前回は、シンギュラリティ的な変化は、今リアルタイムで生まれつつあること、その結果、答えの決まった問いについて正確かつ速く答える力の育成には意味がなくなり、むしろどのような世界がほしいのか、何が意味のある問いなのかを見出す力、キカイが生み出したモノを評価し、それを修正していくその人なりの心のベクトル、またそのベースになるその人なりの「知覚」を広げ、深めていくことが大切だとお伝えしました。
今回は、そうした資質・能力を身につけた人材を育成するための教育のあり方について、考えてみましょう。

未来=「夢」×「技術」×「デザイン」

これからの「未来」には、妄想的な夢を形にするということが必要になっていきます。未来を生み出すということは「夢」を描いて、「技術」的に解き、「デザイン」的にパッケージングすることだからです(見出しに提示した方程式)。

そのためにはAIが得意とするような作業を正しく理解し、使い倒すこと、加えて、その人なりに、何を、どのように感じ、どのようなものがほしいかをちゃんと言葉などで表現できることが必要になります。可能であれば、あまりほかの人が目指さないような領域でありながら、聞く人が聞けば「!」と思える視点を見いだせる人が望ましい。指示待ちの人の価値はとにかくなくなっていきます。

また、現在は産業の壁が一気に崩れて、新しい形に組み変わっていく瞬間であり、自分が得意な領域に閉じた「非コミュ」の専門家の価値が低くなる時代でもあります。人と人とのかかわり合いから現状を知り、価値提供の方向性を見出し、人を動かす集合知(collective intelligence)の時代に突入します。机の前にただ向かうだけでなく、創りたい未来のために必要な様々な人を巻き込み、問いを投げかけ、知恵を生み出す人をうまく育てられるか、これがとても重要です。

人には自分の理想や夢からエネルギーを得る内向的(introvert)な人と、人とのインタラクションからエネルギーを得る外向的(extrovert)な人がいますが、この話とは別です。内向性の方も(僕もそうです)、人と話す自信とチャーム(コミュニケ―ション力)を育てるべきだということです。

例えば、今、最先端のEVを作ろうとすると、従来の足回りの技術だけでなく、強いモーターシステム、AI的なフロントエンド、シャシーを作り上げる大型ロボット、その材料となる特殊な圧延可能な金属、重量の半分ぐらいを占めるバッテリーが、例えば必要ですが、共同して価値を生み出すということは、このすべての方々と話せる能力が例えば重要になります。作業現場はキカイが相当部分やるので、その辺りに価値の中心が移るのです。

ちょっと強烈すぎるかもしれませんが、Apple社の共同創業者であるスティーブ・ジョブズ氏や、テスラ社のイーロン・マスク氏などはその最たる例でしょう。ごく一部だとしても、この歴史的な技術革新期において、新たな産業や技術革新を生み出す、異質でリーダー的な人材は不可欠です。それは、何ごとにも疑問を持ち、自ら果敢に取り組む、そして決してその実現を諦めない人なのです。

前回述べたとおり、AIがこれだけ一気に花開き、社会のインフラになっていく時代においては、様々な分野の価値がわかる幅広い知覚を育成するために文理の壁を超えた関心、教養を育てる必要があります。

これまでとは比較にならないほど、母国語や世界語(今は英語だが、これからは中国語も加わる)で明晰かつ自分の言葉でモノを考え、表現できることは大切になります。現在、実際にこれができる人はほんの一握りですが、それが相当の割合になる必要があります。また、これまで以上に正しく問いを立て、それについて分析的にアプローチできる力が大切になります。現在、これもできる人は本当にわずかです(参考:安宅和人「イシューからはじめよ」英治出版2010)。加えて、当然のことながらAI×データ時代に即した数理、統計、情報系の素養、それに基づいてデータやAIの力を解き放てる能力が必須になっていきます。

日本の教育システムは、いまだ文系・理系の分断が大きく、数理データサイエンスAIを扱うのは「理系」の仕事とする風潮がありますが、世界では既に文理の区別をすること自体が意味を成さなくなっています。私が1997年からPhD取得のためにアメリカに留学していた時も、大学に入ってから物理と経済、歴史と数学などという、日本で言うところの文理の壁を超えた(彼らにはその意識はありません)ダブルメジャー(2つの専攻を持つこと)を持つような学生は珍しくありませんでした。

また、これからはどのような専門職においても数理データサイエンスAI素養が前提となっていく可能性が高い。例えば、テスラ社が本国で募集している人材要件をウェブサイトで調べてみると、流通部門では、「流通戦略に明るく、応用数学に強みがあって、データ言語も操れる人」と示されています。もはや文系・理系の区別は関係なく、しかもデータリテラシーが必須とされていることが分かると思います。それはあくまで一例ですが、そうした人材を1人でも多く輩出できるかどうかに、日本の未来はかかっています。林文科大臣の時代に打ち出したとおり、早々に文理分断型の教育をやめるべきであり、高校卒業までにある程度のリテラシーを身につけるべきです。半数は高校卒業後、そのまま社会に出てしまうわけですから。

すぐに実践可能な指導のヒント

数理データサイエンスAI領域の強化は国単位で一気に進めているところですので、ある程度は進むと思います。学校の先生方が、目の前の児童・生徒に対して、今からできることは何でしょうか。ポイントとなるキーワードをいくつか挙げます。

●異質な存在を排除せず、見守る
私が先生方に最も強く伝えたいのは、先程も述べましたが「異人をつぶさないで」ということです。社会のリーダー的な存在となる人は、何かに突き抜けた才能を持っていることが多いですが、周囲の人からは、常識の枠からはずれた「問題児」として見られがちです。実は、私自身も学校では異質な存在として扱われていましたが、ありのままの自分を大切にしてきたことが今につながっていると思います。ものの善悪などの根源的な倫理は、しっかりと身につけてもらう必要がありますが、集団活動や一斉指導に適応することができないからといって、彼らのユニークな視点をむげに否定せず、できるだけ温かく見守ってください。

●健全な懐疑心とゼロベースでの判断力を育む(ルールで縛らない)
子どもたちは、今の大人にとっての常識や成功体験が意味をなさない世界を生きることになります(今の大人もそうです)。そんな彼らに、「大人の世界はこういうものだ」と、特定の物差しを強要することは意味がありません。必要なのは、想定外の状況に直面した時に何をすべきかを、自分自身の基準で冷静に判断する力です。空気や権威的な存在に惑わされることなく、おかしいことがあればそれに気づき、感覚ではなく、事実やデータに基づいて判断し、自分自身の考えを持てる心の強さと態度が必要なのです。その力がなければデータサイエンスを学ぶ意味などありません。そのためには、上司や権威を振りかざし頭ごなしに何かを言ったり、大人がつくったルールを一方的にあてはめたりしないことが大切です。

●言語化を促す
今後は、他者と協働して問題を解決し、新たな価値を生み出すことが一層求められます。どんなに優れたすごいことでも、自己完結的に黙々と行っているだけでは周囲に認められません。引っ込み思案にならず、自分の考えを言語化し、他者に伝える訓練が必要です。まずは自信であり、その人らしいチャーム(魅力)を大切に育てることです。この根底にあるのは技能の問題ではないのです。また、自説の説得力を高めるためにデータ(エビデンス)を使うことや、相手の考えを受け止めるコミュニケーション力の育成も大切です。

●自分が子どもだったら受けたかった授業の実現
各学校段階や学年で学ぶべきことは学習指導要領で定められていますが、その「学ぶべきこと」に関して、児童・生徒が何か疑問や課題に感じることがなければ、学ぶ意欲は湧いてきません。そのため、授業での導入時の問いがとても重要です。なぜなら、問いの答えだけでなく、答えに至るまでの、知識を得たり、試行錯誤したりする経験は、とても楽しく豊かで、その後の人生にも役立つものだからです。また、問いの中身が、自分事として腑に落ちるほど、学習効果も高く、次の問いが自然と出てきて、主体的に学びを深めていくことができます。そうした授業はきっと先生方が子どもの頃に受けたかった授業なのだと思います。問題解決能力の育成は総合的な探究の時間だけではなく、日々の授業の中で育むようにしたいものです。

●楽観性と自己効力感の育成
その人の力を最大限に発揮するためには、「何とかなるんじゃないか」といった自信や楽観性、自己効力感が大切です。自分にとってマイナスの出来事に直面した時に、心が折れることなく乗り越える強さがないと、たとえ学力が高くても、最悪の場合、罪を犯すこともあり得ます。そうならない心の強さを育てる機会を数多く設けてほしいと思います。

社会をハックする人材育成を

これまで優秀な層とされる人たちと仕事をしてきましたし、新卒採用や育成をしてきましたが、これまでの日本の教育は、今回お話した力や心を十分には育めていなかったことは私の経験上、ほぼ明らかです。私がこれまで出会った、これらの力がある人の多くがある種、既存の教育にうまく適応できなかったり、大変に苦労した社会の外れ値(outlier)として育ったりしてきているからです。
しかし、もう待ったなしです。幸い日本は、全国どこに住んでいても、どのような成育環境にあっても、比較的同質の基礎教育を受けることができます。1人でも多くの子どもの才能を開花させるとともに、すべての子どもの能力を底上げすることに尽力する教職ほど尊く、価値のある職業はほかにありません。ぜひ、これからの時代に必要な力を身につけ、社会をハックできる(技術力を駆使して操る)ような人材を育ててほしいなと願っています。そのためには、先生方はどういう指導をするとよりよいのか、今一度振り返り、日本を明るい未来に導いていっていただけたら幸いです。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

安宅和人(あたか・かずと)

慶應義塾大学 環境情報学部教授、Zホールディングス株式会社 シニアストラテジスト

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