教育ジャーナリストの後藤健夫さんがお送りする連載「大人たちのアンラーニング」のススメ。第7回より「探究学習」をテーマに展開しています。今回は、「探究学習」と「年内入試」の関係を考えます。

「年内入試」で何を評価するかを考え直す

「年内入試」とは、年内に募集される「総合型選抜」「学校推薦型選抜」を指します。これらの選抜方式でも年明けに実施される大学入学共通テストを課している大学もありますがそれも含めて「年内入試」と呼ばれ始めました。
この「年内入試」で進学先を確保する生徒が急に増えており、注目を集めています。

「年内入試」受験者はなぜ増えたか

まず、2020年度入試において、翌年の2021年度から始まる共通テストを中心とした大学入試改革を回避するために浪人しない、そのためには自分が確実に合格できるところを受験するといった「安全志向」が極端に強まり、1ランク下げても指定校推薦で入学先を確保する生徒が増えました。
さらに翌年度には、最初の共通テストは傾向がわからないから回避したいと考えるだけでなく、新型コロナウィルスの流行で集合型試験である一般選抜の実施が混乱するのではとの見方が、一般選抜回避に輪をかけて、どんどん年内入試で入学先を確保する流れが強くなりました。こうした動きをみていた下級生たちは「どんな方式でも大学に入学できれば良いのだから、受験負担を減らして、早く入学先を決めたい」「一般選抜のように幾つも受験して入学先を決めるリスクや長期化する受験の負担は大きい」と考えるようになり、いまでも「年内入試」の流れに拍車をかけています。
一方、大学側も、2020年度あたりから、高校や受験生と同様に、新しい共通テストへの対応、2021年度にはコロナ禍での試験実施への不安と負担を抱えます。18歳人口の減少や年内入試に受験生が雪崩れ込んだことから一般選抜の志願者減が起きることを見通して、年内に入学予定者を確保することに躍起になる大学が増えました。それでも学生確保が思うように行かず、2022年度には大学の入学定員を満たせない「定員割れ大学」が顕著になりました。
一方で、18歳人口は1992年度にピークを越えて以降、かつては高校1校あたり1人としていた指定校推薦枠は徐々に拡大していき、いまでは基準を満たせば何人でも推薦を受け入れる大学もあります
さらに、進学実績がない大学から指定校推薦枠が届くケースも増え、指定校推薦枠の濫発が高校の負担を増大させています
また、国立大学は大学改革の一環として、「一般選抜以外で3割の入学者」を数値目標に、前期・後期のうち後期試験を見直して学校推薦型、総合型への切り替えることをしました。この数値目標を達成するために、この1、2年で国立大学の「年内入試」の定員枠は拡大をしています。

「年内入試」受験者が増えて負担増大の高校

このような状況に、高校は、幾つかの点で、大いに困惑しています。
11月に大学進学先が決まった生徒が授業を含め学習に身が入らないことがあります。合格後、目的なく無為な生活を送る生徒が少なくありません。しかし、こうしたことはこれまでもあったこと。特に指定校推薦で進路を決めようとする生徒たちは校内選考が終わった時点で受験生の気分ではなくなっていました。
いま、困惑の要因となっているものは、ここに来て増えた「年内入試」にまつわる「量」です。「受験者」も「不合格者」も「調査書の記載」もすべて量が増して大きな負担となっているのです。
総合型選抜では、プレゼンテーションなど、何かと準備を課されることがあります。その対応にも教員は当然付き合うことになります。大学によって課されるものが様々な上に、出願や選考のために準備するものは、生徒の個別性が高く、教員は多様な対応が求められます。校内だけでは対応できず、大学や地域と連携して対応するケースも増えています。もちろん生徒の志望理由書を読んで、個々に添削をする対応も求められます。こうした個別化した多様な対応は、一般選抜に比べて、教員の負担はとても大きいです。
「年内入試」でも残念ながら不合格者は出ます。この不合格者の気持ちを切り替える働きかけもなかなかしんどいことです。生徒は出願した段階で受かった気分になりがちで授業にも身が入らなくなります。なにせ倍率がそんなに高くないですから、そうした気分になるのもわかります。ただ、それで不合格になると生徒の精神的な落ち込みも当然激しいです。そのケアはなかなかしんどいです。気持ちを一般選抜に向けて切り替えなければ卒業後の進路を決めることができません。しかも一般選抜を目指す受験生に比べてタイムロスが大きいですからそれを取り返すことは生徒にとっても大きな負担です。
「年内入試」で受験者が増えると、早めに調査書を用意しないといけません。一般選抜ではほとんど評価されることがないと言われる、この調査書の記載。一方で、「年内入試」では評価されることが少なくないと高校側は判断して、大学の心証を良くするために、受験する生徒を思いながら美辞麗句を並べます。しかもこの調査書の記載欄のスペースはこの大学入試改革で大きくなっていますから、このスペースを埋める作業も大変になっています。特長があったり活躍が目立ったりする生徒であれば書くことは多くてあまり苦労しないでしょうが、残念ながら、そういった生徒ばかりではありません。担任であっても、教科の授業や分掌業務が忙しく、しかも半年も接していない生徒のことを長々と書かなければなりません。ゆえに美辞麗句が並び、形容詞が多くて読みにくく、生徒の特長が出ない文章が量産されてしまいます。これを進路担当がチェックすることになります。最終的には学校推薦型は学校長による推薦ですから、管理職がチェックすることになり、書き直しをさせられることもあります。何段階かのチェックを受けるとなると負担は大きいです。
そして、そうした美辞麗句ばかりの調査書では大学側も評価しきれないでしょう。文部科学省は、この調査書の記述欄を増やしただけでなく、それを重視するように大学に求めますが、それが果たして正しいのでしょうか
このままでは、大学は評価の対象にしにくくなるにもかかわらず、高校の負担は大きくなります。これでは誰も喜びません。文科省は現場を知らないと批判されても仕方がない現状です。
「年内入試」ではいったい何を問うてどんな評価をするのかを、文科省も大学も、従来をアンラーニングして、考え直す必要があるのではないでしょうか
特に文科省には学校推薦型において「調査書を主体」に選抜を行う非現実さを見直していただきたいところです。(次回詳述します)
保護者のみなさんには、早期に入学先を確保できるからと安易に子どもに勧めることを今一度考え直していただきたいと思います。特にこれまでの指定校推薦とは異なり不合格になるリスクがあります。総合型選抜に取り組むには授業以外での負担が大きくなり、実際には、一般選抜よりも負担が大きくなるケースが少なくありません。

「総合的な探究の時間」を効果的に

こうした高校側のしんどさを緩和させることができる数少ない方策は「総合的な探究の時間」ではないでしょうか
総合型選抜で課される、プレゼンテーションや小論文、志望理由書などへの取り組みはどれもこの「総合的な探究の時間」で扱いやすいものです。生徒が探究的になればその生徒の考えや興味関心もわかりやすくなり、調査書への記載はより具体的になり、美辞麗句を並べたり形容詞ばかりだったりの読みにくい文章にはならないでしょう。生徒への個別対応もこの授業で賄えるところも出てきます。探究的に学んだ知識が定着しやすいことは経験的にも理解できることです。一方、生徒には学習に取り組む姿勢を問うことになり、緊張感のある学習を求められます。
こうした「総合的な探究の時間」に多くの教員が関わることで、「年内入試」の大きな負担を少し和らげることができるのではないでしょうか
さらには、早く合格して進路が決まった生徒たちには継続して「探究」テーマに取り組んでもらえば良いのです。
高校教員のみなさん、いかがでしょうか。

今回は、ここまでとします。次回はさらに年内入試でもある「学校推薦型選抜」についてより深く考えてみたいと思います。

後藤 健夫

教育ジャーナリスト

詳しいプロフィールはこちら