幅広い領域で精力的に取材や執筆活動をされている、編集者・ライターの太田美由紀さんによる連載コラム「子どもと教員がいきいきと動きはじめる学校」です。
第5回は、学校取材をもとに「その子に合う学び方」について考えていきます。
※筆者プロフィールは末尾リンクから

子どもの困りごとを調整するための工夫

本連載の第4回「自分らしさ・好き」を伸ばすにも関係することですが、今回は「その子に合う学び方」についてさまざまな学校を取材してきた中で気づいたことをお伝えします。

学校教育の現場では、一人一台端末の配備以降、「個別最適化」を進めようと試行錯誤を重ねています。個別最適化がスムーズに進んでいる学校では、学習の進度やそのスピード、調べ方や学び方だけでなく、その子が困っていることをどのように工夫して調整するかも重視されていました。

困りごとの調整について考えるとき、学校での勉強だけでなく、すでに誰もが日常生活で行っている工夫を思い浮かべるとわかりやすいと思います。よく例に出されるのはメガネです。近くにピントが合わない、遠くがクリアに見えないなどの場合、安全に快適に生活するために、私たちはメガネを使います。私はここ数年老眼が進んできたので、メガネをかけたり外したりしながら、自分が過ごしやすいように調整しています。

また、私は人の名前を覚えるのが苦手です。何度聞いてもなかなか覚えられないのですが、イメージと紐づけるとすぐに覚えられます。営業の仕事をしている方などは、印象に残る自己紹介をしてくださることが多くありがたいものです。また、「名前を覚えるのが苦手で」と最初に伝えておくと、皆さん、親切に何度もお名前を教えてくださり、それがコミュニケーションの潤滑油になることもあります(これは場により注意が必要ですが)。

メガネやスマホをどこに置いたか忘れてしまうことも増えてきました。最近、息子がメガネ立てをプレゼントしてくれたので、探すことはずいぶん減りました(今でも、そこにないときは探していますが)。

このような工夫は、学校でも同じです。その子が困っていることが見えてきたら、その子だけに努力を強いるのではなく、「どうすれば困らなくなるかな?」「何かできることはないかな?」と一緒に考えてみると、いろいろな手立てが見えてきます。その子に合う道具を使ったり、環境を調整したりすることで、落ち着いて集中して学べるようになることが多いのです。それは、その子にとって大きな助けになり、学びの活性化にもつながります。
 

特別支援学級にはさまざまなヒントがある

皆さんの学校では、通常の学級と特別支援学級はどのような関係でしょうか。私が新書『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』で取材をさせていただいた二つの公立小学校では、特別支援学級の子どもたちへの調整(いわゆる合理的配慮)に使用する道具や教具などを通常の学級でも取り入れていました。また、通常の学級の担任の先生が、クラスの子どもの困りごとを特別支援学級の先生に相談することも多くありました。

特別支援学級では、椅子ひとつにもさまざまな工夫があります。姿勢を保持する椅子のほうが落ち着く子には体をしっかりと支える椅子、何か刺激があったほうが落ち着く子には底面が安定しないグラグラする椅子やボール型の弾む椅子を。人の目が気になる子には周りから見えないようにするパーテーションを立てて視線をさえぎることもあります。
 

狛江市立狛江第三小学校の特別支援学級にはさまざまなタイプの椅子があり、子どもがどれを使うかを決めることができる。(写真/太田美由紀)

 
文章を読むことが難しい場合には、リーディングトラッカーという読書補助具を使用すると、読みたい行に視点を集中することができます。板書が難しい場合には、タブレットで撮影すれば記録も簡単ですし、筆圧が弱い、手の動かし方など細かい調整が難しいなど鉛筆で書くことが苦手でも、タイピングならスラスラとできるという子もいます。さまざまな音が気になってしまう子にはイヤーマフなどを使い、聴覚を調整することもあります。

通常の学級でも、これまで長時間座っていることが難しかった子が、椅子の前の脚にゴムバンドを通し、足でその弾力を感じることで感覚が調整されて落ち着いて学べるようになる、文章を読むことが苦手だった子が、リーディングトラッカーを使うことで集中して長文を読めるようになるなども珍しいことではありません。
 

リーディングトラッカー(定規のような形状)とイヤーマフ(ヘッドホンの形状)。狛江市立狛江第三小学校では、特別支援のさまざまな教材を通常の学級でも活用できる。(写真/太田美由紀)

 
取材した学校では、授業中に学びに向かうことが難しい子どもは、学びに対する興味や関心は本来持っているのに、「何かに困っているのかもしれない」という視点を先生が持ち、その子にとって少しでも学びやすい方法を一緒に探し、環境を調整していました。通常の学級の担任の先生ではわからないことも、特別支援学級の先生に相談すると簡単な工夫で子どもの環境を調整できることが多くあります。
 

あの子だけ「特別」「ずるい」を再考する

数年前までは、スマホやタブレットを教室に持ち込むことは「特別」であり「ずるい」と言われていました。しかし、今では一人一台端末が導入され、それぞれが使いこなせるようになり、それが日常の光景になりました。ノートの取り方や調べ方も端末で自分がわかりやすいようにまとめる、ノートに書くなど、バリエーションが広がり、自分に合う方法を選べる環境へと変わってきています。

「聞く」「読む・見る」「話す」「書く」など、機能的な困りごとは道具で補う。それは冒頭にお伝えした「メガネ」とは違うのでしょうか。怪我をしたときに松葉杖をついている人や、歩くことができない人が車椅子を使うことは「ずるい」のでしょうか。子どもたちから「特別」や「ずるい」という声が出るとしたら、なぜそう思うのかを学級で話し合う必要があるでしょう。本当は、一人ひとりが違うのが当然です。前提として、誰でも、自分にとって学びに必要な道具を使える、選べるという考えも必要なのかもしれません。

取材した学校では、先生たちが研修や職員会議などを通してそのような話し合いを何度も重ねている学校がありました。これまでの当たり前を疑い、「きまりだから」という言葉で逃げることなく、「なぜダメなのか」「なぜ必要なのか」を徹底的に話し合っていました。その背景には、このままではもう授業が立ち行かないという厳しい状況もありました。

そして、話し合いの結果、授業中に自分の好きなスタイル(自分の机で、座卓で、図書室で、個人で、グループでなど)で学ぶ時間を限定して設けたり、階段の踊り場にパーテーションを立ててクールダウンできるスペースを設けたりするようになり、子どもたちが学びに集中して参加できるようになっていったのです。

また、障害があるかないかに関係なく、「自分に合う学び方」は人によって異なります。大人でも子どもでも、書くことで覚えられる人もいれば、文字をただ目で追っているだけで頭に入る、音声で聞いたり、自分で読み上げたりすることで音として記憶に残るなど、人それぞれです。動画のほうが視覚的な情報量が多くわかりやすいという人も多いはずです。
 

 
少し脱線しますが、大学生のころ私はスキーのコーチをしていて、修学旅行生の初心者を8人ほど集めた班(しかもヤンチャな男子が集められた班)をよく担当していました。

スキーで脚を八の字に開いて滑るボーゲンでの曲がり方を習得する方法は人それぞれです。言葉で理解して体を自由に使える人は、「左に曲がりたいときは右足に体重をかけて」と言えばすぐに曲がれます。サッカーや乗馬をしている人は体重移動を体得しているので、だいたいすぐに曲がれるようになりました。

でもそれは班に1人か2人です。「右の親指を靴の中で曲げて」「右の膝を押して」「両手を横に広げて、曲がるときに右側を下げて」などさまざまな方法でやってみます。子どもたちは、「うわ、反対に曲がった」「わかんねえよ」と素直に口に出してくれるので、何度も伝え方を変え、全員がわかるまであの手この手で試しました。

中には「スキーつまんねえ。スピード出したい! 曲がりたくない!」と最後まで意地でも曲がらない生徒もいましたが、その子はバイク乗りで、スピードに対する怖さがなく、板の上に体重をしっかり乗せることができました。そのうちに自分でいつの間にか体得して自由自在に板をコントロールできるようになり、誰よりもスキーを楽しむようになりました。さすがだなあと驚いたものです。

体育の授業などではこのようにさまざまな方法を駆使して伝える場面もあると思いますが、通常の授業でも、一律の教え方や学び方では、その本人の努力だけではどうにも乗り越えられないことが出てくる場合があるでしょう。そんなとき、「何に困っているのかな」「どうすれば学びやすくなるんだろう」と、少し立ち止まってその子の様子を観察したり、本人に困りごとを聞いたりしてみると、手立てが見えてくるようです。

また、そのとき、子どもたちの学びの目的はどこにあるのかということも同時に考えることが必要だと、ある先生は話してくれました。正解に効率よくたどり着くことなのか。ペーパーテストに鉛筆で答えを書き、高い点数を取ることなのか。身の回りにある道具や機器を駆使しながら、自分を最大限活かせるように環境を調整し、主体的な学習者となっていくことなのか——。

受験やテスト直前にはペーパーテストをクリアするための練習も必要かもしれませんが、ぜひ、日々の学びの中では、学ぶ楽しさを感じるための調整として、道具を使ったり、伝え方を変えたりしながら、「その子に合う学び方」を一緒に探してみてください。今まで見えなかったその子の新しい姿が見えてくるはずです。
 

 
 
第6回 「立ち歩く」ことの意味 は、10月24日に公開予定です。
「立ち歩く」から、個別最適な学びと協働学習について、考えます。

 

※本連載は、太田氏が学校取材を担当した以下書籍より再構成したものです。詳しい事例については書籍をご参照ください。

『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』(汐見稔幸 編著)
本体価格 1,000円(税別)、出版社 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631769/