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【誌面連動】ウェブで詳しく!未来を描く! 創る! イノベーティブな生徒たち
奈良県・大和高田市立高田商業高校
「まち部。」の取り組みを支える教師たち

2022/10/20 09:30

『VIEW next』高校版2022年8月号の「未来を描く! 創る! イノベーティブな生徒たち」では、生徒が町の様々な課題に、企業や団体と協働して取り組む、奈良県・大和高田市立高田商業高校の「まち部。」を紹介した。本記事では、生徒の活動を支援する教師たちが、地域との連携をどのように進めているのか、また、生徒たちの活動上のリスクをどのような考え方に基づいて管理しているのか、紹介する。

 

2022年8月号の記事はこちらから

 

学校概要

◎設立 1954(昭和29)年

◎形態 全日制/商業科/共学

◎生徒数 1学年約200人

◎2021年度進路実績(現役のみ) 国公立大は、金沢大、長崎大、横浜市立大、大阪公立大などに37人が合格。私立大は、中央大、明治大、同志社大、関西学院大などに延べ141人が合格。短大・専門学校進学38人。就職29人。

お話を伺った先生

校長
山下善啓(やました・よしひろ)

教職歴36年・同校に赴任して37年目。

進路指導部
大島利隆(おおしま・としたか)

教職歴21年・同校に赴任して22年目。

文化厚生部・人権教育部
森口遥南(もりぐち・はるな)

教職歴3年・同校に赴任して4年目。

高校生の成長につながるような町の課題を歓迎

魅力的な地域資源を掘り起こして発信したり、地域資源を活用した特産品の開発をしたりするなど、生徒が町の様々な課題に取り組む奈良県・大和高田市立高田商業高校の「まち部。」。これまで、奈良県内の特産物を使った新商品の開発や、SNSを活用した地元店舗の活性化、地域の人たちが音楽やダンスなど自分の好きなことを披露して交流するタウンミーティングや地元のお祭への参加など、様々な企画に取り組んできた。

中でも、新入生の歓迎行事として上級生が新入生に振る舞う「すき焼き」をレトルト化して全国に販売し、さらにそのレトルトすき焼きの知名度を上げようと、大手コンビニエンスストアの本部に企画を持ち込み、高校生とのコラボレーション企画として、「牛すき焼きおにぎり」の共同開発を成功させたことはメディアにも取り上げられ、「まち部。」が広く知られるきっかけとなった。

様々な企業、団体からのプロジェクト協力の依頼が増え、2022年度は10件を超えるプロジェクトを抱えている。だが、学校に持ち込まれるプロジェクトはすべて引き受けているわけではない。「まち部。」として受け入れるのは、適度な困難さがあり、短期間では終わりそうにないものにしていると、「まち部。」の主担当の大島利隆先生は話す。

「例えば、『高校生らしい発想で新しいキャンディーの味を提案してください』といった企画は、あまり積極的には引き受けません。企業側に、『高校生が企画』と銘打てば商品が売れるかもしれないという期待があるのは理解できますが、単に思いついたアイデアを企業に伝えるだけでは、生徒にとってはあまり学びにはならないでしょう。頭を悩ませ、いろいろな障壁をクリアしなければならないもので、かつ、高校生が『面白そう』と思えるものを選んで引き受けています」

「まち部。」は、ほかの部活動のように固定の部員が定期的に活動するわけではなく、プロジェクト単位での活動をベースにしている。そのため、プロジェクトごとに参加する生徒は異なり、参加人数が100人超の大プロジェクトもあれば、数人でスタートする小規模なプロジェクトもある。

「参加人数には違いがありますが、どのプロジェクトでも生徒は、『まち部。』の活動が、自分の将来の役に立つことを期待して参加しています。確かに、町の課題に取り組むことで、誰かを今よりも幸せにし、さらに、それが自分の進路選択にもつながれば、生徒にとってこの上ないことでしょう。ただ、生徒には、『結果が出ればなおよいくらいに考え、あまり気負わず、遊びを楽しむような気持ちで経験を積んでいこう』と話しています。だから、『社会問題を解決するためには、PDCAサイクルを意識した取り組みが必要で……』といった難しい話もしません。そんなことを話し始めると、勉強になってしまいます。遊びのように楽しく取り組む中で、『もっとよくするためには、次はどうすればいい?』『要点をまとめたら分かりやすくない?』などと生徒に声をかけ、生徒が取り組みを振り返った時に、『PDCAサイクルって、こういうものなんだな』と、分かってくれればよいと思っています」(大島先生)

小さなトラブルはつきもの。失敗から学んでほしい

様々な企業や団体と町の課題に取り組む過程では、当然、生徒が校外で多様な社会人とともに活動する機会は多くなる。また、物品の販売などでは、金銭を取り扱ったり、一般の消費者と接触したりすることもある。そのすべての場面に教師が立ち会うことは現実的には不可能であり、「まち部。」の活動が実社会に即したものであるほど、高校の教育活動の中では本来発生しないリスクが生じる。山下善啓校長は、「もちろん、リスクはゼロではない。しかし、リスクだけを考えると何もできなくなる」と語る。

「生徒が校外に出て、様々な社会人とともに活動するわけですから、リスクはもちろん発生します。移動時の安全、物品販売でのクレームなどに対する危機管理は徹底し、保護者にもしっかりと説明して、理解を得ていますが、リスクをゼロにすることはできません。それでも私は、『まち部。』の活動は続ける価値があるものだと考えています。私たちは、まじめで、言われたことに着実に取り組む本校の生徒に、誰かの指示がなくても自分たちの判断で行動できる力を育みたいと思い、『まち部。』をスタートさせました。ケガなどはあってはなりませんが、それ以外のこと、例えば、企業の担当者やそのお客様からお叱りを受けるようなことがあった場合は、私たち教師が誠意を持って説明と謝罪をするようにしています。生徒には、失敗する中で学ぶ経験が必要なのです」

実際に「まち部。」は、小さなトラブルによく直面する。最近では、大量の農作物の販売を担うグループのメンバーが、学校行事の関係で、販売開始の予定時間に集まることができず、教師たちをやきもきさせた。

「販売時間が短くなって、想定以上に売れ残ったら、その商品の保管場所はどうするのか、そもそも翌日まで保存できるのかなどと、とても心配しました。学校行事があるのは事前に分かっていたわけですから、そのことも念頭に販売計画を立てるべきだったのです」(大島先生)

だが、そうしたトラブルが発生した時、同校の教師たちが生徒を叱責することはないという。直面したトラブルについて生徒に説明し、どうすればトラブルを回避できたかを考えさせ、「次は時間に余裕を持ってスケジュールを立てたい」などと、生徒から改善策を引き出すだけだ。

「もちろん、私たちが先回りをして、トラブルを回避することもあります。その時も、『こうした方がいいと思ったから、先生がやっておいたよ』などと、あくまでも同じプロジェクトにかかわる仲間として生徒に報告するだけで、校外の方に迷惑をおかけしたわけではなければ、叱るようなことはしません。叱ってしまうと、叱られないようにするにはどうすればよいかを考え始め、遊びを楽しむ気持ちがなくなってしまうからです」(大島先生)

生徒の熱量の高め方を考えるのが教師の役割

「まち部。」の各プロジェクトには、その内容に興味を持った生徒が、自らの意志で集まっている。しかし、すべての生徒たちが、最初から高い熱量を持って活動に没頭するわけではない。森口遥南先生は、「『まち部。』にかかわるようになった当初は、教師は生徒をぐいぐい引っ張ればよいのか、見守ればよいのか、悩むことが多かった」と語る。

「レトルトすき焼きのパッケージデザインのリニューアルの時も、SNSを活用した地元青果店の広報活動の時も、プロジェクトで初めて顔を合わせる生徒同士なので、最初は会議でなかなか発言をしませんでした。いずれのプロジェクトも時間に限りがある活動でしたから、私が話し合いを取り仕切って進めた方がよいのではないかと考えたこともありました」

だが、森口先生は、会議にはきちんと集まるものの、ほとんどしゃべらないまま解散する生徒たちの様子を見るうちに、個々の熱量が低いのではなく、互いの関係性ができていないことが問題なのではないかと考えるようになった。そこで、改まった会議ではなく、昼休みのちょっとした時間に集まり、雑談のように互いの考えを話す機会を多く設けるようにした。すると、生徒たちは、次第に遠慮せずに自分の意見を言うようになっていった。

「それでも、チームと言える状態になるまでには、3か月くらいかかりました。しかし、その後は一気に活動が進みました。その経験から私は、『まち部。』の活動では、教師には、生徒を引っ張るのではなく、生徒が活動しやすいような環境を整備することが求められているのだと理解しました」(森口先生)

半年、1年と続くプロジェクトの途中、学校行事や部活動への情熱が勝り、プロジェクトのことが後回しになってしまう生徒もいる。

「『あの生徒が動かないと皆の活動が停滞してしまう』などと、ハラハラすることはよくあります。このままではまずいなと思った時は、『今の進行のペースで大丈夫?』などと声をかけることはありますが、『こんなことでは駄目でしょ!』と怒ることはありません。そもそも、生徒は授業、部活動、行事、そして資格試験といった忙しい中で、何とか時間を見つけて『まち部。』に参加しています。私は、そんな生徒たちの状況と、それでも『まち部。』に参加しようとする気持ちを酌んで生徒に必要な助言をする存在でありたいと思っています。唯一叱るのは、校外の方に失礼があった時だけです」(森口先生)

「正直、心の中では、『自分で参加を決めたプロジェクトなんだから、最後までちゃんとしようよ』と思うこともあります。しかし、授業でも部活動でもない自由な活動で『ちゃんとしなさい』と言うのは、違う気がするのです。だから、注意喚起はしますが、叱りません。『まち部。』は、授業である『総合的な探究の時間』における地域連携とも、大学などが企業と協働して行っているPBL講座とも違います。成績はつかないけれども、興味を持った生徒が集まって主体的に取り組む、ちょっと不思議な、でも生徒にとって楽しい時間であってほしいと思っています」(大島先生)

プロジェクトのゴールは「完成」ではない

「まち部。」の各プロジェクトの目標は、企業や団体から持ち込まれた課題を完遂することだ。

「『総合的な探究の時間』であれば、年度末までに成果をまとめ、それをポスターセッションなどで発表すれば活動は終了するというケースも多いと思います。しかし、『まち部。』は、あくまでも課題を完遂することがゴールですから、年度末が来たからと言って活動が終わるわけではありません。成果が上がっていなければ、2年目のメンバーに引き継ぐケースもありますし、その際は、企業の方に、『1年ではここまでしかできませんでした。来年も携わらせていただけますか』と、生徒が説明に行くことになります」(大島先生)

生徒たちが一生懸命、市場調査をし、企画を練り上げ、提案しても、企業から、「高校生に期待していたものとは違う」と一蹴されることもある。

「企業側は、高校生らしい斬新さやユニークさを過度に期待することがあります。一方、生徒はプロジェクトにのめり込むほど、うわべの奇抜さに走ることなどせず、根拠に基づいた提案をしようとします。そのような時に、企業とミスマッチが起きてしまうことがあります」(森口先生)

企業からの「期待していたものとは違う」という言葉は、生徒ではなく、まずは教師に投げかけられることがほとんどだ。

「ある企業から届いたメールを見て、『先方が納得していないようだから、粘り強く説明する必要があるね』と、生徒に伝えたところ、生徒は企業に対して、自分たちがなぜそのような企画を立案するに至ったのかを丁寧に説明しました。すると、その企業は生徒の考えを理解し、企画を受け入れてくれました。生徒たちの本気の思いと丁寧な説明によって、『高校生が手伝った』といった表面的なかかわりではなく、『高校生と共同開発した』という本質的なかかわりが実現できたのです」(森口先生)

過去には、課題を完遂することができなかったプロジェクトもあった。

「高校生をメインターゲットにした新しい市場の開拓を期待されて、ある製品の開発に取り組んだことがありました。しかし、1年かけても、先方が納得してくれる製品を開発することはできませんでした。ただ、熱心にプロジェクトに取り組む生徒の様子を見たその企業は、プロジェクトに参加した生徒の1人を社員として採用してくれましたし、さらに別の企業に、『高田商業高校の「まち部。」は面白い』と紹介してくれたことがきっかけとなり、新しいプロジェクトがスタートしました。そうした事例からも分かるように、プロジェクトを完遂することができなくても、それは失敗ではありませんし、終わりというわけでもないのです」(大島先生)

「まち部。」には、今も企業や団体からの依頼が絶えない。そして生徒たちも、1人、また1人と、プロジェクトに参加している。それは、課題に粘り強く取り組もうとする「まち部。」の姿勢に皆が共感しているからではないかと、同校の教師は考える。

「そもそも、町の課題に、簡単に完遂できるものなどはありません。ただ、高校生にできることも必ずあるはずですから、楽しみながら取り組めばよいと思っています。『まち部。』は高校生の集まりであり、決してプロ集団ではないという自覚があるからこそ、企業の人たちにも、そして生徒たちにも、受け入れられているのではないでしょうか」(大島先生)

「高校生だから、思いつきでも、ユニークなアイデアさえ出せばよい、などと大人が高校生の力を低く見積もってしまうようなことは、『まち部。』ではしたくありません。難しいプロジェクトで、停滞したり、失敗したりすることを通じて、生徒には多くのことを学んでほしいですし、私たち教師も、決して目先の成果を急いで焦らぬよう、プロジェクトを持ち込んでくださった企業や団体の方々とともに、生徒の取り組みを根気強く見守っていきたいと思います」(山下校長)

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