前回は、探究学習の本質を改めて考え、今日の日本の教育、中でも探究学習に関する課題やこれからの方向性についてお話ししました。今回は、特に高校教育における「総合的な探究の時間」の評価の考え方や、探究学習とキャリア教育、進路指導との関係性についてお話しします。

評価の神髄は、生徒が自分のことを「自分の言葉」で語れるようになること

私が主宰する「こたえのない学校」では、探究学習のプログラムを企画・開発・実施したり、参加者が理論と実践の両輪を回しながら、協働して探究学習に取り組む、教育関係者向けのプログラムを提供したりしています。様々な活動を通して高校の先生方と対話をしてきましたが、「探究学習は評価が難しい」といった声をよく耳にしました。私が考える目指すべき評価は、「被評価者が、自分のことを自分の言葉で語れる状態になること」、つまり生徒が自己評価ができるようになることです。

「自分のことを自分の言葉で語れる状態」になるためには、生徒が自分のことを自分の言葉で伝える機会をたくさん持つことが必要です。その時に気をつけておきたいのが、生徒たちの「声」がすべてクラスの全員に届き、価値あるものとして認められるようにすることです。そのことによって生徒は、自分がかけがえのない存在だと信じられるようになるとともに、自分の強みを見いだし、育てていく方法に気づきます。良質なプロジェクト型学習の実践で著名なアメリカのチャータースクール「ハイ・テック・ハイ」では、プロジェクトの立ち上げ初期に、生徒たちに自分の強みやスキル、そして「好きなこと」を発言させ、「やりたいこと」が実践できるよう、例えば次のような配慮をしています。

「複雑な状況の中で突破口を探し出すことが好きだ」「多くの情報を整理することが得意だ」「私は違う意見を持った人たちに耳を傾け、議論を平和的に解決することができる」といった自分の強みを表明する機会をつくり、自分が成長することができる場面を伝えるための「言葉」を持てるよう、支援していきます。その上で教師は、プロジェクトがスタートしたら、生徒たちが取り組みを「意味のあるもの」と実感できているか、を以下のような観点で問いかけます。
・私たちが今やっていることはなぜ重要なのか。
・私たちはこの活動のどのようなところに価値があると感じているのか。
・私たちはなぜこの活動に価値があると感じているのか。
・この活動をすることでどんな変化が生じるのか。
その確認作業は、教師にとっては心理的につらいものかもしれません。自分が指導している「探究の時間」が「意味がない」と突き返されることがあるかもしれないからです。しかし、生徒と教師がプロジェクトとして取り組む意味を再確認することで生徒たちはプロジェクトが「意味のあるもの」「自分自身に寄与するもの」と捉えるようになり、より真剣になります。学ぶ意味を自ら捉えると、成績は自然に伸びていくと、「ハイ・テック・ハイ」は考えています。

PBL(プロジェクト型学習)を進めることで有名なサンディエゴの公立高校「ハイ・テック・ハイ」の授業の様子

教師による評価から、生徒の自己評価・ピア評価へ

近年、評価する主体を教師から生徒に権限委譲していくことの重要性が世界的に指摘されています。とは言え、生徒主体の評価はすぐにできるものではありません。私たちは、自分自身のことをなかなか自分自身で理解できないものです。社会と接し、相互作用する中で、次第に「自分」という存在が分かってくるものです。

主体的な学びにおける評価で大事なのは、学びのスタートがどこにあり、どのようなプロセスを経て、どこに到達したのかを確認することです。従来型のペーパーテストでは、到達目標としての得点が示され、何点を取ったかで評価してきました。しかし「探究学習」や「プロジェクト型学習」は、個人プロジェクトにせよ、協働プロジェクトにせよ、ゴールがあらかじめ決まっているわけではありません。多様な「ゴール」が存在する中、一体何をどのように評価すればよいのでしょうか。

「探究学習」の評価において重要なのは、「あなたは今どこの段階にいて」「どこへ向かおうとしており」「そのためには何をするべきか」を教師が見極めることです。教師は生徒のスタート地点が分からなければ、どの段階に到達したのかが分からないですし、どのような観点で評価するのかが決まっていなければ、何をもって成長したと捉えたらよいのかも分からないからです。ペーパーテストと、探究学習やプロジェクト型学習の評価方法は大きく違うことを教師が理解しておく必要があるでしょう。

その上で、「フィードバック」の重要性をお伝えしたいと思います。教育心理学者のベンジャミン・ブルームは、ある対象を習熟する過程において、「生徒は何を学ぶと期待されていたのか」「それまでに何を学んだのか」「これから何を学べばよいか」を正確に特定するための「フィードバック」の有効性について指摘しています。生徒が自分の学びを理解するために、「現在地」と「目的地」を把握し、「目的地」へ行くための手段を自ら見いだせるための援助になるものでなければなりません。

しかし、何十人もの生徒がいるクラスで、様々なプロジェクトが進行している時に、教師がそのすべてを把握し、細やかなフィードバックをすることは現実的ではないでしょう。その時に、生徒同士でフィードバックし合うなど、評価の主体を生徒に権限委譲していくことが必要になっていきます。例えば、「ハイ・テック・ハイ」で実践されている「プロジェクト・チューニング」という手法は、8チームが教室に存在している場合、2チームが1組になって各プロジェクトの進捗状況を発表し、互いのプロジェクトについてアドバイスをし合うというものです。

仮にAチームが動物保護のプロジェクトをしていて、Bチームが町の貧困問題を扱うプロジェクトをしていたとします。AチームはBチームのプロジェクト進行上の課題を聞き、フィードバックします。次にBチームがAチームの進捗を聞き、何か問題があればアドバイスします。そうすることで、それぞれのチームは、「今はどの段階にいて、次の段階に向けてこれを取り組もう」と考えることができます。その手法は、私たちの教育者研修のプロジェクトにも取り入れていて、非常に有意義なアドバイスやコメントが参加者から出てきます。ぜひ活用してみてください。

なお、「ハイ・テック・ハイ」では、他のチームからアドバイスをもらって今の段階を知り、次の段階に向けて取り組むこのプロセスを「批評」と呼び、教師は生徒たちが他者に対して具体的に、優しく、助けになるアドバイスができるよう、支援します。他者が真剣に取り組んでいる事柄に対し、より深く理解し、的確に批評をするプロセスを通して、生徒に思いやりの心が育まれるとともに、多角的多面的に物事を捉え、より詳細に事象を分析し、物事を批判的に見る力も養われていきます。また、そのプロジェクトの「意味」も言葉として捉えられるようになっていきます。そうしたケアに支えられたプロセスによって、様々なバックグラウンドと資質・能力を持った多様な生徒たちがそれぞれ支え合っていきます。

「平等と公正」のイメージ図

出典:『「探究」する学びをつくる』(著:藤原さと)

イギリスの思想家であるケン・ロビンソンは、「人の才能は天然資源と同じで、探さないと見つからないし、表層に転がっているものでもなく、才能が現れる状況をつくり出すことが教育の役割であり、それぞれの個性に合わせた教育が必要だ」といったことを述べました。また彼は、「人は『自分の才能と情熱が出合う場所』を見つけることが大切だ」といった考えを持っていました。

学校では、部屋に1人でいては決して出会えない友人や社会の人たちと触れ合い、それまで興味がなかった物事と向き合うことによって、世界を見る視野を広げることができます。特に高校生の年代は「好きなもの」がまだまだ流動的です。選り好みせず、様々なものに触れ、時には失敗し、不快な感情などにも翻弄されながら、「自分」というものに出会っていく時期ではないでしょうか。
「総合的な探究の時間」を通して高校生が自分のことを「自分の言葉」で語れるようになり、高校時代の学びがより意味のあるものになることを心から願ってやみません。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

 

藤原さと(ふじわら・さと)

一般社団法人「こたえのない学校」代表

詳しいプロフィールはこちら