小泉周氏が所属する自然科学研究機構では、研究の現場で、実際に男性よりも女性が活躍していると実感する機会が多いという。ロールモデルは将来の不安を取り去るためにも重要なので、身近な女性研究者で活躍している人を知ることが心理的な後押しになるだろうと話した上で、理系と文系の区分けについても疑問を呈した。

「高校時代までの科目の苦手意識で文系理系を決めてしまうことはとてももったいないことだと思います。大学に入ると、高校での文系理系という区分けは全く関係ないので、そこをしっかりと認識できるように、早い時点で伝えることも必要です」

文系理系という明確な区分けは日本特有であり、進学のためにどちらかを選ばなければならないという状況は学ぶ内容にも偏りが出てしまう。実際に大学院や卒業後は文理融合をうたう学部や大学院が増えていることもふまえ、文理の壁をこえた知識や思考が必要だとベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンター長の小村氏も同意した。

田中氏は、女子の進学時の選択について、財団に寄せられた女子生徒の声の傾向を紹介した。
「理系だと将来が狭まる印象があるようです。文系は幅広い職種に就ける、国際協力なら英語などというイメージが強いのですが、例えばエンジニアリングのように理系の分野で高度な知識を身につけ国際協力に貢献する道もあることを知れば、選択肢が広がります。中学生からは、理系に進学しても友達ができるか、出産しても両立できるかなどの質問もありますが、その背景には男性が多い環境や、母親をはじめ身近な女性が苦労している様子を見て、マイノリティとなる環境で生活することへの不安が伝わってきます」

木村氏は、自身の前任校での、女子だけを対象にした保健の授業「妊娠・出産のタイミングについて」を、男子と女子がともに学ぶ授業形態に変更したことを例に挙げ、「今後、女性のキャリアを考える際、妊娠や出産などについて、男性もしっかりと学ぶ必要があり、すべての人が一緒に考えなければならない問題だ」と強調した。マイノリティを生み出している社会環境(周囲の人の思想)を変えていくこともまた、その解決に密接につながっているという視点だ。

小泉氏はこれに触発され、研究の世界の視点からジェンダード・イノベーションについても解説した。

「近年、薬害や車の事故など、男性を中心としてさまざまな研究開発が行われてきたことによる実害も出てきています。日本に限らず、科学の世界は今まで男性による男性のための研究をしてきました。世界ではそのことに対する反省が始まっています。これは、ジェンダード・イノベーションといって、性差とジェンダーに配慮した科学技術を促進することで、世界中のすべての人々の生活の質を向上させるという考え方です。

女性にとって働きやすい環境は、男性にとっても働きやすい環境になる。いろんな人が多様なバックグラウンドをもって一緒に科学開発を行っていくことが求められています。ですから、科学の中でも、男性に偏った考え方を是正し、女性の比率を高めていくことが喫緊の課題なのです」

「女性×理系」というテーマを設定しなくていい世界を、私たちは目指しているのだと木村氏も賛同する。

「大前提として、多様性があるとこんなに面白いものが生まれるよねということについて私たちは共通認識をもたなければならない。世代、国籍、育った環境、AIとの協働を含めた多様な背景があるからこそ新しい価値が生まれてくる。文系と理系もそうですが、同じ分野の人、同じ価値観の人ばかりで考えても発想には限界がある。これからは、文系とか理系とか分けているともったいないよねという方向になっていくと思っています」(木村氏)

『女子×理系』がみんなのため、社会のためになる

女性たちがSTEM分野の活動に親しめる場を広げていくこともまた、多様性の第一歩になる。主催の山田進太郎D&I財団では、女子がさまざまなバイアスを無意識に受け入れてしまう前に、小学校や中学校など、早期から自分が好きなこと、夢中になれることを見つける機会や体験を創出していきたいと考えている。

「諸外国、たとえばイギリスやドイツでは、夢中になれるクラブ活動や、女の子たちがSTEM分野で楽しんで取り組めるアクティビティがたくさんあります。もちろん理系、文系という分け方ではなく、STEMという枠組みの中で楽しめるようなアクティビティです。私たち財団としても、そのような体験を届けていきたいと考えています」(田中氏)

最後に、モデレーターの小村氏はこのイベントを振り返り、締め括った。

「『女子×理系』を考えるとき、一般的なイメージを払拭できる選択肢をしっかり示していくことが必要であり、SNSなどでしばしば見られる『女子枠はずるい』という誤解を招かぬよう正して発信していく必要があると思います。今、企業も大学も多様性を高めるためにも喫緊の課題として女性の声を必要としています。

本来、教育の目的は、私だけではなくみんなが幸せになることです。この『女子×理系』というテーマもその一つ。みんながいい教育を受ける社会の体制をしっかりと担保し、それがみんなのため、社会のためになる。そんなメッセージを発信していくことが大事なのだと思います」
 

登壇者プロフィール(登壇順)

松本 留奈
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
京都大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育学修士)。乳幼児から高等教育まで幅広い教育段階において、子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究に多数携わる。自律的学習者が育まれるプロセスと、そこに適切な支援の在り方に関心をもっている。
https://benesse.jp/expert/10014.html

田中 多恵
公益財団法人山田進太郎D&I財団 事務局長
㈱リクルートマネジメントソリューションズを経て2009年よりNPO法人ETIC.に参画。起業家人材育成・起業家教育等に携わる。2021年4月より、山田進太郎D&I財団の立ち上げに参画し、事務局長に就任。

小泉 周
自然科学研究機構 特任教授(統括URA)
慶應義塾大学医学部卒業。卒後、生理学教室で、電気生理学と網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学医学部リチャード・マスランド教授に師事。2007年に帰国し、自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授。2014年より、大学共同利用機関におけるURAとして、自然科学研究機構本部の研究力強化推進本部・特任教授(統括URA)。この間、文部科学省研究振興局学術調査官、JST科学コミュニケーションフェロー、文部科学省・科学技術学術審議会・基礎研究振興部会・臨時委員を兼任。THE世界大学ランキング国際アドバイザリーボードメンバー。大学の研究力分析手法の開発、大学の社会インパクトに関する分析などを実施。

木村 健太
千代田国際中学校・武蔵野大学附属千代田高等学院校長
東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員、情報経営イノベーション専門職大学客員教授  広尾学園中学校・高等学校で医進・サイエンスコースを立ち上げ、学習者の主体性を軸とした研究的な学びを進めてきた。学外では、内閣府総合科学技術・イノベーション会議、経済産業省産業構造審議会、同省未来人材会議、同省「未来の教室」とEdTech研究会、科学技術振興機構次世代科学技術チャレンジプログラム、Tokyoサイエンスフェア(東京都科学の甲子園)等の委員を歴任。初等中等高等教育の連続性および社会との接続を意識した学びの本質について多方面から追求している。

モデレーター
小村 俊平 
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長
2006年よりベネッセコーポレーションにて全国の自治体・学校とともに次世代の学びの実践と研究を推進し、数多くの学校改革や学校設立に携わる。 2020年よりベネッセ教育総合研究所 主席研究員、2022年よりベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長。現在、豊島岡女子学園および仙台第三高校のスーパーサイエンスハイスクール運営指導委員に従事。これまでに日本イノベーション教育ネットワーク(協力OECD)事務局長 兼 東京大学公共政策大学院客員研究員、岡山大学 学長特別補佐(教育担当)等を歴任。
https://benesse.jp/expert/10006.html

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