村山 和生
(株)ベネッセコーポレーション ベネッセ文教総研 主任研究員
株式会社ベネッセコーポレーションでは、進研模試等を通した高等学校への進路指導支援、大学入試分析、進路説明会講師等を担当。平成24年からはベネッセ教育総合研究所・高等教育研究室にて、シニアコンサルタントとして大学の教学改革支援や入試動向分析、「VIEW21大学版(現:Between)」編集長等を担当。入試動向分析結果は各種マスコミでも取り上げられる。平成28年からはベネッセ i-キャリアにて大学生向けのアセスメント分析や大学IRのための統合データベース開発などを担当。平成29年からは一般財団法人大学IR総研の調査研究部にて、研究員として高等教育全般の調査・研究と教学改革支援、ならびにIRの推進支援に携わる。ベネッセコーポレーション帰任後は、学校支援事業の経営企画業務に従事。令和3年からはベネッセ文教総研の主任研究員として、高等教育領域を中心に「学修成果の可視化」「IR」を主なテーマとして調査、研究、情報発信を続けている。
定員管理の緩和により私立大学入試に落ち着きも
私立大学入試における定員管理の基準が、いよいよ緩和される。
これまでは大学の収容定員規模に応じて、大学1年生の「入学定員」を対象に、その充足率によって私学助成金を不交付にしたり減額したりする政策がとられてきた。特に2016年度以降はその基準が厳格化されたため、前年度入試と比較して大幅に合格者数が絞り込まれたり、逆に3月の遅い時期まで追加合格が出されたりするなど、受験生にとって混乱の多い入試が続いていた。
この現状に対し、充足率を見る対象を「収容定員(≒大学1年生~4年生(一部は6年生など)の総計)」に変更し、基準を緩和することで、入試の混乱をおさめることが意図されている。これが実現すれば、仮に単年度の入学者数が想定を超えたとしても、複数年度で充足率を調整することが可能となる。無論、この通りに緩和されたとしても、合格者数の絞り込みや追加合格そのものがなくなるわけではないが、少なくともここ数年見られたような「まずは極端に合格者数を絞り込み、その後、何度も追加合格を出して調整する」といったような事態は治まっていくだろう。
この「定員管理の対象を収容定員にする」という流れは、学部新設などの設置認可にも適用される見通しだ。これも実現すれば、単年度の歩留まり率の読み違いなどによって設置計画の見直しを急遽迫られるリスクが低減されるため、社会のニーズに対応した学部の新設や、学生の学び方の実態に合わせた学部改組などに積極的になる大学が増えることが期待できる。
「定員管理の基準の緩和」だけではない「大学設置基準」見直しの動き
この「定員管理の基準の緩和」は、何も近年の入試の混乱の解消だけを目的にしたものではなく、大学が備えておくべき最低限の基準を定めた「大学設置基準」全体の見直しの検討結果の一つとして出てきた動きである。
例えば、大学設置基準では「教育にふさわしい環境の確保のため(大学設置基準第五章第十八条3)」に大学に対して定員の管理を求めている。ただし、オンライン授業などの急速な普及や、留学生数の拡大を目指すグローバル化の進展などにより、この「教室での一斉授業」を前提とした「入口段階での定員管理による教育の質保証」は実態に合わなくなってきている。今回の動きはその実態に合わせようとする大学の動きを後押しするものであり、「オンライン授業による修得単位数の上限見直し」などの動きとも連動するものだ。
同様に、大学設置基準における大学教員のあり方についても、実態に合わせて見直される。これまでは「一つの大学、学部」でつとめることを前提とした「専任教員」は、「複数の大学」や「学内の複数の学部」との兼務も可能な「基幹教員」に改められる。これも、クロスアポイントメントの進展など、近年の大学教員の働き方の多様化に合わせることを意図している。さらに、これまでは担当講義のみでしか大学教育に関われなかった企業人など常勤以外の教員も、一定の条件を満たせば教育課程の編成などにも責任を持った立場での参画が可能になる。これにより、柔軟な教員組織の編成が可能になるため、指導力の高い教員や、実社会での最新事例を踏まえた企業人による教育プログラムが充実していくことが期待される。
大学の質保証は「入口」から「出口」へ
大学設置基準の見直しを求めているのは、大学や文部科学省だけではない。例えば、日本経済団体連合会(経団連)は今年1月に出した提言「新しい時代に対応した大学教育改革の推進-主体的な学修を通じた多様な人材の育成に向けて-」の中で、また首相を議長とする教育未来創造会議は5月に出した「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について(第一次提言)」の中で、それぞれ大学設置基準の大胆な緩和を求めている。それぞれの提言に共通するのは、変化の激しい予測困難な社会を支える人材を育成することを大学に求めていることであり、それを可能にする教育プログラムを充実させることである。
このような社会全体からの改革要請に大学が応えるためには、これまでの「入口段階での定員管理による教育の質保証」から、「出口段階で『学生が何をできるようになったのか』に基づく学生の質保証」に軸足を切り替えていくことが必要だ。すなわち、進級要件や卒業要件を厳格化することであり、学生の学修成果を可視化したうえで社会に示していくことである。今後、私学助成などの大学に対するインセンティブも、大学設置基準の改正に伴って、定員管理に関するものから、社会が求める教育プログラムの開発や、その成果の情報公開などにその対象を移行していくと予想する。
さらに、大学が上記のような改革を進めていくのであれば、大学進学についての指導にも変化が求められるだろう。「大学に合格できる力」を身につけさせるための指導の重要性はもちろん変わらない。ただし、それと同等、もしくはそれ以上に、「大学入学後も学び続けられる力」を生徒に育むことが求められるのではないか。そうなると、大学選択も「進級要件や卒業要件が厳しくなったとしても、生徒が学び続けられるような大学であるかどうか」という観点で、これまで以上に丁寧に見ていく必要性がありそうだ。具体的には、これまで通り入試科目やアドミッション・ポリシーで「大学に合格できる力」を確認すると同時に、その力が入学の教育でどのように生かされ、発展できるのか(≒カリキュラム・ポリシー)、その結果どのような力を身につけて社会に飛び立つことができるのか(≒ディプロマ・ポリシー)も確認したうえで、生徒が真に進学すべき大学を見極めるプロセスが不可欠となろう。これにより、生徒の合格可能性を高めるとともに、「大学入学後も学び続けられる力」の原動力となる志望理由を明確にすることができると考える。