「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」第157回
「全日制と通信制について考える」開催

ベネッセ教育総合研究所では、有志の教員らがオンラインで対話する「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」を、2020年4月から週1回のペースで実施している。2023年8月の第157回では、「全日制と通信制について考える」をテーマに対話会を行った。全国から参加した小学校・中学校・高校の教員や、教育関係者らが議論を深めた。

話題提供は、佐藤裕幸先生(鹿島山北高校提携・通信制サポート校 CAP高等学院 代表)

生徒を社会とつなげ、成長させたいという思いで、通信制サポート校を設立

対話会の冒頭では、話題提供者であるCAP高等学院の佐藤裕幸先生が、自身が代表を務めるCAP高等学院について紹介した。同学院は、広域性通信制高校鹿島山北高校の認定学習センターであり、同校所属の生徒の学習及び生活支援をするサポート校と位置づけられ、高校生と社会の間にある垣根を越えて、高校生がシームレスに社会とつながることを目指している。

佐藤先生は、個別指導塾の教室長を務めた後、民間企業に勤務。その後、私立高校や私立中高一貫校の教員として働いていた。当時、佐藤先生は、「社会とのつながりを大事にすることで、視野を広げることができた」という自身の経験から、担当するクラスで、生徒がニュースサイトの中から気になる記事を選んで読み、その感想を書いてLMS(学習管理システム)で共有する活動を行っていた。

「記事を読み、社会について自分なりに考える機会を設けたことで、入学時に生徒が描いていた将来の夢に、少しずつ変化が見られるようになりました。その活動に手応えを感じた私は、生徒と社会をつなぐ新たな仕掛けとして、企業訪問や社会人と交流するイベントを企画しました(図1)。すると、『自分の可能性を広げるため、カナダに海外留学をしたい』という生徒や、『世界で活躍する医師になりたいが、自分の気持ちが本物か確かめるため、海外で医療ボランティアに参加したい』といった生徒が現れたのです。生徒は、これまで知らなかった世界と出会ったことで自分を見つめ直し、夢に向けて行動を起こすことができました。そのように社会とつながることで高校生の成長を促したいと考え、2020年4月にCAP高等学院を立ち上げました」と説明した。

図1 前任校では有志の生徒を連れて、株式会社ユーザーベース 本社を訪問した。

通信制サポート校の立ち上げ時には、生徒・保護者・教員にアンケート調査を実施した。「現在、通っている学校(全日制高校)に十分満足していますか?」という項目では、「十分に満足している」と答えた割合は、保護者が13.2%、生徒が12.9%である一方、教員はわずか2.2%だった。具体的にどのような点が不満なのか尋ねたところ、「学校の運営方針」「授業カリキュラム」「自由度のなさ」が三者に共通して挙げられていた(図2)。理想の学校についても尋ねたところ、「一人ひとりが自由に選択できる環境がある」「生徒の力で考えられるような指導が受けられる」「社会とのつながり感じることができる学習」などの意見が挙がった。

図2 学校のどのような点に不満を感じているのか(生徒の場合)の調査結果

佐藤先生は、「アンケート結果から、『生徒や教員に選択の自由があり、主体的に学べる外に開かれた学校』が求められていることが見えてきました。そうした教育は、全日制高校では本当にできないのでしょうか。今日は、皆さんと全日制・通信制それぞれのメリットについて考えていきたいと思います」と述べた。

通信制高校を選びやすい環境や制度が必要

まず佐藤先生が考える通信制のメリットとして、「登校時間などの制約がない」「自分のペースで単位取得のスケジュールが立てられる」「海外留学時の単位相互変換だけでなく、同時に2つの学校の単位取得も可能である」の3つを挙げた。

佐藤先生の話題提供を受け、ある参加者は、「自分が通信制高校に通っていたら、卒業までたどり着けなかったかもしれません。毎日学校に通ったおかげで、仲間と一緒に勉強も部活動も楽しく頑張れました。ただ、通信制にもよさがあり、近年、生徒数が増えていると聞きますが、いかがでしょうか」と質問した。

佐藤先生は、「本学院では、現体制で生徒の進路実現を十分なものにするためには、どんなに多くても30名が限界と考えています。鹿島山北高校のホームページ、本学院独自のホームページからの募集以外では、紹介による入校をメインとし、現状をなんとかしたいという思いで本学院にたどり着いてきた方を対象にしたいと思っています。通信制高校の大きな課題は、卒業後の進路です。社会に出るとつまずいてしまう場合が少なくありません。どうすれば生徒が社会に羽ばたいていけるのか、一人ひとりに寄り添って考えています」と語った。

高校教員からは、「一昔前までは、全日制高校を中退したら定時制しか選択肢がありませんでした。通信制の設置が増え、選択肢が増えたのはよいことだと思います。私の県には公立通信制高校がありますが、生徒数がかなり多く、支援が十分に行き届かないようです。履修登録すらできない生徒もいると聞いています。手厚い支援を期待して民間の通信制高校を選ぶ保護者も多いようです。ただ、通信制を積極的に選んだ生徒ばかりでなく、通信制を選ばざるを得なかった生徒もいます。それぞれの生徒にどのような教育が求められているかを考える必要があると思います」という意見があった。

次に、グループに分かれて対話を深めた。あるグループで話題に上がったのは、通信制高校を選ばざるを得なかった不登校の生徒の転入についてだ。

ある教育関係者は、「不登校などの理由で全日制高校に通えなくなった際、全日制高校に在籍しながら、トライアルで通信制高校に通うことができるようにするなど、柔軟性のあるシステムがあればよいと思いました」と述べた。

その意見に対して別の高校教員は、「不登校の生徒が、転入先を検討する際、未履修科目があっても受け入れてくれる高校、同級生と同じ年度で進級・卒業することができる高校など、様々な条件を考慮しています。ただ、出願締め切りが迫っていると、前向きに考える余裕がないかもしれません」と話した。

別の教員は、「私の県では全日制の公立高校に通っている場合、引越し以外の理由で他の全日制の公立高校に転入するのが難しい体制です。全日制でも通信制でも、スムーズに転校できるシステムがあればよいと思いました」と語った。

全日制・通信制、どちらでも自分に合った学校を素直に選べる時代に

対話の後半は、今後の通信制高校のあり方について話題が移った。

ある中学校教員からは、「特に地方では、生徒の健康や発達状態、興味・関心、家庭状況などの多様性に、教育が追いついていない状況だと思います。例えて言うならば、大きい子も小さい子も、みんなMサイズの服を着せられている状態です。通信制も含めて多様な学校の中から、自分に合った学校を自信を持って選べる時代になることを願います」といった声が寄せられた。

ある先生は、「中学校では、高校の難易度を軸に進路指導を行う傾向があります。全日制高校の中から、子どもの学力レベルにあった高校を選ぶ保護者が多く、通信制という選択肢があることすら認識できていないと思います」と語った。

佐藤先生もそれらの意見に同意し、「通信制は、全日制に通うのが難しい生徒が通う学校だというイメージが根強くあります。私も含め通信制に関わる人たちが、どのような教育を提供しているのか発信をしていく必要があります」と述べた。

すると、ある教員は、「就職するというと、毎日電車で通勤して、机に座って働くことをイメージする人が大半ですが、現在は在宅ワークも可能です。学校も同じで、通信制でも十分に学べます。周囲の大人は、『高校生はこうあるべきだ』という固定観念を捨て、一人ひとりの子どもに合った進路選択を受け止められるようにすることが大事だと思います」と話した。

参加者の意見を受けて、佐藤先生は、「本学院では、生徒と社会をつなぎ、生徒が学びたいと思うものを見つけてほしいと思います。そうした教育は通信制でも全日制でもできるはずです。私自身は、学校でどのような先生と出会うかが重要だと考えています。これからも生徒のためによりよい教育を考えていきましょう」と参加者に語りかけた。

ベネッセ教育総合研究所の芦野恒輔主任研究員が、対話を通して考えたことについて、次のように述べた。「進路選択の際に、この学校を選んだから成功、この学校を選んだから失敗ではなく、選んだ道を、自分で意味あるものにしていくことが重要なのだと思いました。全日制と通信制、どちらがよいか、単純な二項対立ではなく、一人ひとりの子どもが自分に合うと思える教育を得られる環境を、私たち大人がいかに作っていくことが大事なのだと、思いを新たにしました」

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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