生徒にとって意義のある探究学習とは?

2022年8月24日、「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の主催により、「SDGsの時代に探究・研究を深める方法を考える」をテーマにトークライブがオンラインで開催された。高校では探究学習が盛んに進められているが、生徒が探究・研究を意義あるものとして深めていくために、どのような支援が必要なのか議論を交わした。

■登壇者
岡山大学 学術研究院ヘルスシステム統合科学学域 教授 狩野 光伸
岡山学芸館高等学校 課題研究運営部統括 橋ヶ谷 多功

■モデレーター
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンタ—長  小村 俊平

左上/狩野教授 右上/橋ヶ谷先生 下/小村

探究を深める「本当か」「新しいか」「他にないか」

これまで「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」では、教育現場の関心が高い探究学習のあり方について対話を重ねてきた。今回のトークライブでは、「探究学習を進めているが、今一歩、深まらない」といった課題意識を踏まえ、探究・研究の質を高める方法について議論した。

最初に岡山大学副理事の狩野光伸教授が、「身の回りのことと 『探究』『研究』」と題し、話題提供を行った。狩野教授は、探究学習の意義について、「人は、感情が動くと『興味』を持ちますが、特に自分の思い通りにならず、怒りややるせなさを感じた時、『何とかしたい』と考える 。探究や研究とは、そうした壁を乗り越えるために、より確からしい方法を見いだすプロセスと言えます」と述べた。そして、感情が動くきっかけを見つけるために、SDGsは1つのよりどころになると語った。

狩野教授は生徒が興味を持てるようにするために、「聴く」ことの大切さも強調した。「当事者から話を聴くと感情はより動きやすくなります。当事者の話を基に考え、『自分は、〇〇を何とかしたい』と思うようになり、それを『問い』につなげることで探究・研究として発展していきます」と説明した。

問いを設定する上では、「5W1H」を基本に考え進めていくことが大切だという。さらに、科学の研究で重要となる「本当か(同じことが繰り返し確かめられるか)」「新しいか(過去の人たちと、あなたの考えは、何が違うか)」「 他にないか(同じ材料でも、他 に考え方はないか)」という3つの考え方は、探究・研究を深める際に役立つと説明した。

科学では、「伝え方」も重要だと指摘。その要素として、古代ギリシャのレトリック(弁論術)から、「パトス(情)」「ロゴス(論理)」「エトス(信頼)」の3つを引用して説明した。狩野教授は、「自分が新たに思いついたことは、他の人にとっては当たり前のことではなく、協力を得るためには相手を説得する必要があります。その際、自分の熱意を伝えて情に訴えるだけではなく、しっかりとした論理で理由を伝え、相手から信頼を得ることにより、探究・研究は進んでいきます」と述べた。

そして最後に狩野教授は、「こうした探究・研究のプロセスによって新しいことを見いだし、今まで世の中に存在しなかったが皆にとって大事なことを見つけて実現してほしいと考えています」と語った。

その探究学習に取り組む動機は何?

続いて、岡山学芸館高等学校でSGH運営部長として課題研究を指導する橋ヶ谷多功先生が、問題提起を行った。
橋ヶ谷先生はまず、「動機」の重要性について言及した。1学年約450~500人の生徒が在籍する同校では、生徒によって課題研究に取り組む姿勢は大きく異なるという。「『興味』と『感情』を備えている生徒ほど、課題研究に高い動機づけを持って臨んでいます。しかし、最初から意欲の高い生徒は、そう多くありません。それでも、生徒は無意識のうちにも社会に対する興味を抱いており、それを自覚すると、課題研究に取り組む意欲を高めていきます」と述べた。

課題研究に必ずしも本気で取り組んでいなかった生徒が、受験期になって「スイッチ」が入るケースもあるという。「自分の進路に本気で向き合う中で、『課題研究で取り組んだテーマを大学でもっと学びたい』と思い、勉強に身が入る生徒が多く見られます」と、橋ヶ谷先生は話す。

さらに、橋ヶ谷先生は、課題研究を通して生徒に育てたい素養として、ある卒業生が言った「課題研究は、社会と自分との距離感を縮めることができた初めての経験だった。この経験を通じて、社会に対する感度がとても高まった」というコメントを紹介。生徒一人ひとりが社会とのつながりを強く意識できるようになるためにも、「中学・高校時代の課題研究では、手法よりも、動機を持てるような感性を育む指導が大事だと感じています」と話した。

学校で全員が探究に取り組む意味とは

小村俊平教育イノベーションセンター長は、本トークライブの事前質問にも、「動機をどう持たせるか」という声が多く寄せられたと述べ、「探究・研究の質を高めるためには、強い動機が欠かせません。この点では生徒にどうかかわるとよいと考えますか 」と問いかけた。

狩野教授は、「大学の授業でも、授業内容の背景にある事象や、まだ解明されていない点を伝えると、関心を持つ学生がいます。そのように、自分がかかわる余地があるとわかることは、動機を高める方法の1つとなるでしょう」と述べた。また、橋ヶ谷先生は、「本校では、修学旅行を含め、様々な学びや活動の中から、生徒が自分で選べるようにしています。一歩を踏み出す機会を多様化することは、学びの動機づけになると考えるからです」と自校の取り組みを紹介した。

生徒全員が探究・研究に取り組む意義ついても意見が交わされた。小村教育イノベーションセンター長は、「中学・高校で行う探究・研究の目的は、生徒を研究者に育てることではなく、究極的には、一人ひとりがよりよく生きるための素養や手段を身につけることだと考えています」といった視点を提示。それを受け、狩野教授は、「例えば、企業で新たに事業を始める際、データを集めて説明した方が周囲の賛同を得られやすいでしょう。探究・研究は、中学・高校時代にそうした経験をしておくよい機会になるはずです」と述べた。

探究・研究の方向性を生徒だけに任せるだけではなく、ある程度の枠組みは必要だという問題提起もあった。橋ヶ谷先生は、「学校として目指す方向性や着地点を示して、どう落とし込んでいくかという視点を持って指導をしないと、生徒もどう進めてよいのかわからなくなる場合があります」と指摘した。

狩野教授は、「多様性といっても、何でもよいといった意味ではなく、自身と周囲の違いを認識できる 多様性を作り出すことが大事です。テーマを設定し、答えらしいものを見いだし、それが本当かを確かめるといったプロセスの枠組みを設定し、ルーブリックで評価するなど、生徒の探究・研究を支える必要はあるでしょう」と提案した。

中高生に期待したい「新しさを追究する努力と姿勢」

小村教育イノベーションセンター長は、中学・高校の探究・研究における「新しさ」をどの程度求めて、評価すればよいかといった観点の意見を求めた。それに対して、狩野教授は、「教員が、すべてのテーマの新規性を評価するのは難しい」と述べ、生徒自身に自分の研究の新しさを語らせてはどうかと提案した。
重要なのは、新しいものを生み出そうとしているか、本人の努力や姿勢です。自分の研究と先行研究との違いを説明させるといった方法で、確認できるでしょう。研究が新しいかどうかは、それとは別の問題であり、必要であれば、専門家に評価を委ねればよいでしょう」と提案した。

新しさに関して、橋ヶ谷先生は「私自身、学びとは、最初に自分が考えていたことが他者の意見などによって覆されて更新されていく積み重ねと感じます。そうした新しさを追い求める楽しさを知ることは、探究・研究の目的の1つだと思います」という考えを示した。

小村教育イノベーションセンター長は、「お二人の考えを聞いて、新しさには、『自分にとって』『相手にとって』『歴史にとって』の3つの視点があると気づきました。教員は、生徒の探究・研究を評価する際、学術的(歴史的)には既にわかっていることでも、『あなた自身にとっては大きな発見ですね』『この研究は、こんな人たちの役に立つと思います』など、どの視点からフィードバックするかを意識するとよいですね」と述べた。

「私はここまで探究しました」を語れる生徒を育む

高校では、探究・研究を大学の総合型選抜にどうつなげるかが意識されている。小村教育イノベーションセンター長は、「2年生までに成果を出させないといけない、といったプレッシャーを感じる教員もいるようです。どの程度の結果を出す必要があるとお考えですか」と問いかけた。

狩野教授は、大学側の視点として、「本来は、結果よりも、本人がどのような失敗を経験して乗り越えたかを評価したいと考えています。研究の途中でも、『何とか一里塚までたどり着いた』と自信を持ってアピールすると、とても印象的なプレゼンテーションになるでしょう。ただ一般論として、入学者選抜において、探究・研究の評価規準が定まっていないのが実情だと思います」と現状を伝えた。

橋ヶ谷先生は、「大学が評価する観点は、未来志向になっている点が多いと感じており、参考になります 。そこで、探究・研究の結果や実績より、どれだけ情熱を持って取り組み、それが次の学びにどのようにつながるのかの見通しを意識して、指導しています」と、自校での指導を説明した。

さらに、外部連携のあり方も論点の1つとなった。橋ヶ谷先生は、「学校単位の高大接続を組織的に進めると、接続自体が目的となってしまう傾向があります。そこで、本校では、研究テーマごとに組織されたゼミが、大学などと自由に連携できる仕組みとしています。そうした連携を効果的に進めるためには、本校の取り組みを面白いと共感してくれる連携先とつながり、お互いが学び合う関係を築くことが大事だと考えています」と述べた。

狩野教授は、「探究・研究を校内のみで進めれば、教員の負荷は少なくなりますが、探究・研究の深まりにはすぐに限界がくるでしょう。生徒や教員、さらに連携先の三者が、好奇心を失わず、他者から新しいことを受け入れたいと思っていれば、それぞれにとってよい連携になるはずです」と語った。

自分の探究学習に意味づけをできるか

最後に、登壇者が議論を振り返って気づきや感想を述べた。

狩野教授は、「楽しく探究し、新たに思いついたことが、多くの人の役に立つことがあります。中学・高校の探究・研究が、そうした経験を通して素養を育てる場になると、日本にも面白い人材が増えていくでしょう」と展望を語った。

橋ヶ谷先生は、「本校として何ができるかという軸が大切だと、改めて考えました。多くの生徒が社会への興味・関心を持てるよう、これからもできるだけ多様な学びの機会を提供していきます」とこれからの取り組みについて語った。

小村教育イノベーションセンター長は、「探究・研究とは、自分が取り組んだことを意味のあるものにしていくものであり、そのためには本人が面白がることが大切だと思います。『やらなくちゃいけない』という思い込みから自由になり、『どうすれば社会や世界を変えられるか』と発想して、自分の活動に意味を与えられる生徒を育てることが重要でしょう。それには、助言者である教員などが生徒に伴走し、生徒の活動の意味を語ることが必要です。ベネッセとしても、これからも生徒や先生の学びの場になるようなネットワークを広げていく考えです」と述べ議論を締めくくった。

■視聴者からの意見・感想

◎「大学までの人」と「大学からの人」の違いとして、探究学習は後者と親和性が高いと感じました。逆に、「探究に何の意味があるのか」といった考えは、前者につながる懸念があり、要注意です。

◎「いかに自分の人生をよく生きるか」を達成するのが、探究の目的と考えています。しかし、探究を高校で始める時点で目の前に大学進学があり、それを意識しがちです。小学校から探究学習を始めて、大学進学以外の選択肢を人生の早期から見つけることができる子どもがいてもよいのではないでしょうか。

◎「新規性がない」という表現はどうしても否定的になりますが、「自分にとっての新規性としてはよかったけど、歴史上の新規性ではなかったね」と言うと、生徒に前向きに伝わると思いました。

◎狩野教授の「今、私が信じていることは本当か」という問いは、とても根源的であり大切な問いです。そんな問いができれば高校生の探究にも大きな意義があると思いました。

◎経験から問いを掘り起こすには、本人が掘り起こせる場合と他者からの問いかけで気づく場合があります。教員が「教える」のではなく、生徒から「引き出す」という発想で対話することが重要だと思いました。

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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