「広い世界に出て行っても、この町でも、どちらでも幸せに生きていける人になってほしい」── そう語るのは、17年前に地域おこし協力隊として山形県朝日町にやってきた佐藤恒平さんだ。以来、町の人々や課題に寄り添いながら、教育と地域の境界を溶かすような独自の活動を続けてきた。
現在は同町で、地域振興サポート会社「まよひが企画」の代表として、地域振興に関わる企画・デザインからグッズ作成、施設運営、講演や出前授業まで幅広く手がけている。なかでも今回、編集部が注目したのは、日本初と言われる公立学校の校舎内に民間事業者オフィスを併設し、放課後の居場所をつくる取り組みだ。
その名も、「スキマクラス2.5組」。居場所づくりの中心となって進めてきた佐藤さん、そして、この企画を誕生から温かい目で支えている山形県朝日町教育委員会教育長や同町立朝日中学校校長にお話を伺った。
(聞き手・ベネッセ教育総合研究所 石坂 貴明)
“スキマ” で学べるローカルリベラルアーツ
「スキマクラス2.5組」は、山形県朝日町立朝日中学校(以下、「朝日中学校」)の空き教室を活用したスペースで、週2回(毎週月・木曜日)オープンする放課後の居場所だ。15時以降は、生徒と教職員なら誰でも予約なしで利用できる。
そこに置いてあるのは、机・テーブル・ソファ・リクライニングチェアといった家具のほか、PC2台、プリンター、バイクマシン、ハンモック、地政学や歴史、金融といったジャンルの書籍・マンガ、ボードゲームなど。その中には、寄付されたものもある。
大学の学生ラウンジのように、「目的がなくても、ただ居ていい」という雰囲気で、生徒たちの心理的なハードルを下げ、利用しやすくしているのが見て取れる。家庭でも学校でもない第三の場所、サードプレイスと言いたいところだが、学校内にあるので「2.5組」と名づけた。
「田舎はサードプレイスまで行く手軽な公共交通機関がないんですよ、だからセカンドプレイス(学校)に寄せてつくりました」 と佐藤さん。
教室の中央にはこの部屋専用にDIYで設えた十字型の回転式書棚があり、空間を4つのスペースに区切る役割も担っている。オープン時はもちろん、そうでない曜日も、その一角で仕事をしているのが、「スキマクラス2.5組」を企画した張本人であり、地域振興サポート会社「まよひが企画」代表の佐藤恒平さんだ。
そう、佐藤さんのオフィスは、公立中学校の校内にある。この状態、調べてみると類例が全国に無く、日本初の試みだという(朝日町教育委員会調べ)。では、なぜそのような試みが始まったのか、企画に込めた思いを佐藤さんに聞いた。
現在の学習指導要領には「社会にひらかれた教育課程」という文言が明記されている。それに対して「スキマクラス2.5組」ではコンセプトに「学校にひらかれた地域社会」を掲げている。完全に逆転の発想であり、とても興味深かったので、まずその点からお聞きした。
――― 「スキマクラス2.5組」を始めようと思ったのはなぜですか?
「これからの持続可能な地域づくりを考えたとき、地域側も能動的に学校と関わっていく必要があると考えています。朝日町コミュニティ・スクールの理念にのっとり、地域づくりのために自らを学校にひらいていこうという思いで活動を始めました。
大学卒業後、朝日町に地域おこし協力隊として来てから、実にたくさんの地元の方々との交流がありましたし、地域活性化に貢献してきたと思います。ただ、地方の過疎化は抗いようがない事実として進行し続けていますし、実は、その影響は子どもたちの学びにも及んでいるのです。
たとえば、社会へ出たときの身近なロールモデルを見つける機会や、リアルな生活の中で未知のものに興味を持つ機会が圧倒的に減ってきています。地域や社会で人とのリアルな関わりがほとんど無いまま、授業で探究活動が重要だ、そのための課題を設定しようなどと言われても、生徒たちがピンとこないのは当然です。
スマホネイティブの中学生たちであっても、実体験の多様性や質の格差によって、日々の学びのモチベーションや将来への展望が変わってくると思います。生徒に近い場所、できれば学校で、社会と触れられる機会を少しでもつくり出そうと、今の自分にできることを形にしたのがスキマクラス2.5組だったのです。
毎日会社見学してもいいですよという気持ちで、最初に施した改装は、大きな窓付きの入り口ドアなんです。生徒がいつでも僕の仕事姿を覗けるようにと」
――― 「スキマクラス2.5組」は生徒たちにどのように利用されていますか?
「生徒たちからは、うまくは言葉にできないけどここに来ればちょっとホッとできるとか、勉強や好きなことを話せる大人がいる、というような声が聞けるようになってきました。
1学年1クラスという規模の学校なので、だいたい誰が来ているかは分かります。でも、そんなに固定せずに、いろんな生徒がふらっと来てくれています」
用が無いけどふらっと立ち寄れる仕掛けが、中央に置かれた書棚に並んでいる蔵書やボードゲームの数々だ。書籍の中には、「スキマクラス2.5組」の活動に共感して、著者本人が自著を寄付して出来上がった専用コーナーもある。
カテゴリーとして多いのは、地域に関するものや、高校や大学の専門科目がテーマのマンガ、仕事や金融に関するものなど、いずれも面白そうな切り口で、人生ついて考えさせられそうなタイトルのものもある。これらの蔵書も、もちろん佐藤さんが意図的に選び、並べている。
「生まれた地域から羽ばたくために触れておくと世界観が広がりそうな教養を、僕はローカルリベラルアーツと呼んでいるんですが、ここに並ぶ蔵書はまさにそのローカルリベラルアーツを僕なりに探求した結果です」と佐藤さんは語る。
入学時には全生徒にガイダンスが行われ、「スキマクラス2.5組」の存在を知ったうえで自由に関わることができるのも安心感につながっている。だから、何気ない会話から、その生徒が興味を持ちそうな本の話をすることもよくあるし、読後の感想を言い合うこともあるという。
教員や保護者以外の大人とのフラットな関係性から生まれる発想や思考が、生徒たちの次の学びや行動のきっかけになることを佐藤さんは期待している。
スキマの良さは生徒たちだけではなく、教員たちにも
この「スキマクラス2.5組」は、生徒たちには週2日開放されているが、それ以外の曜日や時間帯には、教員たちが佐藤さんを訪れることもある。
佐藤さんの本業は地域振興のサポートなので、たとえば、先生たちが地域に密着した総合学習の授業カリキュラムなどを考える際には、さまざまな相談をすることもできる。しかも、その相談は無料で行われている。
なぜなら、佐藤さんが「スキマクラス2.5組」の企画を朝日町に持ち込んだ際に、オフィスの賃料を無料にする条件の一つとして、「教員の授業づくりの相談には無料で対応すること」が加えられているからだ。
このまさにWin-Winの関係を前提にして、佐藤さんの元には毎年各学年の先生たちから相談が寄せられるという。その内容も、「桃色ウサヒ」という佐藤さんがデザインした町のゆるキャラを活かしたイベント企画の相談から、本格的な授業づくりの共同企画まで多岐にわたる。今年度も、1年生と2年生の総合的な学習の時間、3年生の美術の授業づくりにも関わっている。
――― 「スキマクラス2.5組」があることで、先生たちの働き方や授業に変化はありましたか?
「はい、先生とは違う立場だけど、教員の忙しさや学校の業務を理解してサポート役にまわれる大人が学校の中にいることで、地域での探究活動など先生の負担が大きい授業づくりを“ひとりで抱え込まなくてもいい”という感覚が生まれていると思います」
取材中も、先生や隣町の商工会議所の関係者が訪れて、打ち合わせが行われていたが、とても楽しそう。佐藤さんならではの視点やアイデアが、それぞれに良い刺激となって、つくりたかったものに近づいている実感があるからだろう。
学校は先生たちが主役の職場でもあるので、そこの働きやすさを生み出すことが、結果としては生徒たちにポジティブな効果を及ぼすだろうというのが佐藤さんの考えだ。
「スキマクラスは僕自身の教育論を展開する場ではなく、先生や学校の方針を理解したうえで、足りない部分を補完することを目指しています。まさにスキマ産業ですね」(佐藤さん)
実際、朝日中学校の先生や校長、朝日町教育委員会からの評判も上々で、2029年に町に誕生する義務教育学校「あさひ未来学園」でも「スキマクラス2.5組」は設置される予定だという。
17年間、真摯に着実に地域で活動してきた佐藤さん。今後も目指すものは明確だ。
「この朝日町で中学校生活ができて悪くなかったと思ってほしいです。多様な価値観で世界とつながりを感じながら育ち、どこに行っても、自分で学び、考え、生きていける人になってほしい」(佐藤さん)
開設から足かけ4年。「スキマクラス2.5組」は生徒にとっては自由な地域の居場所であり、教員にとっては「ちょっと変わった便利屋」のような存在となっている。
この町で自分だからできることがあるように、全国の地域でもそれぞれにバリエーション豊かなスキマクラスが生まれてほしい。そう願う佐藤さんの実践は、学校にひらいた地域の未来に大きなヒントを灯し続けている。
地域と共に育つ朝日中学校──「スキマクラス2.5組」が育む学び
地域と連携した「スキマクラス2.5組」を中心に、子どもたちの主体性を育む総合的な学習が展開されている朝日中学校の横井真人校長にお話を伺った。
――― 「スキマクラス2.5組」があることで生徒たちはどんな成長ができましたか?
「生徒が授業で地域理解を深める際にも、日頃から築いている教員も含めた信頼関係が相乗効果を発揮しています。
たとえば、3年生の修学旅行では訪問先の早稲田商店街(こだわり商店)で、朝日町の特産品を販売するという企画を考えました。生徒たちは仕入れや販促を自ら計画し、実際に店頭に立って販売を行いました。
生徒たちは当然、お客さんから聞かれそうなことを事前学習で列挙したり、調べたり準備もしていました。その際、知っていると思っていた地元特産品のことを、案外知らなかったことに気付いた生徒も多かったようです。
ですが、実際の接客ではそこまで詳細な質問をされることはなく、むしろお客さんに褒められたり、喜んでもらえたりしたことが、とても嬉しく励みになったようです。この企画では、販売実施したこだわり商店で過去最高の売り上げを記録し、生徒たちは達成感に満ちた表情を見せていました。
2年生は、職場体験先への感謝を込めて缶バッジを制作して、町の芸術祭の来場者プレゼントとして配布しました。こうした経験を通して、授業と地域のつながりを実感できたようです。1年生は地域かるたを使って町の地理を学び、手作りの地図パズルを通じて地域理解を深めています」
こうした活動を支えるのが、地域住民やコーディネーターとの連携だ。「スキマクラス2.5組」の佐藤さんは連携の発端となるが、地域に多くの協力者のサポートが不可欠だ。
たとえば、外部講師による着付け教室や、地域芸能を学ぶプログラムなど、学校と地域の垣根を越えた学びも広がっている。中学校の文化祭と町の芸術祭を統合したイベントでは、大人と子どもが共に舞台に立ち、地域全体が一体となっているという。
横井校長は、「佐藤さんがサポートしてくれる地域を巻き込んだプロジェクト学習は、ゴールが明確だからこそ、生徒も教員も一緒に前向きに取り組めるのではないか」と語る。活動後の生徒たちの笑顔や充実した表情こそが、何よりの学習成果だという。
周囲の大人たちが生徒たちの企画に協力したり、参加したりしてくれる。試行錯誤もありながら、リアルな成功体験の積み重ねが、次の学びへのモチベーションにつながっているのではないだろうか。小さな町だからこそ実現できる教育の在り方。朝日中学校の挑戦は、これからの「ひらかれた学校づくり」のヒントを与えている。
「朝日町が大好き!」を育てる学校へ──教育長の思い
「朝日町が大好きだ!と心から言える子どもを育てたい」 朝日町教育委員会の堀俊一教育長の願いは、その一言に凝縮されている。自分たちのふるさとに誇りを持ち、外の世界でもその素晴らしさを伝えられる若者を育てたいと語る。
2022年の朝日中学校の卒業式で、ある生徒の「いつか町に帰って恩返ししたい」という答辞に、堀教育長は涙が止まらなかったという。帰ってきてくれたら本当に嬉しいが、たとえそうでなくても、生まれ育った朝日町への愛着を持つ子どもたちを育てたい。そうした思いが、2029年に同町に設置予定の義務教育学校構想の原動力となっているという。
現在、朝日町には3つの小学校があるが、2校は複式学級。保育園も1つだけで、幼少期から人間関係が固定されがちだ。そこで、保小中の異学年交流を日常化し、さらに町内外のたくさんの大人たちが学校に関わることで、多様な価値観に触れる場をつくろうとしている。
設置準備中の義務教育学校「あさひ未来学園」のコンセプトと、「スキマクラス2.5組」における実践はとても相性が良いという。ふるさとの良さを実感するのは、決して自然だけではなく、お世話になった地域の人たちである場合も多い。だからこそ、学校内にある地域の“サードプレイス”で、大人たちの働く姿を子どもたちが間近に見られる環境はとても大切だという。
一方、「スキマクラス2.5組」は佐藤さんが代表を務める会社のオフィスも兼ねる企画だったが、公立中学校の教室を民間事業者のオフィスとして使用許可することなど前代未聞。朝日町教育委員会でも、学校施設利用に関する法規や前例を調べたが、特に該当するものは無かったという。
――― 前例の無い「スキマクラス2.5組」企画案を承認された経緯は?
「結論として、考慮すべき点はあるにしても、民間事業者の使用自体が禁止されているわけではありませんでした。そこで、学校設置者である責任者が使用を許可すれば問題ないという判断をして、町長を説得しました」と堀教育長。
「スキマクラス2.5組」の企画内容が、町としても十分に評価できるものだという前提はあった。それでも、行政の中でも保守的と言われる教育行政にあって、前例が無いのならつくればいい、と言わんばかりの腹の括り方には敬意を表するしかない。
ただし、町との協定で決められた使用条件としては、オフィス利用する佐藤さんは無償で場所を使用する代わりに、先生からの相談に応じることや関連する学校運営サポートを無償で行うこと、生徒を営利目的に利用しないこと、校内に外部の仕事関係者が入る場合には学校に事前連絡をすることなどが含まれている。
――― 今後、義務教育学校設置も含めてどのような構想をお持ちですか?
「新しく生まれる義務教育学校の名前は、あさひ未来学園です。基本コンセプトは“きょういく(行く)”、“また明日”です。シンプルですが、学校に求められる最も重要なことを表現しています。学校が楽しいから今日も行く、未来のために学びたいからまた明日も行きたくなる、という意味も込められています。
そして今後は、学校を核とした地域の大人たちのコミュニティづくりを考えています。現在、朝日町でもコミュニティ・スクールを推進していますが、それを発展させた言わば “スクールコミュニティ”です。
伊達市(福島県)などのように、学校に社会教育拠点としての公民館機能を取り入れるのが理想の形であり、人生100年時代にふさわしい地域の在り方だと思います。ただし、教員の負担はこれ以上増やさないという前提は守りながらです」
朝日町では、「スキマクラス2.5組」のように可視化された仕組みを通して、地域と学校が連携した成果が着実に生まれている。そこでは、町の未来を担う子どもたちのために、力を合わせている人たちの挑戦が続いている。
【編集後記】
朝日町の事例は、喫緊の課題である教員の働き方改革を推し進めるうえで、本質的かつ有効な具体策の方向性を示すものだと感じた。なぜなら、多様化する児童生徒の個別最適な学びを実現するために、教員の負荷軽減を図りながらウェルビーイングも高めることが、真の働き方改革のはずだからだ。
いま学校や教員に求められていることを、学校や教員だけで実現することは非常に困難だ。だからこそ、学校を地域に開き、地域の人材やリソースをもっと柔軟に大胆に利活用する方策を、地域の実情に合わせてチャレンジしてみることが大切だろう。その意味で朝日町の事例は、「子どもたちの未来をつくる」という最上位概念を共有できた行政や地域の人々が、深い信頼関係をベースにして築き上げた学校支援の仕組みと言えるだろう。4年後、同町に生まれる「あさひ未来学園」でも継承される「スキマクラス2.5組」の進化形が今から楽しみだ。

石坂 貴明












