木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
㈱ベネッセコーポレーション入社後、ベネッセ教育総合研究所で子ども、保護者、教員を対象とした調査研究に携わる。東京大学社会科学研究所客員准教授(2014~17年)・客員教授(2021~22年)、追手門学院大学客員研究員(2018~21年)、横浜創英大学非常勤講師(2018年~22年)などのほか、文部科学省、内閣府などの審議会や委員会の委員を務める。
東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所は、共同で実施する「子どもの生活と学びに関する親子調査」のデータを用いて、子どもの「幸せ実感」-「今、幸せ」「将来、幸せになれる」と感じているか―に着目した分析を行った。前回は、この分析のうち、子どもの「幸せ実感」の実態と家庭(保護者)にかかわる要因についての結果を紹介した。今回は、学校生活や友だち関係、学びの状況や子ども自身の自己認識など幅広い要因について順に取り上げ、最後に、「子どもの幸せ」を実現するためにどうすればよいかを考察したい。
●学校生活の状況 -学校生活が充実している子どもほど、幸せ実感が高い
はじめに、学校生活の状況と子どもの幸せ実感がどう関連しているかを検討する。
図1では、学校生活にかかわる3つの項目と幸せ実感との関連を示した。子どもの「幸せ実感」の状態を高い群(幸せ高群)、中程度の群(幸せ中群)、低い群(幸せ低群)の3つのグループに分けて、その出現の状況がどのように異なるかを比べている。これをみると、「授業が楽しい」を肯定する子ども(肯定群)は「幸せ高群」が43.2%であるのに対して、否定する子ども(否定群)は20.4%と20ポイント以上の差がある。同様に、「尊敬できる先生がいる」「自分の学校が好きだ」を肯定する子どもは、否定する子どもに比べて「幸せ高群」の出現率が顕著に高いことがわかる。授業が楽しいと感じられていること、先生との信頼関係が築けていること、自分の学校に愛着を持てていることなどが、子どもの幸せ実感にかかわっている
●友だち関係の状況 -友だち関係が良好な子どもほど、幸せ実感が高い
図2では、友だち関係の状況によって「幸せ実感」がどのように異なるかを見てみた。そこからは、「友だちと一緒にいるのが楽しい」を肯定する子ども(肯定群)は「幸せ高群」が37.1%であるのに対して、否定する子ども(否定群)は17.4%と20ポイント近い差があることがわかる。同様に、「悩み事を相談しあう友だちがいる」でも、肯定群の方が「幸せ高群」の出現率が高い。一方で、「友だちとの関係に疲れる」については、肯定する子どものほうが「幸せ高群」の出現率が低い結果になっている。
●学びの状況 -学びにポジティブな意識・行動の子どもほど、幸せ実感が高い
続けて、学びの状況と幸せ実感の関連を見てみよう。
図3は、学びの状況別に幸せ実感の結果を示している。これをみると、「勉強が好き」を肯定する子ども(肯定群)は「幸せ高群」が47.4%であるのに対して、否定する子ども(否定群)は27.4%と20ポイントの開きがある。また、「自分に合った学習のやり方を工夫する」といった学習行動がとれている子どもは、「幸せ高群」の出現率が高い。これに対して、「勉強しようという気持ちがわかない」といったネガティブな意識をもつ子どもは、「幸せ高群」の出現率が低いことがわかる。総じて、学びにポジティブな意識・行動の子どもほど、幸せ実感が高い傾向が見られる。学習活動の充実も、幸せには重要な要素といえるだろう。
●自己に関する認識 -肯定的な自己認識をもつ子どもほど、幸せ実感が高い
幸せ実感は、子どもが自分をどのように捉えているか(自己認識)とも関連する(図4)。
たとえば、「自分に自信がある」を肯定する子ども(肯定群)は「幸せ高群」が50.6%であるのに対して、否定する子ども(否定群)は21.4%と約29ポイントの開きがある。同様に、粘りづよさ、挑戦心などに関する質問でも、肯定群の子どもの方が、幸せ実感が高い傾向が見られた。ここに紹介した項目は、いわゆる非認知能力(社会情動的スキル)といわれる資質・能力でもある。このような資質・能力を高めていくことも、幸せ実感を向上させるのに有効だと考えられる。
●「子どもの幸せ」を実現するために
子どもの幸せ実感と関連する要因について、前回の家庭(保護者)の要因に引き続き、今回は、学校生活や友だち関係、学びの状況や子ども自身の自己認識など幅広い項目との関連を確認した。こうした分析を通して考えたことを以下の3点にまとめ、子どもの幸せを実現するために私たちはどうすればよいのかを考える。
①子どもの幸せにはどれも重要な要素
第一に指摘したいのは、家庭生活も学校生活も、子どもを取り巻く友人も、子ども自身の自己認識のあり方も、すべてが子どもの幸せには重要な要素だということである。それらは、子どもの幸せ実感と連動している。このことを踏まえると、それぞれの要素が充実するように、周囲の大人たちはそれぞれの立場で子どもに働きかける必要がある。家庭では保護者が、学校では教員が、さらには子ども自身も、幸せ実感と関連する諸要因が充実するように努めなければならない。そうした環境を整えるために、行政の役割も重要だろう。
②「幸せ実感」はホリスティックなもの
しかし一方で、すべての要因が揃わなければ幸せが実現できないかというと、決してそうではない。「幸せ実感」はホリスティックなもの(各要因が調和したり補い合ったりして全体性を持つもの)であり、何かが欠けていても、他の要素が充実していればカバーできる。今回の分析で取り上げた各要因はすべて幸せ実感とは関連しているが、幸せを決定づけると言えるまでの強固な関連ではなかった。たとえば、学校生活がうまくいかなければ、それ以外のフィールドで幸せを実感できる経験が得られればよい。どこかに、子どもが自身のよさや能力を発揮できるような居場所を持つことが大切である。
③幸せの主体は子ども自身
どこに居場所を見出すか、また、何に自分のよさや能力を発揮するかは、子ども自身の選択が重要である。幸せのあり方は多様であり、そこに至るプロセスも人それぞれだろう。唯一の正解があるというものではない。家庭生活、学校生活、地域生活などの安定と、そこでかかわる人々(保護者、教員、友だち、地域の人など)との信頼関係は、安心して活動を行う上での基盤となる。そのうえで、何を選択するか、どう活動するかは子どもに委ねて、周囲の大人は子どもをエンカレッジして動機づけたり、メタ認知を高めるようなアドバイスをしたりといった役割を担えるとよいのではないか。幸せの主体は子ども自身であり、自分で幸せを実現できる資質・能力を身につけていく必要があると考える。
ここまで、子どもの「幸せ実感」について、調査データをもとに検討してきた。紹介したデータの詳細は、ベネッセ教育総合研究所のホームページで確認できる。今回の分析を1つのきっかけにして、子どもやその保護者が幸せと感じられる社会を実現するためにできることを、多くの方々とともに考えていきたい。