前回は、私自身のキャリアを振り返りながら、「変化を楽しむ力」の重要性をお話ししました。今回は、AI化が進むこれからの社会においてもう1つの大切なキーワードと、これからの学びにおける大人の役割などについてお話しします。

大人と子どもがともに学び続ける社会が到来

AI化が進み、常に予測不可能な状態で変化を続けるこれからの時代は、来たる「変化を楽しむ」ことに加えて、「学び続ける」ことが非常に大切です。

絶え間なく変化する世の中で、学生時代に学んだことが一生通用するはずがありません。例えば、世界最古の壁画は、フランスにあるラスコーの洞窟だと学生時代に習いました。今は違います。ラスコーの壁画からさらに4万年以上さかのぼり、スペインのラパシエガで洞窟壁画が発見され、最古の歴史を塗り替えました。同様のことがすべての領域で起きています。それが日常生活にかかわることであれば、理解し、使いこなしていく必要があります。しかし、新しいことなので、過去の知識では教えることができません。これまでは、「教える人=大人」、「教わる人=子どもや若者」といった図式が成り立ちましたが、今後は、年齢に関係なく、大人も子どもも一緒に学ぶことが必要になってきます。むしろ、新しいものに敏感で柔軟に対応できる若者から大人が教わることが当然の社会になっていくべきです。私自身も、最新の情報は学生から仕入れることが多いです。その情報を使いながら、「じゃあ、こんな時はどうする?」などと議論しながら、学びをともに深めていくのが私のスタイルです。

卒業までに必ず起業経験を積ませるiU

AI技術の進展は社会の変化のスピードを速め、変化する方向やその中身を、多様で予測不可能なものにします。それに伴い、社会における地位や幸福度に対する価値観も変化し、多様化していきます。実際、ユーチューバーやお笑い芸人が人気を博しているように、それぞれの人が様々な分野で夢を広げ、活躍し、楽しく生きられる世の中になってきたのは素晴らしい変化だと思います。大人の役割は、そのような道を理解し、広げ、子どもたち一人ひとりの選択を支援することではないでしょうか。

私が学長を務めているiU(情報経営イノベーション専門職大学)は、そうした思いの延長線上にあります。人の生き方が多様化する中で、自分がやりたい、進みたいと思った道を進めるような土台をつくり、活動の居場所となることを、iUは目指しています。本学の特徴の1つとして、学生全員が卒業するまでに必ず1回は起業するということがありますが、目的は起業に成功することではありません。おそらく多くの学生は、起業に失敗すると思います。しかし、そこで得た経験こそが最大の学びであり、起業カリキュラムの目的です。現在は1、2年次に基礎を学び、3年次にインターンシップを体験して、最終学年の4年次に起業するという段階を踏むようにしていますが、起業を希望する意欲が1年次から非常に高いことに驚いています。彼らの関心は、シリコンバレーに代表されるような億万長者になることではなく、1人暮らしのお年寄りの支援やシャッター商店街の再生など、身近な社会問題の解決やサステナブルな社会づくりにあります。我々も、柔軟に対応する必要性を感じており、彼らの姿に学ぶとともに、今後はもっと早いタイミングで起業するケースを増やしていく予定です。

iUには、起業するために必要な知識を実践しながら学ぶ4年間必修の授業「イノベーションプロジェクト」がある。写真は、各カリキュラムの最終授業に行うビジネスピッチコンテストにおいて、2022年度の1年生の部で優勝したチーム。ビジネスプランは「車椅子の鉄道利用者が簡単に予約することができるアプリ・サービスの開発」。

米国にアイデアを得て、官民連携の場を創る

そうした学生の成長に加えて、産業界と連携した学びのプラットフォームとして新たなアイデアや商品・サービスを創り出すことも、本学のミッションの1つです。例えばGoogleは、スタンフォード大学の学生が創業しましたし、マイクロソフトやMeta(旧Facebook)も、創業者がハーバード大学在籍時に誕生しました。そうした起業家精神に富む気風や、革新的なアイデアを現実のものとする支援の仕組みが、日本の大学にはないことに強い問題意識を感じていました。私は、郵政省を辞めた後、米国のマサチューセッツ工科大学(通称:MIT)やスタンフォード大学にかかわりましたが、MITでもスタンフォード大学でも、実に様々な領域において産学連携を進めている様子を目のあたりにしました。それらを日本流に解釈・アレンジしてつくったのがiUです。米国では、利便性や効率性を高めるアイデアが事業化されやすいのですが、日本では、もう少し自由で、面白いアイデアを形にする緩やかな場をつくりたいと思っています。それは、「面白いことを楽しむ」という日本の強み(前回参照)を生かせると考えているからです。

自ら学ぶ姿勢を身につけさせるために、
もっと子どもに学びを任せる

学びは、決められたことを勉強するだけではなく、「これを勉強しないといけないな」と、自分自身で強く思ってからが本番です。目的意識があるからこそ、挫折があっても乗り越えていけるようにもなります。高校卒業までは、小学校から中学校、高校、大学等と、上の学校に進むというゴールに向かって勉強していけばよいのですが、大学入学後、次のゴールを決めるのは自分自身です。就職、大学院進学、留学、そのほかいくつもの道があり、難易度も様々です。私は、高校までは実技系科目が得意でしたが、それ以外は本当に苦手でした。国語や数学の成績をほめられた記憶はありません。大学に入るために受験勉強をし、いわゆる左脳を鍛えることはできましたが、私が本来得意なのは、いわゆる右脳の領域だと思っています。大学では、音楽活動を始め、右脳を思う存分使うことができました。自分の強みや本当に勉強したいことを自覚し、次のゴールを自分自身で定め、それに対して好きなように学べる自由を、私は大学に入ってから知りました。皆さんの目の前にいる子どもたちは、その自由をどのように使うでしょうか。

これまでの常識が通用しない世界を生きる子どもたちには、自ら学ぶ姿勢を身につけることが不可欠で、そのためには、周囲の大人が子どもに「学ぶことを任せる」べきだと考えます。今後、大人が子どもに指導すべきことは、どんどん限られていきます。学びに関しても同様です。大学入学後の自由を享受するためにも、基礎的な学力を身につける高校までの勉強はとても大事ですが、そこでの学び方も、もっと子どもたちに任せられる部分があるのではないでしょうか。一方で、基本的な生活習慣や社会のルールといった、いかにAI化が進んでも必要なことは、大人がしっかり身につけさせてください。そして、高校までの大切な期間を学校や家庭がサポートし、来たる変化を楽しむことができる人たちでいっぱいになることを願っています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

中村伊知哉ブログhttp://www.ichiya.org/

中村伊知哉(なかむら・いちや)

iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長

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