幅広い領域で精力的に取材や執筆活動をされている、編集者・ライターの太田美由紀さんによる連載コラム「子どもと教員がいきいきと動きはじめる学校」です。
※筆者プロフィールは末尾リンクから

今回は、子どもたちが「学びの主体」になるために、学習指導要領で定められた教育課程の中でも十分にアレンジできる実践をご紹介します。

学習指導要領を踏まえても工夫の余地はまだまだある

前回の第9回「先生の役割」を見直す で、子どもはもちろん、先生自身も「学びの主体」となり、やってみたいこと、知りたいことを授業のエッセンスとして取り入れることで授業が面白くなっていくのではないかとお伝えしました。

実際、これまでに取材した先生の中には、ご自身の興味を活かして授業をデザインすることを楽しんでいる方がたくさんいらっしゃいます。そのような学級では、子どもたちもそれぞれの力を発揮しながら興味を持って学ぶ様子が見られたのですが、一方でこんな声も根強く聞こえてきます。

「学習指導要領の標準授業時数をこなすことで精一杯」
「教科書を1年で終えることも難しいのに、教科書以外のことを組み込む余力はない」
そのような声をぶつけると、取材先のある先生は、次のように話しました。

「それぞれの教科の時数や教える内容は学習指導要領で基本的に決まっていますが、それを踏まえた上でどうすれば子どもたちが楽しく学べるようにアレンジできるか、という視点で試行錯誤しています。教員が工夫をする余地はまだまだたくさんあります

公立の学校では学習指導要領で定められた教育課程を逸脱することは難しいものの、学ぶ内容や各教科の標準授業時数などが定められている中でも、十分にアレンジは可能なのです。
 

教科の単元に活動をひもづけ、順序を組み替える

2024年度に入り、東京都渋谷区では、全小中学校で午後の授業を全て探究学習の時間に置き換えることになりました。これは「授業時数特例校制度」(各教科の授業時間数を1割を上限に削減可能)を利用したもので、例えば小学校3〜6年生では「総合的な学習の時間」(以下「総合」)を70時間から150時間程度へと倍増させることが可能になったのです。
 
教員からも保護者からも注目を集めたニュースでしたが、実はこれまで公立の学校でも、学習指導要領の枠組みの中で各教科の単元ごとの標準授業時数を組み合わせながら教科横断のプロジェクト学習などに取り組んできた学校や学級は多数存在しています。

例えば、新潟県の公立小学校の水谷徹平先生は、「総合的な学習の時間」をコアカリキュラムとして、他の教科にひもづけながら活動時間を確保していました。ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年、当時勤務していた長岡市立表町小学校の6年生のテーマは「争いこえて」。話し合いを繰り返しながら戦争や平和についてリサーチを進め、地域にある戦災に関わる場所をいくつも巡って取材を行います。

取材で得た知識を他学年や地域の人たちに伝えるためにショートムービーを制作、イラストが得意な子はポスターをつくり、地域の灯籠流しにも参加。被爆地である長崎の学校や、真珠湾攻撃の前日にホノルルの小学校とオンライン交流も行いました。さらに、「いじめ」について考える集会の開催まで子どもたちはたどり着いたのです。

6年生の社会は歴史や平和について学ぶため親和性も高いのですが、活動のピークは小学校に空襲があった8月です。それまでに明治時代の学習を終えるため、社会の学習の順序を入れ替えました。また、図工の時間に地元の平和のシンボルの水道タワーなどを絵に描いてポスター制作を行い、国語の作文指導の時間を使って希望制で平和作文を書きました。アンケート調査では、算数の統計の単元である平均、中央値、最頻値についても学ぶことができたと言います。

学習指導要領では標準授業時数が定められているのでプロジェクト活動を深める時間が足りないという声を聞くことも多いのですが、実際には、公立学校でも十分にいろいろな教科の単元に活動をひもづけることができます」(水谷先生)
 

 
水谷先生は、2年生の担任時には生活で野菜づくりを行いました。地元の朝市で苗を買うために事前に足し算と引き算の練習を行い、収穫した枝豆の数を数えるタイミングに合わせて、算数の重さや大きな数の単元を入れ替えました。年度はじめに、年間で何が起こるかを想定し、子どもたちにとって必然ある学びとなるように単元を組み替えていたのです。

「特に低学年の場合、子どもたちの生活と全く関係のないことについて『さあ、教科書の10ページを開いてください』と言われても興味は湧きませんよね。ツアー旅行で興味もないところに連れて行かれるよりも、ブラッとあてもなく旅している途中で偶然出会った人と仲良くなったり、美味しいものを食べたりしたほうが心に残るのと同じです。偶然に起こる実際のストーリーの中で学びが成立していくほうがおもしろいし、興味を持って学べます」(水谷先生)

プロジェクト活動で起こる経験にひもづけることが難しい単元は、活動が盛り上がらないうちに済ませます。その場合も、低学年はできるだけ教科書は開かずに教科書の内容を学ぶにはどうすればいいかを考えて準備しているそうです。子どもたちとの信頼関係があれば、知識を定着させるための勉強もうまく進むと教えてくださいました。
 

カリキュラムを離れなくてもできること

とはいえ、学習指導要領に定められた内容を1年単位でパズルのように組み合わせるのは少しハードルが高く感じるかもしれません。まずは教科書をベースにして子どもたちの興味や先生自身の興味をつなげ、それぞれの単元の中で工夫をすることからはじめてみるのはどうでしょうか。

冒頭でお伝えしたのは、この連載の第2回でも紹介したさいたま市立桜木小学校の黒須直之先生の言葉ですが、黒須先生は学習指導要領のカリキュラムに沿って進めることのプラス面にも触れています。

ある与えられたテーマの中で、いかに自分なりの興味を持って取り組めるか、自分で楽しんでいけるか。私自身もその力をつけていきたいし、子どもたちにもその力をつけてほしいと考えています」

また、時間割が決まっていることを窮屈だと捉えることもできますが、自分の興味だけでは知ることのなかった新しい世界や知識に出合うことで視点が広がり、自分の興味のあるもの、好きなことややりたいこととの「つながり」を見つけることができればそれがチャンスにもなると言います。

「教科や単元が違うとしても、これまでに学んだこととのつながり、これから学ぶこととのつながりは必ずあるはずです。その時間に学んでいることと、自分の日常生活とのつながりも、子どもたちが見つけていけるように工夫をしています」(黒須先生)

5年生の算数「割引・割増」の単元で、子どもたちの日常生活とのつながりを持たせるために黒須先生が準備したのは、「自分ならどこで本を買うか」という一つの問いでした。購入できる店は三つ。「子どもが自己決定をして学びを日常に活用すること」を意識して組み立てた授業です。

ある限定本を買えるのはAの本屋さん、Bの本屋さん、Cのフリーマーケットサイト(中古)。定価からの割引や割増、家からの距離など条件が異なります。割引や割増計算を学びながら最も安い店を探すだけでなく、さまざまな条件がある中で自分ならどの店を選ぶかを決めます。子どもたちは、それぞれの店を選ぶ理由を検討し、活発な意見が交わされたと言います。
 

5年生の算数の授業で出された問題。※子どもの興味や単元の要素を優先し、新刊書籍にも割引があると設定した。(汐見稔幸編著『学校とは何か』より転載)

 
「割引と割増の単元ではありましたが、子どもたちが条件を比べて日常生活につなげ、自分ならどこで買うかを選び、それをみんなで共有するまでがねらいでした。実際には、子どもたちは私の想像を超えてくれました」(黒須先生)

それぞれどの店を選んだか、そしてその理由を全員で共有すると、たくさんの意見が出てきました。ある子がいくつかに分けられると気づき、次のようにまとめてくれました。

1)値段重視の考え方 Aが一番安いのでAで買う
2)距離重視の考え方 一歩も動かず買えるCで買う
3)本の状態+距離重視の考え方 本の状態が良くて距離が近いBで買う
4)本の状態+値段重視の考え方 本の状態が良くて安く買えるAで買う

「〇〇重視の考え方」という言葉は、その子から出てきたものでしたが、その言葉を子どもたちはとても気に入り、その言葉を多用しながら意見交換をはじめたと言います。絶対的に正しい選択が存在するわけではなく、「さまざまな価値観や考え方によって選択は変わる」「その人がそのとき何を重視しているかで変わる」という発見が、算数の時間にクラス全体で共有できた瞬間です。

人には自分とは異なる意見や考え方もあり、それぞれの選択には理由があることを自分たちで発見した子どもたちは、「割引・割増」の計算の技術や知識を得るだけでなく、自分とは異なる価値観を持つ人への理解も深まりました。

一つの単元、1コマの授業だけでも、日常生活とのつながりを子どもたちが発見して試行錯誤できる仕掛けを工夫できる余地はまだまだありそうです。

 
 

 
 

第11回 「困りごと」を開示する は、2025年1月23日に公開予定です。学級での困りごとを一人で解決しようとしていませんか。学校の中での教員の環境を整えることが子どもたちの環境の改善にもつながります。

※本連載は、太田氏が学校取材を担当した以下書籍より再構成、改変したものです。詳しい事例については書籍をご参照ください。

『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』(汐見稔幸 編著)
本体価格 1,000円(税別)、出版社 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631769/