「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」第100回記念
「世界史を学ぶ―新教育課程と新科目『歴史総合』の課題を考える―」開催
2020年4月から週1回のペースで、オンラインで実施されてきた「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」。その第100回記念として、2022年5月、歴史の学習をテーマとした対話会が開催された。全国から中学校・高校の教員、教育関係者、中高生らが参加し、歴史学習を起点として、これから求められる学びについて語り合った。
「系統学習」から転換し、「課題解決型学習」を重視する学びへ
ベネッセ教育総合研究所では、新型コロナウイルスの影響によって学びの環境が大きく変化したことを受け、2020年4月から、中学校・高校の有志の教員らが教育について自由に語り合う「生徒の気づきと学びを最大化するプロジェクト」をオンラインで実施してきた。今回は、その第100回記念として、2022年4月に実施された高校の新学習指導要領で新しく設置された科目「歴史総合」をテーマとして行われた。
冒頭で、長野県蘇南高校の小川幸司校長は、高校の歴史学習における問題の1つとして、日本史や世界史の授業が「分類学」に立脚して行われてきたことを挙げた。小川校長は、「授業では、歴史的な事象を分類して説明し、それらを暗記することが学習の成果として重視されてきました。そうした知識重視型授業がエスカレートし、この50年間で生徒が覚えるべきことは2倍以上に増えています。それは、大学の入試問題が難化し続ける一因にもなっています」と語った。
学習指導要領の作成においては、「系統学習」と「課題解決型学習」をそれぞれ重視する考えがあり、以前は前者が優位だったと説明した。「系統的な歴史的事象を学ぶことは『基礎的教養』の獲得につながるとして、暗記重視の学びが中心をなしてきました。しかし、21世紀に入ると、『歴史的思考力』の育成が重視されるようになり、コンピテンシー・ベースの教育を重んじる後者の立場が優位になりつつあります」と述べた。
暗記偏重の学びから脱却し、歴史を議論し、行動しよう
続いて小川校長は、新科目「歴史総合」の魅力と課題について語った。魅力には次の点を挙げた。
・世界史と日本史が統合された。
・網羅主義を脱却し、単元学習の形で近現代史を中心に学ぶ。
・資料の読み解きや議論する学習が充実し、暗記主義から脱却できる。
・教科書に多くの資料や「問い」が記述される。
一方で、課題には次の点を指摘した。
・2単位としては、学習内容が多い。
・世界史と日本史の記述がモザイク構成になっており、総合ではなく並列となっている。
・課題解決型学習といっても、考える内容が実は系統学習の時と変わらず、表面的になりがち。
それらの点を踏まえ、新たな歴史学習に向けて、史実を学ぶだけではなく、それを基に議論し、行動する「歴史実践」という方法論を、授業に取り入れることを提言した。
「歴史実践」は、6つのプロセスに整理できるとし、図1の流れを示した。
さらに、歴史的思考力の育成には、「問い」の質の向上が必要であることを指摘した。
「課題解決型学習のように見えて、教科書や資料から答えを考察するような系統学習の枠から出ない問いでは、歴史的思考力は深まりません。系統学習を掘り下げて、教科書・資料を読み取る自分自身を分析し、メタ認知を通して、答えを考察する問いを設定することで、歴史学習を通じて『新しい見方』をする自分と出会えるはずです」
そして、問いの具体例を示した(図2)。
小川校長の話題提供を受けて、参加者からは様々な感想や質問が寄せられた。
ある高校教員は、「私は、公民の授業を担当しています。日頃から、生徒の思考を揺さぶるような問いが必要だと考えていました。小川校長の話を伺い、その方向が間違っていないと確認できました」と述べた。
別の教員は、「教員が用意した資料を基に議論を行う場合でも、歴史的思考力を磨く場になるのでしょうか」と質問した。すると、小川校長は、「必ずしも生徒にゼロから考えさせる必要はありません。生徒が身を乗り出して関心を持つような問いであれば、主体性が引き出され、最終的には、生徒自身が思考する学びになるでしょう。緻密な授業設計と教材研究が重要だと考えています」と答えた。
1人の偉人の背後にある、社会や人々の動きを見ることが重要
参加者は8〜9人ずつのグループに分かれ、2回にわたって対話を行った。
あるグループでは、高校生が、「世界史は、先生から『ここが大事だから覚えて』と指示されて暗記する学習が多く苦手でした。これから課題解決型学習に変わると聞き、友人との対話を通して学べるなら、歴史の本質を理解しながら用語を覚えられそうです」と語った。
それに対して小川校長は、「歴史用語を覚えることがすべて無意味というわけはありませんが、これまでは暗記に偏重し過ぎていたのが問題でした。歴史について様々な思考を巡らせる学びの中で覚えることが大事だと思います」と話した。
小川校長から「世界史は好きですか」と聞かれた高校生は、「偉人が時代の流れを変える話などを聞くのは好きです」と答えた。それに対して、小川校長は、「例えば、ナポレオンがヨーロッパを征服して、世界を変えたと言われます。その背景には、そうしたナポレオンの行動を可能にした社会や人々の動きがあり、ナポレオンがどの時代に生まれても、同じ行動ができたわけではありません。歴史学習では、そうした視点を持つことも大切です」と、歴史の見方を示した。
参加者からは、問いの立て方に関する意見も多く寄せられた。
ある教員は、「これまでは、問いを設定する際、自分が答えてほしい考えに誘導しているような気がして、この問いでよいのか悩んでいました。小川校長のお話にあった、生徒にメタ認知をさせる問いをしてみようと思いました」と述べた。
理科担当の教員は、「実験をする際には、結果を予測する時間を十分確保し、自分に引きつけて考えることで、生徒自身が思考する学びにつながると考えました」と述べた。
多様な歴史観を認め合う対話をいかに生み出すか
参加者は、歴史学習の学習評価のあり方について言及していた。
ある教員は、「課題解決型学習を行う場合、定期考査をどのようにすべきかを検討中です。少々労力を要しても、歴史的思考力を測定するパフォーマンステストをすべきだと考えています」と話した。
定期考査については、「現在は、各学校で異なるテストを実施していますが、定期考査や単元テストは、学習指導要領に基づいた全国共通のテストを行ってもよいのではないでしょうか」といった指摘もあった。
それに対して、ある高校生が、「学校によって定期考査の問題が違うと、ある学校では思考力が重視され、別の学校では用語の暗記だけが求められるなど、身につく力も変わってしまうと思います。全国一律の定期考査にすれば、そういった違いがなくなるかもしれません」とコメントした。
生徒同士の対話をどのように深めるかという意見も交わされた。
小川校長は、「歴史を見つめる自分は、正義だと思い込みやすいものです。歴史学者でも自分は真理を追究していると信じるあまり、他者の意見に対して過度に批判的になる様子が見られます。しかし、そうした態度では、世界の人々と付き合っていくことは難しいと思います」と問題意識を述べた。
それを受け、ある教育関係者は、「同調圧力が強いと、対話は深まりません。心理的安全性をいかに確保するかが課題と感じます」と話した。
また、ある教員は、生徒の学び合いについて、「高校2年生の後半になると、人間関係が固定化し、『この人は、こんなことを言う』といったイメージが強くなります。それを打破するためには、校外に飛び出して多様な考え方や見方に触れさせることも大事だと考えています」と示した。
歴史学の視点を持つことで、ウクライナ問題は多様な見方で捉えられる
ロシアによるウクライナ侵攻に関しても、歴史学の視点から様々な意見が交わされた。
ある教員は、「日本人研究者でも、ロシアとウクライナのどちらに視点を置くかによって意見が異なります。あらゆる意見を相対化する必要があるかどうかは別として、一定の手続きを踏む人の意見の幅を尊重することで、未来の判断材料が担保されると考えています」と述べた。
同じ話題に関して、小川校長は、チェコのビロード革命を例にして語った。
「命を懸けて戦う人々をリスペクトしますが、それが唯一の戦う方法であるかどうかは、深く考える必要があるでしょう。ビロード革命では、市民の非暴力的な活動で民主化を果たしました。危機に対しては武器を手にして戦うべきであると、思考を単純化せずに、人々が議論を続けることが大切だと考えています」と述べた。
対話会を終え、小川校長は次のように語った。
「参加者との対話を通して、多くの気づきをいただきました。他者の何気ない言葉をきっかけとして自身を見つめ直すことが、気づきをもたらします。これからも、そうした気づきを大切にして自分自身を変えていきたいと思います」
最後に、今回の会を主催したベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンターの小村俊平センター長が、次のように締めくくった。
「SDGsのように人類普遍の価値観を探索する動きがある一方、世界では分断が進んでいます。他者の話を聞かない方が、たやすく『答え』を手に入れられるからなのかもしれません。しかし、より確かだと思える答えとは、様々な見解に耳を傾けた上でなお残ったものであると思います。だからこそ、人の話や歴史に対して目や耳を閉ざしてはいけないと改めて感じました」
生徒の気づきと学びを最大化するPJ