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  • 【誌面連動】『VIEW next』教育委員会版 2023年度 Vol.1

地域・学校・町教委が一体となって「公設塾」を運営し、 地域の子どもを核とした「まちづくり」を支える
~北海道 中川町立中川中学校、なかがわ塾~

2023/04/03 09:30

北海道中川郡中川町では、中川町教育委員会、同町立中川中学校、地域ボランティアの3者が一体となって公設の「なかがわ塾」を運営し、中学生への学習支援を行っています。町内に学習塾のない同町において、なかがわ塾は子どもにとって欠かせない学びの場であるとともに、子どもを核としたまちづくりにもつながっています(本誌P.34に掲載)。
本記事では、なかがわ塾の様子と、地域ボランティア講師や中学校教員、塾に通う中学生の声をご紹介します。

 

▼本誌記事はこちらをご覧ください(↓)

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中川町立中川中学校 概要

開校:1947(昭和22)年/学級数:5学級(うち特別支援学級2)/生徒数:25人/教員数:13人

なかがわ塾 概要

開設:2011(平成23)年/塾生数:21人/講師数:9人

お話を伺った先生

中川町立中川中学校 教頭
大塚竜志(おおつか・りゅうじ)先生

同校に赴任して3年目。

中川町立中川中学校 数学科担当
山平恭之(やまひら・やすゆき)先生

同校に赴任して3年目。

なかがわ塾 事務局長・講師
亀井依子(かめい・よりこ)先生

なかがわ塾講師12年目。

1.地域全体で子どもを育てる機運が高まり、
  無償の「公設塾」を開設

北海道の北部に位置する中川町は、恐竜の化石の発掘地として有名で、冬は寒さの厳しい豪雪地帯としても知られる。人口流出が進む中、地域全体で子どもを育てようという機運が高まり、町で唯一の中学校である同町立中川中学校では、放課後に地域ボランティアの講師が中学生への学習支援を行う、公設の「なかがわ塾」(以下、同塾)を開設している。

同塾の前身は、20年前に3人の地域住民が中心となり、寺の本堂を使って中学生に勉強を教えた「寺子屋」だ。その発起人の1人である、同塾の亀井依子先生は、当時の状況をこう振り返る。

町内に学習塾がないこともあり、学力を十分に伸ばしきれずに、札幌や旭川にある難易度の高い高校への進学を諦める子どもが少なくありませんでした。そこで、主に受験指導を行う目的で、中学3年生を対象に”寺子屋”を始めました。ところが、寺子屋に通ってくる子どもの中には、アルファベットが十分に書けないなど、基礎学力に不安を抱えるケースもあったため、一人ひとりに合わせた学習支援や学習習慣を身につけさせる指導にも力を入れるようになりました

寺子屋は次第に地域に定着し、中学校と寺子屋での学習を通して学力を高め、難関高校に進学する子どもが増えていった。「中川町には、子どもの学力を支える寺子屋がある」といった評判が周辺地域にも広まるほどだったという。

一方、2011年には、町内に1校だけあった高校の廃校が決まり、卒業生の多くは町外に下宿をして高校に通うことが見込まれた。一人暮らしで高校生活を続けるには、学習習慣の定着がますます重要となることから、同年、中川町教育委員会(以下、町教委)の提案により、地域・学校・町教委が一体となって「なかがわ塾運営委員会」を設立。これまで教材費として月額1,000円を徴収していた寺子屋を、無償の公設塾として中学校内で運営することにした(表1)。

▲表1:なかがわ塾の概要(2022年度)

2.塾講師と中学校教員の連携を深めるため、
  塾は中学校内の教室で開講

公設塾となってからは、中学1・2年生も受け入れて、3年間にわたって学習支援を行っている。「1・2年生の間に基礎学力をしっかり定着させて、3年生から志望校合格に向けた指導を行うという方針としました」と、亀井先生は説明する。

同塾の開講場所は、中川中学校内とすることにこだわった。子どもや保護者に、塾への移動(送迎)の負担がないという利便性に加え、塾の講師と中学校の教員が連携しやすいということが大きな理由だ。同校の大塚竜志教頭は、「教員はできる限り塾の様子を見に行き、講師と情報交換をして連携に努めています」と説明する。そうした連携は、塾と学校双方での学習支援の充実につながっている。

中学校の先生が授業の進度や試験範囲、子どもの課題などを話してくれることで、子ども一人ひとりの状況や課題に応じたプリントを作成するなど、効果的に個別の学習支援ができるようになりました」(亀井先生)

地域ボランティアで構成される講師の中には、元教員や元予備校講師もいるため、若手教員が同塾での指導の様子を垣間見ることで、自身の指導力向上につなげる期待もあるという。
2022年度は、全校生徒25人中21人が入塾。子ども2~3人に講師1人の割合で個別指導を行っている。講師は、一人ひとりの子どもに寄り添い、基礎学力を育む支援に加え、学習の習慣化や自主学習の取り組み方など、子どもが学び続けるために必要な力を育てることも大切にしている(写真1)。

▲写真1:講師は、子どもが「分かった!」と理解が深まるまで、根気強く個別指導を行う。

教材には、講師が作成したプリントや市販の問題集を使用し、子どもの習熟度に応じて、基礎から応用までの問題演習に取り組ませている。

講師の負担も考慮して、開講教科は数学と英語を基本としていますが、3年生の後期には5教科に広げて、高校入試の過去問題にも取り組ませています」(亀井先生)

3.塾に通ううちに学習に対する姿勢が変わり、
  進路が開けた子どもも

同塾に通う中学生は、部活動が終わると、そのまま学校で弁当を食べて休憩し、午後6時30分から同塾での学習に入る。中学生からは、
「授業で分からなかったことを、その日のうちに質問して理解できるのがよい」
「授業以外でも勉強をする必要があることが分かって、家でも勉強するようになった」
「友だちと教え合えるので、勉強が楽しくなった」
といった声が上がっている。大塚教頭は、同塾での学習による子どもの変化を次のように話す。

本校は生徒数が少なく、競争意識が働きづらいためか、中学校入学時には学習に対してのんびりと構える子どもが多いと感じていました。それが、なかがわ塾に通ううちに、学習に対して前向きな意識を持つ子どもが増えていきました

同校の数学科担当の山平恭之先生も、同塾の支援が子どもにもたらす効果を実感している。

授業では一人ひとりに合わせた指導がなかなか難しいこともあり、個別に支援をしてくれる、なかがわ塾の存在はとてもありがたいです。特に、授業の振り返りに重点を置いた指導をしてくれるので、定期考査の後に、『この問題は塾でやったからできた』と子どもから聞くこともよくあります

同塾をきっかけとして学習に対する姿勢が大きく変わり、進路が開けていった子どももいる。ある卒業生は、中学1年生の頃、勉強に真面目に取り組まず、度々「塾を辞めたい」と口にしていた。亀井先生は、「塾に来たくないのなら、来なくてもいいんだよ。でも、勉強をする必要があると思うなら、ここに来て、みんなと一緒にやった方が楽しく学べるんじゃないかな」などと働きかけを続けた。
すると、その子は次第に真剣に学ぶようになり、塾にも休まず来るようになっていった。そして、当初は学力的には難しいと思われた高校に合格し、今では大学進学に向けて意欲的に学習しているという。

その子は、心のどこかに『勉強を頑張りたい』という気持ちがあったのでしょう。ただ、家庭の事情で自分の居場所を見つけられないといった状況もあり、なかなか前向きになれなかったのだと思います。それが、なかがわ塾に居場所を見つけられたことで、元々持っていた意欲を十分に発揮できるようになったのではないでしょうか」(亀井先生)

4.多様な経験・知識を持つ講師が、
  子どもたちの個々の課題に対応

講師には、現在9人の地域ボランティアが登録している。同塾の立ち上げに尽力した前教育長のほか、町役場の職員、教員志望だった会社員、元予備校講師などの多様な人材が、それぞれの経験や知識を生かして子どもを支援している(写真2)。

▲写真2:1クラス内に、多様な経験・知識を持ち、接し方や教え方が異なる複数の講師がいるからこそ、子ども一人ひとりの課題にも対応しやすい。

子どもたちが抱える課題は、『やる気が出ない』『小学生気分が抜けない』『小学校の学習内容の取りこぼしが多い』など、様々です。そうした子ども一人ひとりの意欲を引き出して成長を支えていくことは簡単ではなく、講師同士がそれぞれの接し方や声かけを参考にして補い合っています。私自身も、ほかの講師がどのように教えているか、常に様子を見ながら参考にしています」(亀井先生)

多様な大人とのかかわりも、同塾で得られる大きな学びの1つだ。以前、同町に短期移住をしていたボランティア講師は、世界各地を巡った自身の経験を、自分で撮影した写真とともにリアルに伝える特別授業を行った。すると、子どもたちは見知らぬ世界の話に目を輝かせて聴き入っていたという。

本町は狭い地域なので、人間関係が固定化しやすく、外部の人との接点も限られます。普段は接することのない人から話を聞くことで興味・関心が広がり、それが学習意欲に結びつくこともあるでしょう。そうした意味で、なかがわ塾はキャリア教育にもつながっていると感じます」(大塚教頭)

講師の公募は、基本的には行っていない。中学校内に開設していることもあり、町民同士のつながりから適任者に声をかけて集めている。同塾は子ども一人ひとりの学力を支える基盤であるだけでなく、子どもを核とした「まちづくり」の取り組みとしても位置づけられており、講師は「地域の子どもたちを支える」という思いを共有している。

5.子どもの成長とともに、地域が元気になる
  という実感が、取り組みの継続を支える

とは言え、講師は毎回の指導に加えて、個別の課題に応じたプリントを作成したり、個別に相談に乗ったりしており、それらの負担は決して小さくない。交通費は支給されるものの、謝礼もない中で、どのような思いに支えられて、講師を続けているのか。

寺子屋時代を含めて20年近く子どもを支援している講師は、小学校の学習支援員も務めているため、「小学1年生の頃から知っている子どもたちが中学校に入学し、さらに成長していく姿を間近に見られることが一番のやりがいです」と語る。
亀井先生も、「最初はあまり意欲的でなかった子が一生懸命に学ぶようになったり、楽しそうに勉強をしたりする姿を見ると、本当に続けていてよかったと思います。卒業生が遊びに来て指導を手伝ってくれたり、町で子どもたちから声をかけられたりすることも、とてもうれしいですね」と、やりがいを語る。

地域の子どもは地域全体で育て、子どもの成長とともに地域も元気になっていく喜びを分かち合いたい―そうした思いが、教委・学校・地域が一体となって取り組みを続ける原動力となっている。

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