前回は、私が20年以上続けている、「わくわくエンジン®」をキーワードにした生き方を考えるプログラムから、これからのキャリア教育に対する考えをお話ししました。今回は、外部と連携しながらキャリア教育を行うことの大切さやそのヒントを、私自身の活動経験を基にお話しします。
NPO設立は、我が子の「高校には行かない」発言がきっかけ
キャリア教育を子どもたちに提供したいと考えるようになったのは、長男が中学生の時の出来事がきっかけでした。当時、中学3年生だった息子が「高校には行かない」と言いだしたのです。通っていた中学校で、一時的に生徒の荒れが問題になっていたことを背景として、学校へ通うことへの意義が見えにくくなっていたことが原因でした。それまで私は、子どもたちは当たり前のように高校・大学に行き、社会に出て、いずれ結婚するというレールに乗った人生を信じて疑いもしていませんでした。しかしよくよく考えると、高校進学も含めて自分の人生の選択は自分で決めるものなのだと気づいたのでした。
1990年代後半の当時は、荒れている子どもがいる一方で、無気力で元気がない子どもがいることも課題になっていました。なぜそうした事態になっているのだろうと考え、私が気づいたことは、子どもたちはとても退屈そうだ、ということでした。そしてそれは、自分の中にあるわくわくする自分を生かしていないからではないかと思ったのです。子ども自身が、自分の好きなことを見つめてわくわくする。こんなことをやってみたいと、今の自分と未来の自分に希望を持つことができれば、エネルギーが湧き出て、毎日を意欲的に過ごせるようになるのではないかと思ったのでした。母親として、息子が自分の中にあるわくわくに気づくことができれば、その後は自分の人生を切り拓いていけると確信しました。そして、息子以外の子どもたちにも、自分がわくわくできる、人生の原動力となるものを見つける機会を設けることが必要だと思ったのです。会社勤めもしたことがない主婦であった自分が、その思い1つで認定NPO法人キーパーソン21(特定非営利活動法人キーパーソン21)を立ち上げ、これまでに全国183の学校で約6万人の子どもたちにプログラムを提供してきました。
大人のかかわり方を、研修を通じて事前に確認
私たちが活動の柱として提供しているプログラムが、主に学校向けに行っている「 夢!自分!発見プログラム」です。社会人による講演やゲーム形式のワークショップを通して、自分の好きなものや大切なものを見つけ、それが社会とどのようにつながっているのかを知った上で、これからのアクションにつなげていくことを目指します(詳しくは前回参照)。
多くのプログラムが地域や民間企業の方々の協力を得て行われるのですが、子ども一人ひとりのわくわくエンジンを引き出し、認め、次のアクションにつなげるために、ワークショップを行う際は児童生徒3人程度につき、大人が1人つくことにしています。かかわっていただく大人に対しては、事前研修を行います。その研修を通じて、プログラムにかかわる大人が子どもたち一人ひとりに対して、丁寧に「引き出す」「認める」「伴走する」ことを確認していきます。
こうした大人のかかわり方を、私たちは5つのステップとして考えています。STEP1では、私たちが子どもに必要だと考えている3つの力(自分で考える力、選択する力、行動する力)や、わくわくエンジンについて先生方と理解し合えることから始めます。STEP2では大人が子どものサポーターとなるためのわくわくエンジンの引き出し方を学んでいただき、STEP3では、子ども3人に対して大人1人がつき、実際にわくわくエンジンを引き出していきます。その後も地域の大人が子どもの「やりたい!」を応援したり、子どもの発表を聞いたりすることで、子どもたちへの応援の輪が広がり、地域社会で循環していくことをイメージしています。キャリア教育は本来、集団で学校内だけで完結するものではなく、個に寄り添い、社会とのつながりを実感させながら行うべきものです。しかし、多忙な学校の先生方が、ご自身でそうしたプログラムをすべて実施するのは難しいという声を多く伺います。そうした場面でこそ、私たちのような外部団体と連携いただくことに意味があると思っています。
地域社会との連携は校長を先頭に学校ぐるみで
個に寄り添い、社会とのつながりを持たせたキャリア教育を社会全体として行うためには、いくつかのポイントがあると考えています。その1つが、学校の先生方が解決したいと思う課題は何か、を意識することだと思っています。子どもたちの様子やキャリア教育上の問題点などについて、課題は明確で具体的であるに越したことはありませんが、たとえ大まかなものでも、先生方の真剣で強い思いがあれば、先生方と私たちのやりとりの中から、課題や進むべき方向性を明確化することができます。
また、先生方全員、学校全体で推進していくことも、ポイントの1つです。一部の有志の先生だけではなく、校長先生を始めとする管理職の先生方と若い先生方が、学校ぐるみで子どもたちの将来につながるキャリア教育に取り組んでいこうとすることが重要だと考えています。
「課題意識」と「学校全体」の両方がそろった時に、優れた連携の仕組みやプログラムが教育効果を発揮します。私たちのプログラムでは、基本的に単発的な出前授業は行いません。また、プログラムの初期段階で先生方向けの研修を組み込み、先生方にお願いする役割や具体的な方法について、学校全体で理解を深めていただくようにしています。経験上、とりわけ校長先生と現場の先生の両輪がそろうことが、その後の効果の鍵を握っていると感じます。子どもの様子を先生方で共有し、息の長い取り組みにしていければ、キャリア教育もさらによいものへと質が高まっていくのではないでしょうか。
教師が鎧を脱げば子どもも殻を破る
学校全体での共通理解が得られれば、子どもたちは大きく変容していきます。先生方自身も変わります。私たちのプログラムでは、先生方も子どもたちと同様に自分探しをして、自分のわくわくエンジンを子どもたちにも共有します。大人は分厚い鎧を心にまとっているものですが、それが脱げた時、とても楽になられます。伸びやかな先生方のご様子を見た子どもも、殻を破って心が解放されていきます。
さらに、子どもの「ど真ん中」を見ることもポイントです。先入観を持たず、決めつけず、願望を持たず、誘導せず、無になって、目の前の子どもの、ありのままを見つめること――それは頭では分かってもなかなか実践できることではありません。ある学校の探究の授業で、1人の子どもが自分のわくわくエンジンは「できそうにないことをすること」だと考え、やってみたい具体的なアクションとして「犬の声を聴けるようになりたい」と発表しました。それを聞いた先生は、「そんなことができるわけがない」と却下し、予め用意しておいた別のアクションを与えました。犬の声の翻訳アプリも出ているほどですから、何かしらの応援はできたはずなのですが、既存の価値観や常識だけを基に指導してしまった残念な例です。難しいかもしれませんが、すべての大人には、まず、目の前の子どもがどうしたいのかを出発点に考えようとする発想の転換が求められているのではないでしょうか。
保護者も地域も先生も、一人ひとりがキーパーソン
自分で人生を選び、自分らしく生きるということは、生まれたからには与えられた命を生かすという、本来はとても本能的で尊厳に満ちたものです。1人でも多くの子どもたちが自分らしく人生を送れるようにするためには、保護者だけ、学校だけ、地域だけの努力では限界があります。子どもに最も長い時間かかわっているのは保護者ですし、一定の年齢以上になると大きな影響を及ぼすようになるのが学校の先生です。その先生方や保護者の方々が苦しんでいる姿を私はたくさん見てきました。保護者も、地域・社会も、国も、すべての存在がキーパーソンです。私は「共創造」という言葉を用いていますが、教育に携わる皆が総がかりで、オールジャパンで、教育現場を元気にしていくことができれば、その成果が子どもに還り、日本の社会全体もよい方向に変わっていくのではないでしょうか。子どもの「好き」や「やりたい」気持ちほど強くまっすぐなエネルギーはありません。その力を信じて、1人でも多くの人が自分を生かして生きていけるように私自身も活動し続けていきたいと思っています。
(本記事の執筆者:神田 有希子)