生徒と教員がともに成長していくチームづくりを

ベネッセ教育総合研究所では、全国の先生方とともに毎週水曜日のオンライン対話「気づきと学びの対話」を開催し、集合知による学校現場の問題解決に取り組んでいる。過去180回の対話で様々なテーマを扱ってきたが、中でも参加者の関心が高いテーマの1つが探究的な学びだ。
そこで2024年3月、今回の登壇者である酒井淳平先生と梨子田喬先生による共著『高等学校 探究が進む学校のつくり方 探究学習を学校全体で支えるために』の出版を記念して、「探究的な学びを推進するための学校内チームづくり」をテーマとした第15回トークライブを開催した。

(登壇者)
立命館宇治中学校・高等学校 酒井淳平
西大和学園中学校・高等学校 梨子田喬
長崎県立松浦高等学校 校長 舟越裕

(モデレーター)
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長 小村俊平

左上/酒井先生 右上/梨子田先生
左下/舟越先生 右下/小村

探究を推進するミドルリーダーの形は1つではない

今回のトークライブでは、事前に探究的な学びの組織づくりについて参加者から質問を受け付け、特に関心の高いトピックについて登壇者が対話した。最初に立命館宇治中学校・高等学校の酒井淳平先生が、新著の内容を踏まえて探究的な学びのチームづくりに関する話題提供を行った。

酒井先生は、前の著書『探究的な学びのデザイン』で探究学習の進め方や教員に求められることなどを発信。読者からの感想を読み、探究学習に動き出そうとした時、次の課題になるのはチームづくりだと気付いて新著を執筆した。
「探究学習は1人の教員では進められず、結局のところ、学校組織のあり方が問われます。教員が学び合って学校を作ってきた文化があるのは日本の学校教育の強みであり、『探究』をキーワードとして生徒や教員がともに成長していく学校にしていきたいという願いを持っています」

酒井先生の話題提供を受け、ベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンターの小村俊平センター長は、チームの要となる探究学習の推進役が担う役割について登壇者に問いかけた。
酒井先生は、「ミドルリーダーの役割は、学校の方針を踏まえてチームの取り組みを形にすること、その過程で教員一人ひとりの思いを一緒に実現して、それぞれの先生方のよさを出すことが大切ではないでしょうか」と語った。

西大和学園中学校・高等学校の梨子田喬先生は、「『総合的な探究の時間』で行った活動に関連する内容を教科の授業に取り入れ、生徒に探究学習と教科学習の関連性に気付かせる“伏線回収”が大切です。」と説明した。

長崎県立松浦高等学校の舟越裕校長は自分の経験を踏まえて、一般的なイメージとは少し異なるリーダー像を示した。舟越校長がミドルリーダーだった頃、周囲を巻き込みながら生徒のためになると思ったことを推進したが、舟越校長が異動すると取り組みはトーンダウンしてしまった。その経験を踏まえ、管理職に就いた高校では、思い切って若手教員をミドルリーダーに指名した。
若手教員を支えながら取り組みを進めると、その教員も周りの教員も成長していくといった循環が生まれました。そうしたリーダーの形があってもよいと思います」と、舟越校長は語った。
すると、小村センター長は、「ほかのメンバーが主体的に動けるように支える、いわゆる『サーバント型』のリーダーシップにも通じそうですね」と、ミドルリーダーのあり方は様々にあることを示唆した。

教員の主体性を引き出す仕組みづくりを

チームづくりでは、いかに他の教員を巻き込むかも課題になりやすい。
酒井先生は、「自分を変えられても、他人を変えることは難しいですから、生徒に力を付けていくことに集中し、結果的に他の先生を巻き込めればよいという思いで取り組んでいます」と、自分の考えを述べた。

すると、梨子田先生は、「探究学習はクラスによる温度差がでがちです。たまたまある生徒が「プリントを配ってやれ」だけではなく「担任の先生の言葉でしっかり問いを出してほしい」と言ってきたので,それを学年会で伝えて担任の先生方の協力を引き出しました。生徒の声をうまく拾うことが大事だと思います」と答えた。

一方、舟越校長は管理職の立場から、教員の主体性を引き出す仕組みづくりの大切さを指摘した。
「校内で1年間かけて、探究学習を通じてどのような力を付けるのかをじっくりと議論しました。その効果は非常に大きかったです。さらに、ルーブリックの作成や年間計画の見直しなど、教員主体で話し合う場を作るように意識しています」と語った。

次のアクションにつなげる“フィードフォワード”の大切さ

続いて小村センター長は、探究学習の成果の示し方について登壇者に問いかけた。

酒井先生は、「生徒が自分から積極的に学校外に出て行くようになった」「学校の様々な活動に積極的に取り組むようになった」といった生徒の姿に何よりの成果を感じると述べた。
それに梨子田先生も同意し、「『物静かだった生徒がよく話すようになった』といった変化が、教員が実感する成果としては一番大きいですよね」と話した。
舟越校長は、ペーパーテストや大学入試への影響を通じて生徒の成長を実感できることも大きいとして、「探究学習に意識が向かない教員には、探究に取り組んだ生徒が学力を伸ばした、総合型選抜や学校推薦型選抜で志望校に合格にしたといった姿が最も響いていました」と語った。

ここで、小村センター長は「教育は、教員に評価されるものだという考えが根付き過ぎているのではないでしょうか」と問題提起をした。
「探究学習の結果は、評価者によって評価が全く異なることが少なくありません。目の前の人から評価を受けることがすべてではなく、環境が変われば評価も変わることに、生徒は探究学習を通じて気づけるのではないでしょうか」と意見を求めた。

その考えに梨子田先生は共感を示し、生徒の「自分軸」を認めることの大切さを指摘した。
「探究学習の評価は、一人ひとりの生徒の自分軸が承認される場にしたいと考えています。ルーブリックで評価したり、投票で優秀作品を選出したりすることも大切ですが、生徒が互いにコメントし合うなど、具体的な言葉でフィードバックする方が生徒の成長につながります」と自身の実践を語った。

酒井先生も同様の考えを示した。酒井先生は探究に取り組み始めた1年目の最後の授業で、隣のクラスでは涙を流す者がいるなど生徒がとてもよい表情をしていることに気付いた。
「そのクラスでは、生徒が車座になって発表して語り合い、最後に教員が簡単にコメントしていました。翌年、自分のクラスでその形式を取り入れると、生徒が驚くほどよい雰囲気になりました」と語った。また、探究学習の全国大会に出場するほど頑張っていて、教科学力も高かった生徒が、「探究は、5段階評定が付かないから頑張れる。自分のやりたいことを突き詰められるから面白い」と語ったことも、酒井先生の評価観に大きく影響しているという。

それらの議論を通じて、探究学習の評価は、次の学びのサイクルにつなげるためにあるという共通認識ができていった。
小村センター長は、「皆さんの意見を聞いて、フィードバックも大事ですが、先を見据えて次のアクションを生み出す『フィードフォワード』がより重要なのだろうと思いました」という見解を示した。

自分の「問い」と向き合う中で、教員も成長できる

小村センター長は、参加者から多くの質問が寄せられたトピック「どうすれば教員は探究学習を上手に支援できるようになるか」について、登壇者に問いかけた。

酒井先生は、「通常の授業と同じで、探究学習でも自分がよいと思える事例を試したり、ほかの先生と取り組みを共有したりする機会をいかに日常業務に組み込むかが大事だと思います」と答えた。

梨子田先生も、「探究学習では、生徒の考えを引き出すなど、ファシリテーターとしての力量を磨くことが大事でしょう。探究学習のしかけをいかに工夫しても、教科学習と連動していなければ探究学習は充実しないと考えています」という意見を示した。

小村センター長がファシリテーションの進め方を聞くと、梨子田先生は「担当の世界史でも、私はほとんど話さず、生徒が学びを作り上げる授業を展開しています。結局、教員が『何かをすること』より、『何もしないで待つこと』がより重要だと考えています」と答えた。

舟越校長は、教員が「問い」と向き合うことが大切だと語った。
「探究学習を通して、教員には『この生徒をどう支援するか』『ここからどう深めるか』といった様々な問いが生じます。それを周りの教員と議論をしたり、生徒とやり取りをしたりする中で、教員の力量は高まっていくのではないでしょうか」と述べた。

それに対して小村センター長は、「問いが生じるというのはよい表現ですね。答えが定まった問いではなく、様々な答えがありうるオープンな問いに向き合っていく教員の態度は大事だと思いました」とコメントした。

生徒が“問いの生産者”となり、問いを立てるスキルを磨く

ここまでの対話を踏まえ、参加者から「教科学習と探究学習の違いを改めて知りたい」という質問がチャットで寄せられた。

梨子田先生は、「これまでは一般的にコンテンツを習得するのが授業、資質・能力を育成するのが探究と位置付けられていたと思いますが、私は基本的にどちらも同じと捉えています。世界史の授業でも、生徒に大きな問いを投げかけて生徒同士が議論する中で、探究する力を育てたいと考えていますので」と答えた。

この意見を受け、小村センター長は、「生徒にとっての問いと教員にとっての問いは同じでしょうか。あるいは異なるものでしょうか」と問題提起した。

酒井先生は、「私の担当する数学では、授業で教えたい内容を疑問にしたものが教員のための問いであり、それは必ずしも生徒にとっての問いにはならないと感じます」と返答。

梨子田先生も同意を示し、「生徒にとっての問いを設定したつもりでも、結局教員の独りよがりで学びが深まらずに終わる授業もあります。生徒が当事者性を感じられると、生徒にとっての問いになっていくと思います」と述べた。

舟越校長は、「授業に受け身だった生徒は、地域の課題から問いを見いだせません。探究学習でいきなり問いを設定させるのではなく、問いを持つスキルを磨く必要があるでしょう」という考えを示した。すると、梨子田先生は、「生徒が問いを作り、『問いの生産者』を経験すると、次第に『これはよい問いだ』など、問いに敏感になります。探究学習でも『この問いはいまいちだな』といった発言も出てくるようになります」と、自分の実践を紹介した。

探究に多くを求め過ぎず、長い視点で育ちを支える

これまでの議論を踏まえて、小村センター長は「探究をチームで進めるために何が必要か」を改めて登壇者に尋ねた。

梨子田先生は、以前指導主事として各学校を視察した際、探究学習の定義が学校ごと・学級ごとに異なることに問題意識を抱いた。「何のために探究をするのか、ゴールをどこに設定するかなどを、学校全体で議論して共有することがチームづくりの出発点になるはずです」と提言した。

酒井先生は、「生徒に無理をさせ過ぎないことが大切」と強調した。「教員は教科では学力の個人差を許容するのに、探究では生徒に求め過ぎる傾向があると感じます。“must”として押し付けず、生徒の“will”を大切にすることが大事ではないでしょうか。ミドルリーダーがそうした実践を管理職と結び付けていくと、チームでの動きになっていくはずです」と述べた。

舟越校長は、「管理職をうまく使ってください」と話し、「校長の役割は地域に出て、地域のリソースをつかみ、それを校内と共有することです。外部の人が探究学習にかかわると、教員の異動後も学校文化として根付きやすくなると思います」と提言した。

最後に探究的な学びの充実に向けて一言ずつコメントを求めた。

梨子田先生は長いスパンで考えることの重要性を語った。
「探究学習は非認知能力を育成する活動であり、短期的な成果を求めるのは難しいでしょう。探究学習を通した社会とのかかわりが高校卒業後に生かされることを校内で共有し、長期的な視点で取り組むことが大事だと考えています」

舟越校長は、学校外に目を向けることの大切さを改めて強調した。
「教育に関するフォーラムなどに参加すると、教育系のスタートアップを始め、教育に貢献したいという若い人たちが大勢いることに驚きます。探究学習についてモヤモヤとしているなら、そうした外部の人たちに支援を求めるとよい結果につながりそうです」

酒井先生は、探究学習の可能性の大きさを改めて示した。
「先日、本校で卒業式が行われましたが。卒業生が探究学習を担当した教員を囲んで語り合っていました。単位数も少ない総合探究の時間に期待し過ぎてはいけないと思いつつ、探究学習には生徒や教員、そして学校を変えていく大きな可能性があるのだと、今日の議論を通じて改めて感じました」

最後に小村センター長は、探究学習では「知識」や「好き」から脱却する視点があってもよいのではないかと語った。
探究学習の構造は、『コンテンツ×アプローチ』『テーマ×メソッド』と捉えられます。多くの探究学習は、生徒がコンテンツやテーマを選ぶことから始まります。そこで生徒が好きなことに取り組めたらよいですが、好きなことが見つからないかもしれません。また、好きなことよりも、大人が評価するようなコンテンツやテーマを選ぶ生徒もいるでしょう。私たちが探究学習を評価するとき、生徒が何に取り組んでいるかというコンテンツやテーマに注目するからです。しかし、本来は生徒がどう取り組んでいるか、すなわちアプローチやメソッドやアプローチに目を向けるべきではないでしょうか。何を扱ったかよりも、どう取り組んだか、どう深く取り組んだかが探究の本質だからです。

生徒に好きなことがなければ教員から与えられた課題でもよく、むしろメソッドやアプローチを深める手応えを得られたかどうかが、探究学習では大事だと思います。そうした探究の構造について皆さんはどう思われるか、次の機会にぜひお聞かせください」と登壇者や視聴者に問いかけて、トークライブを締めくくった。

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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