教育ジャーナリストの後藤健夫さんがお送りする連載「大人たちのアンラーニング」のススメ。今回からは「学力」について、アンラーニングをオススメしたいと考えています。

「偏差値」は、なにを示しているか

学校や入学試験でよく「学力試験」と言われますが、そもそもここでいう「学力」とは何なのでしょうか。

まず、大学入試で問われる「学力」といわゆる「偏差値」との関係を見ていきたいと思います。

「学力」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは「偏差値」という人が多いと思います。
ただ、「偏差値」というモノサシだけで入試で評価される能力はすべて測れるのでしょうか。今は複数のモノサシで評価する時代になってきています。

「偏差値」が反映されるのは、入試のごく一部

毎年6月、文部科学省は各大学に「大学入学者選抜要項」を示します。
全大学に入学者選抜の統一したルールを示すことで、公平性を担保します。
この「大学入学者選抜要項」を読めば、どういった方法で、いつ選抜試験をするのか、いつまでに受験生に入学手続きをしてもらうのか、出題ミスをしたときにどうするかなど、微に入り細に入り、一連の入学者選抜の要件がわかるようになっています。例えば、学校推薦型は入学定員の5割以下にすることも、ここで定められています。
この要項をベースに、各大学は独自のアドミッション・ポリシー(入学者受け入れ方針)に照らし合わせながら個々の大学の入学者選抜要項を作成します。
また、選抜方式の大枠も示されています。
いまは、一般選抜、総合型選抜、学校推薦型選抜と呼ばれるものが主な選抜方式としてあります。それぞれの選抜方式について整理します。

一般選抜は、大学入学共通テストを含めた、いわゆる「学力試験」(教科等による筆記試験)がメインです。文部科学省は単に教科の試験で学力を測定するだけでなく、多面的・総合的に能力を評価することを求めていますが、現実には「学力試験」のみで合否を判定されるケースがほとんどです。いわゆる「偏差値」とよく言われる大学入試難易度ランキングなどはこの方式で設定されます。

総合型選抜は、従来、AO(アドミッション・オフィス)入試と言われていたものです。当初AO入試は能力・適性や学習に対する意欲,目的意識等を多面的・総合的に評価・判定する方式であり、「学力試験」を課さないことが要件でしたが、入学者の学力低下を懸念して、10数年前から教科等の学力を何らかの形で担保することを求めました。そして、いまでは、小論文、プレゼンテーション、口頭試問、実技、各教科・科目に係るテスト、資格・検定試験の成績等あるいは共通テストのいずれかを1つ課すことが要件となっています。かつて言われた「AOは学力不問」といったことは10数年前からいまに至るまでありません。ただ総合型で評価する能力は、必ずしも模擬試験を通して設定される「偏差値」だけには反映できません。

学校推薦型選抜は、指定校推薦や内部推薦を含めた、いわゆる「推薦」です。学校長の推薦に基づくもので、調査書を主な資料としますが、総合型選抜同様に、共通テストを含めたいずれかの方法で学力を担保することを求めています。こちらも総合型同様「偏差値」だけには反映されていません。

以上3つが主な選抜方式ですが、方式別の入学者の割合をみてみると昔と今とでは変化してきていることがわかっています。
21年度入学者選抜では、入学者の割合は、総合型選抜は12.7%(私立大のみでは14.7%)、学校推薦型選抜は37.6%(私立大学のみでは43.5%)となっています。いまや一般選抜での入学者は全体の5割に満たなくなっています。(「令和3年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」参照)

30年ほど前に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の2つの学部が初めてAO入試を始めて以降、20年ほど前までは、入学者選抜のほとんどの定員が一般入試(教科等による筆記試験)にあったため「偏差値=学力試験=教科等による筆記試験」であり、その評価が大学の入試難易度を的確に表していました。ただ、現状のように一般選抜での入学者の割合が50%以下となると、一般選抜の難易度を測る目安にはなるものの、「偏差値」だけで大学入学者や大学を評価することには少し無理があると言えます。大学入学者が「学力試験」で測れるもの以外の能力を持っている可能性は十分にありますから。
そもそも「偏差値」とは、自分の立ち位置を示すものです。平均点を偏差値50として、そこからどのくらい離れているのかを示します。母集団が変われば平均点も偏差値も変わります。大学進学率が30%の時代と50%を超える今の時代では「偏差値」も大きく変わります。進学率が上がったことで、母集団が下方に広がり、平均点を示す偏差値50の位置も下がっています。

模擬試験の役割

模擬試験には「偏差値」にとらわれない、重要な役割があります。もちろん、一般選抜における志願者の中での自分の位置を確認することは大きな役割の1つですが、それよりも学んだことがどのくらい理解できているのか、知識をいかに活用できるのか、そうした自分の「到達度」を測るためのアセスメントの役割です。模擬試験受験者の中で自分を相対化することは、志望大学での順位を知ることだけではないのです。他の人ができているのに自分ができなかった問題を見つけてそれができるようになることは成長の重要な過程です。客観的に自分を見つめ直し、今よりももっとよく生きようとすることは大人になっても大事なことです。

「偏差値」では対応しきれない能力をいかにアセスメントするか

総合型や学校推薦型で主に求められる「偏差値」では対応しきれない能力を事前にアセスメントする機会をいかに持つのか。これは今の日本の高校の大きな課題です。「総合的な探究の時間」のみならず教科科目の授業でも思考が探究的になることや事前にテーマや課題について発表をして多くの人からフィードバックをもらう「壁打ち」の機会の確保など、学校や先生側の対応が求められることになるでしょう。これはとても大変なことだと感じられるかもしれませんが、学校だけで全て解決しようとする必要はないのです。今こそまさに「社会に開かれた教育」の実践チャンスです。例えば、昨年から「ベネッセSTEAMフェスタ」は夏にも開催されるようになりました。ここでは、テーマや課題の成果発表ではなく、途中経過を発表して、識者からフィードバックをもらう機会となっています。こうした高校を飛び出した「他流試合」は貴重の機会になることでしょう。そして、「他流試合」にて培った自分の考えをまとめて的確に言語化して表現する能力は、日常の対話の質を上げ、それがまた新たな能力を育てることに繋がってくるのではないでしょうか。

次回は「学力が高い」とはどういうことかに注目します。

後藤 健夫

教育ジャーナリスト

詳しいプロフィールはこちら