卒業までに必ず全員が起業する大学、日本政府でデジタル知財戦略を検討する委員会、お笑い芸能事務所――いずれも私が現在進行形でかかわっている組織です。一見、何の関係もないと思われるかもしれませんが、共通するのは「誰もが活躍する場や土台をつくる」という、私のこだわりであり強みを生かしたものです。人を育てる環境をつくるという意味で、教育にかかわる方の役割も似た部分があるかもしれません。これからお話しする私自身の経験を、これからの教育や学びについて考えるきっかけとしていただければと思います。

大学も法律も
つくることにかかわってきた

現在学長を務めているiU(情報経営イノベーション専門職大学)は、私が構想メンバーの中心となって設立した大学です。米国などではあたり前のように行われているけれども、日本ではあまり見られない、産学連携による新たなアイデアや商品・サービスの創出の場をつくりたいという強い思いが設立のきっかけでした(iUの特徴や詳しい設立のきっかけは次回参照)。

大学をつくる前の私は、米国と日本を行き来しながら、子どもとメディアをつなぐ学びや研究の場づくりにかかわり、さらにその前は、郵政省(現総務省)で法律をつくっていました。それが社会人としての初キャリアです。今思うと、ずっとつくるということにかかわってきました。

約15年間にわたる官僚生活では、通信・放送の融合やインターネットなど、デジタル関連分野の政策に携わる中で、様々な法案をつくりました。ちょうどインターネットの商業化が進み、文化や経済に大きな影響を与えるようになった頃です。もともとやりたかった仕事でしたので、やりがいも感じていました。

官僚時代に身についたのは、個別の問題を一般化して考えたり、その問題の周囲までを俯瞰的、全体的に見回したりする力です。業務上そうした思考が要求されるため、自然に身についた癖のようなものかもしれません。何か問題が生じた時に、1つ上の概念から捉えて整理してみることで、問題解決の糸口を考えやすくなります。それはたとえ官僚を目指さなくても、どのような仕事についても必要な力の1つだと思います。

音楽の才能あふれる友人に出会い挫折。
就活は全敗

大学在学中に打ち込んでいたのが音楽です。とにかく没頭して、曲を作り、軽音楽のバンドをプロデュースしていました。勉強はあまり熱心ではありませんでしたが、振り返ると、大学生活は自分にとって非常に意義のあるものだったと思います。人生で最初の大きな挫折を経験したのがこの時期だったからです。自分には到底太刀打ちできないほどの才能にあふれた友人たちに出会い、どんなに音楽が好きでも超えられない、彼らとの差を見せつけられました。そこで、大学卒業後は会社勤めをしようと就職活動をしましたが、結果は全敗。とても痛い経験でした。

進む道が見えなくなり、自分にできることは何だろうと悩み、自問自答した結果、芸術や音楽などの表現活動で活躍する人たちをプロデュースするような、彼らを支える立場の仕事に就きたいと考えるに至りました。すぐに思いつくのは映像や広告、放送業界などです。しかし、それらを丸ごと管轄するようなところはどこかと考えた時、それは郵政省であることに気づきました。当時の郵政省は、現在の放送法や電気通信事業法など、メディアや情報通信に関する事業も管轄していました。ただ、勉強からは縁遠い大学生活を送っていたため、1年留年し、国家公務員試験の準備をすることにしたのです。猛勉強の末、翌年の国家公務員試験に合格し、入省することができました。芸術の世界とは異なり、努力すればするほど報われるのが勉強です。国家公務員試験も本当に努力しましたし、大学受験の時も同じでした。壁にぶちあたった時や自分に自信を持てない時こそ何とかしようと思い、必死に勉強して乗り越えてきました。今の自分はその積み重ねでしかありません。

京都大学在学時代、音楽活動に夢中になった。ベースを担当。

どんな時でもワクワクして面白がることができるか

小中高生の頃はどんな子どもだったかというと、当時から音楽、図画工作、家庭科は得意でしたが、それ以外はパッとせず、よくいたずらをしては先生に叱られ、部活動はずっと補欠の野球部員で、異性にはモテず、下ばかり向いていました。家が裕福ではなかったこともあり、何かにつけて、「そんなことできるわけがない」と思い込んでしまっていました。ただ、それでも毎日を楽しく過ごしていたのを覚えています。恐らく、恵まれ過ぎない環境で育ったからこそ、嫌なことやつらいことがあっても落ち込み過ぎず、「何とかなるよね」と、前向きに思考する力が自然と身についたのだと思います。加えて、母親を始め、身近な人たちが同じような考え方で自分を信じてくれていたことや、根っからの関西人気質で、お笑いが大好きなことも関係していそうです。

そのような、その時の状況をポジティブに捉えて面白がることができる力は、将来を生きる上で非常に重要な力だと断言できます。なぜならば、勉強でも仕事でも遊びでも、それをする理由が、「役に立つ」ことよりも、「とにかく面白い」「やっていること自体が楽しい、ワクワクする」ことである方が長く続き、伸び幅も大きく、よい結果が出るからです。私が学長として教職員や学生から提案や相談を受ける際も、まずは「それをあなたは面白がっていますか」と尋ねます。実は日本人は、この「面白がれる」「楽しむ」力がとても優れています。例えば、米国において新しい何かを事業化する際の判断基準は、「役に立つか」「より便利になるか」です。ロボットと聞いて多くの米国人が想像するのは、企業の生産ラインや介護領域で活躍する極めて機械的なロボットです。一方、日本ではどうでしょう。ドラえもんや鉄腕アトムなど、アニメーションや漫画に出てくる夢と人間味があふれるロボットを思い浮かべる人が多いはずです。それは、日本人の方が、ロボットの存在自体にワクワクしたり、興味を持ったりすることができるからなのです。

今後は、社会のAI化がさらに進み、予測不可能な変化が次々と起きるでしょう。そうした変化を受け入れ、それをきっかけに新たな夢やアイデアを持ち、実際に形にしていく力が求められます。その原点が、来たる変化を「楽しむ力」なのです。本学のモットーも、「変化を楽しみ、自ら学び、革新を想像する」です。とりわけ「変化を楽しむ」ことを重視しています。学校や家庭でも、ぜひ、「変化を楽しむ」力を育むような環境づくりや声かけを、心がけていただきたいと思います。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

中村伊知哉ブログhttp://www.ichiya.org/

中村伊知哉(なかむら・いちや)

iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長

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