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子どもたちの学びと教育者の仕事は相似形 ~大人も子どもも自ら学び、動き出す文化を根づかせたい~

2024/10/10 17:00

全国の教育長は、どのような視点で教育施策を考案しているのか。地域に密着しているベネッセの各拠点の支社長がインタビューしていく。第1回は鎌倉市教育委員会教育長の高橋洋平氏。企業連携によるプロジェクト型学習、不登校特例校の設立などに力を入れる。また、放課後の学びに活用できる「スタディクーポン」の発行を開始し注目されている。鎌倉市が目指す教育、今後の教育行政のあり方などについて聞いた。

 

鎌倉市 概要

神奈川県南部に位置する、かつて鎌倉幕府が置かれた古都。歴史的遺産や豊かな自然環境を有し、昭和期以降は観光地として栄える。文部科学省指定「学びの多様化学校」(不登校特例校)として、2025年4月に同市立由比ガ浜中学校(仮称)を開校する。

人口 約17万人
面積 39.67㎢
市立学校数 小学校16校、中学校9校
教員数 743人
児童生徒数 10,733人

お話を伺った教育長

高橋洋平(たかはしようへい)

(プロフィール)
宮城県出身。2005年文部科学省入省。初等中等教育、生涯学習政策等の行政に携わった後、福島県教育庁に出向し、震災後の復興行政に従事。2022年に退職し、コンサルティング会社の教育チームマネージャーを経て、2023年8月から現職。

インタビューした首都圏支社長

山河健二(やまかわけんじ)

(株)ベネッセコーポレーション
副社長執行役員
兼 エリア事業推進本部長
兼 首都圏支社長

1.一度ついたらじわりと燃え続ける、炭火のような学習意欲を

<山河>鎌倉市の教育方針、並びに教育長個人として大切にされているお考えをお聞かせください。

<高橋>本市が重点を置いているのは「学習者中心の教育活動の推進」です。子どもが自ら学びのハンドルを握り、ワクワクしながら学べる魅力的な学校教育を目指しています。

2025年4月に向けて、教育大綱の見直し議論をしていて、教育委員会の若手職員ともお茶を飲みながら、ビジョンを一緒に考える対話するティーパーティを催したところです。同じように、学校管理職、教職員、子どもたち、教育委員、市長とも議論を重ねてきまして、ひとつのキーワードになっているのが「炭火」です。指導主事の1人が、授業を終えても冷めやらず、熱心に対話を続けている子どもたちを見て、炭火のようだと思ったそうなのです。テストがあるからとか、親に怒られるかもしれないから勉強するということではなく、自らの内側にあるワクワクを燃やして、主体的に学びを掴み取っていく。一度火がついたら少々のことでは消えず、赤々と燃え続け、他の炭にも火が広がっていく。「学習者中心の教育活動」を通じて育てたいのはそういう子どもだよねと、盛り上がりました。

図1:「炭火」をキーワードに掲げて新教育大綱の策定を進める。教育委員の1人である現役の住職の話にもヒントを得て、火鉢の炭の様子を教育になぞらえた。

<山河>私も内発的動機づけはこれからの教育の重要なポイントだと思います。入試の難易度にもよりますが、少子化の影響で高校や大学受験のプレッシャーが全国的に弱まりました。何が子どもの目標となり得るかという話題を、各地の学校でよく耳にします。

<高橋>私が自ら学ぶ姿勢の大切さを強く感じたのは、文部科学省から出向した福島県教育委員会で震災復興に携わっていた時です。

原発事故で住んでいた町や家を追いやられるという厳しい環境においても、たくましく歩もうとする方を何人も目にしてきました。とても立ち上がることすら難しい絶望のなかでも、今と未来に向き合い、復興に向けて自らの手で幸せを掴みとろうとする人がいました。復興行政の本質は、物を元に戻すことではなく、一人一人が再び立ちあがろうとする力を徹底して支えることだと思われました。

同様に教育を「与えるもの」と捉えると、学習者がお客さんになってしまい、サービス終了と同時に学ぶ意欲も途絶えてしまいます。教育の主役はあくまで学習者であり、学習者自らが学びに向かう力を高めるため支え、励まし、助けるのが教育なのだという視座をもつようにしています。

2.対話でニーズを引き出す、伴走型リーダーシップ

<山河>高橋教育長の思いが伝わってきました。そういった「学習者中心」「炭火」といった理念を、現場を受け持つ市立小・中学校全25校、約700人の先生方に、どのように浸透させているのでしょうか。

<高橋>「教育改革」が語られるとき、日々懸命に子どもと向き合っている先生方にとって、何か今の方法をまるっきり変えると捉えると、不安と負担を感じると思っています。大事なのは改革ではなく、「今あるものを見つめ直して、価値づけしたり、さらに磨いたりしませんか」という「問い直し」であると考えています。

例えば、教員研修でも新たな形を試し始めています。外部講師から講義スタイルで教わる研修の場を、市内の教員同士の対話を重視した場とし、各学校に散らばる実践やアイデアを共有しようという形です。「学習者中心」や「炭火」という考え方に対しても、対話をするからには当然、意見が分かれる場面も出てきます。それでも話を深掘りしていくと、根っこの価値観の部分に共通点が見つかることも多い。遠回りのようですが、少しずつ理解を共有しています。

図2:管理職研修内で示された概念図。各学校で行われている優れた実践例を、対話を通じて共有しようと、高橋教育長が呼びかけた。

<山河>教育は子どもだけに必要なものではなく、私たち大人も学び続けることが求められます。

<高橋>おっしゃる通りです。子どもたちの学びと、我々教育関係者の学びは相似形であり、炭火のように主体的に学び続ける必要があると思っています。

本市教育委員会は、上意下達の管理型リーダーシップではなく、各校や各教員に寄り添う伴走型リーダーシップを目指しています。対話を通じて、各校が主体的に取り組みたいことを引き出し、その取り組みに教育委員会が伴走するスタイルです。

教育委員会において始めた「プロデュース会議」は、それぞれの学校のチャレンジを引き出す場の1つです。教育長としては、普段、各校の校長と話す機会は多いですが、それだけでは学校組織で起こっていることが解像度高く見えません。そこで2024年度から月1、2回、日頃から各校とコミュニケーションを取っている教育委員会の職員や教育委員、外部の協力者らが、教育長室に集まり、25校のそれぞれのケースについて語り合っています。「○○小学校はこんなことに困っている」「○○中学校では○○先生がこんな取り組みを始めた」といった対話を通じて、教育委員会が各校に対して果たせる役割が立体的に見えてきます。

<山河>公立私立問わず、学校経営が順調な学校に共通しているのは、問題解決型のマネジメントを行っているという点です。現場のニーズを起点とするため、先生方の意欲も高まるのでしょう。ただ、各校から意欲的なリクエストが多数集まると、どうしても財政面の問題が出てきます。経営の自由度が高い私立校であればともかく、公立校ではどのような手立てがありますか。

<高橋>自治体の教育支出の多くは人件費であり、ソフト面にかけられる予算は全体の数%です。本市では、2020年度からクラウドファンディング「鎌倉スクールコラボファンド」を実施して、未来につながる教育活動を行う際の原資にしています。豊かな人材・NPO・企業・大学とのコラボレーションにより、子どもも教職員もワクワクするような教育活動が生まれています。このように個人や企業から募った寄付により、各校から手が上がってくる多彩な教育活動を実現することができています。

この仕組みは教育委員会から学校に「この企業の出前授業やってみて」などと上から下へ落とすものではありません。あくまで子どもや学校現場から湧き上がってくる問いや願いを起点に教育委員会が学校と企業などを結びつけ、ウィンウィンになるよう調整するのがポイントです。その成果などは鎌倉市教育委員会noteで公開しています。https://note.com/kamakuracity_edu/

<山河>教育財政の面では、多くの自治体が給食費の無償化の実施を検討しているとお聞きします。

<高橋>いずれの自治体でも就学援助という形で、経済的に困難な家計には給食費を無償としているので、完全無償化する場合には中高所得世帯への支援ということになります。限りある財源の中で、教育の質向上を含め子どもたちにとって真に優先度の高い施策を打っていかなければなりません。また、教育費の負担軽減についても、給食費のみならず、子どもの学習費の全体像で議論していかなければなりません。

文部科学省の子どもの学習費調査によれば、小中学校の給食費の約7倍もの支出を占めているのは、放課後の習い事等の学習費になります。家計の視点に立つと、むしろ負担が大きく、体験格差・教育格差が生じうるのは放課後の教育費かもしれません。鎌倉市では、解決の手立てとして「放課後エンパワーメント・プロジェクト」として、三井住友銀行からの寄付を原資とし、NPOチャンスフォーチルドレンと連携し、放課後の学びに活用できる「スタディクーポン」を発行する取り組みも開始しました。

<山河>クーポンであれば教育費に使われることが明確であるため、公助として果たす役割も大きいですね。子どもへの教育効果が最大化できる教育費負担軽減を、企業やNPOとの連携で実施されていることがよく分かりました。

3.教育政策リーダーの多様化にドライブをかけたい

<山河>高橋教育長は就任されてすぐ、「教育行政職」のポジションを新設し、公募されていました。教育長ご自身も、文部科学省や外資系コンサルティング会社などの職務経験を生かして教育行政に取り組まれています。教員出身ではないお立場から、「教育長」という職をどう捉えていますか。

<高橋>文部科学省の調査によると、女性の教育長は3%程度、50代未満は男女合わせても0.3%であり、現状では多様性がある職とは言い難い状況です。教育長に必要な資質は、教育的指導力、行政マネジメント力、政治的調整力などであると理解していますが、教育長をはじめとする教育政策リーダーにもっと多様性と専門性があっていいと思っています。このような背景から、2024年3月には「一般社団法人LEAP」を立ち上げ、同じ思いを持つ現職教育長や大学、首長等とともに活動を始めたところです。

現状は、首長が教育長に多様な人材を登用したいと思っても、相応しい候補者を見つけるのは難しい場合があります。LEAPが教育政策リーダー候補と首長をつなぎ、多様で専門性の高い人材のマッチングが促進される存在になっていければと考えています。

<山河>どのような業界も、リーダーの人事は組織に大きな影響力を及ぼします。どうしても現下の対応に追われてしてしまう教育界で、5年、10年先の夢を語れるリーダーが増えれば心強いですね。

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