私は、専門家としての医学・心理学・教育学を中心とする学術的な知見と、大学生の娘を持つ母としての経験から、保護者や教育関係者に「正しい脳の育て方」を、長年にわたり伝えてきました。子どもの健全な発達に関して学術的に明らかなことでも、社会では周知されていないことや、知っていても実践が難しいことが数多くあります。今回は、そうしたことの中から、私が大切だと思うことをいくつかご紹介します。

連休明けに体調を崩す子どもが多いのはなぜか?

学校の長期休みが明けるタイミングは、不登校になる子どもが増えることが知られています。中でも、ゴールデンウィーク明けの時期は、子どもの様子を注意深く見ることが必要です。私は小児科医・発達脳科学者の立場から「子育て科学アクシス」という、複数の専門家による親子支援事業を開設し、代表を務めています。これまで数多くの親子に接してきましたが、ゴールデンウィーク明けに不登校になる原因の多くは、連休中の生活状況ではなく、4月中の頑張りによる疲れの表出にあります。環境や人間関係が変わり、緊張感のある毎日を過ごしながら十分な睡眠時間が取れずにいると、体が疲弊して自律神経のバランスが壊れ、いざ連休が明けて学校に行こうとしても、体が動かなくなってしまうのです。

連休前後で何らかの子どもの変化を感じたら、無理に学校に行かせる必要はありません。まずは、体調の回復を優先すべきです。回復の基本は、「きちんと寝て、起きる」です。もし、連休中にゲーム漬けになってしまっていたら、「自分の体調を整えるためには必要だ」ということを本人に伝えた上で、例えば「夜8時にはゲームを親に預けて9時に寝る。その分、早く起きる」といった約束をして実践してみましょう。実践を通じて、必ず子どもの体調は改善していきますから、子どもも早く寝ることの意義を理解していくはずです。

科学的に望ましい睡眠時間の確保を

「きちんと寝る」とは、具体的には、どのくらいの睡眠時間が取れていることなのでしょうか。乳児期は多くの時間を寝て過ごすため、あまり気にする必要はありません。3歳児であれば、理想的な睡眠時間は1日12時間程度です。このうち11時間は夜間の連続した睡眠時間で、残る1時間は日中の昼寝時間です。11時間を確保するためには、起床時間を朝6時とした場合は、夜7時に就寝しないといけません。それは現実的ではないという家庭は、総睡眠時間を1時間減らして10時間にし、起床は朝6時で、就寝が夜8時、昼寝を1時間とすれば、比較的実践しやすいと思います。そして、5歳になるまでに昼寝の時間を徐々に減らしていきます。5歳で昼寝をなくすのが理想ですが、あまり神経質になると親が焦ってしまいストレスになるため、目安程度で構いません。

小学生の場合、理想的な1日の睡眠時間は10時間程度です。しかし、それを実現するには、夜8時に就寝する必要があり、現代の子どもにとって難しさもあるでしょう。そこで私は、睡眠時間を1時間減らして最低9時間は確保するようにと伝えています。そうすると、就寝時間は夜9時となり、実践しやすくなるのではないでしょうか。中学生・高校生の場合も同様に考えます。理想的な睡眠時間は9時間程度ですが、現実を踏まえて8時間程度とし、夜10時には就寝して、朝6時に起きるようにします。大人の場合も、理想の睡眠時間は8時間ですが、できるだけ7時間は確保するようにしましょう。様々な疾患の発症率と睡眠時間との間に関係があることが分かってきているため、夜11時には就寝して、朝6時に起床することを勧めています。

なお、いずれの学齢の子どもも理想の起床時間を朝6時としている理由は、主に2つあります。1つは、季節や地域によって多少異なるものの、朝6時は太陽が昇る時間に近いこと。もう1つは、家を出る時間の1時間半前から2時間前には起床する必要があることです。学童期の標準的な登校時刻から逆算すると、家を出る時間は朝7時30分から45分くらいで、その1時間半前がおおむね6時です。生理学的に説明すると、朝5時ごろから体温が上がり、6時ごろにコルチゾールやセロトニンといった人間の活動中に分泌されるホルモンの分泌が始まり、7時ごろに脳が活性化していきます。加えて、夕食の内容物が消化されるのが夜の睡眠中であるため、排便は朝に行うのが理想です。朝が慌ただしいと排便の時間が十分に取れないため、便秘を防ぐためにも朝は余裕をもって起きることが大切です。

図中の睡眠時間は、理想的な睡眠時間を表している。この睡眠時間を確保することが難しい場合は、表示されている時間から1時間程度減らしてもよい。
※成田奈緒子『高学歴親という病』(講談社)から引用。

脳は3段階で発達していく

ではなぜ、子どもの発達には幼少期から十分な睡眠時間を確保することが大切なのでしょうか? それは、脳の発達の仕方に関係があります。人間の脳は、大きく分けて3つのステップを踏んで発達していきます。初めに発達するのは、「からだの脳」です。生まれてから5歳くらいまでの間に、「寝る、起きる、食べる、体を動かして危険から身を守る」といった、人間の原始的な機能が発達します。次に、「からだの脳」と一部並行しながら、「話す、考える、思った通りに体を動かす」といった「おりこうさんの脳」が小中学校段階の時期を中心に発達します。最後に、10~18歳ごろにかけて、人間ならではの最も高度な機能である、論理的思考や感情の統制といった「こころの脳」が発達します。

ポイントは、「おりこうさんの脳」や「こころの脳」が発達するためには、それぞれ前のステップの脳が十分に発達している必要がある、という点です。その意味でも、すべての土台となる「からだの脳」は大切です。ここをしっかりと育てないまま、小学校レベル以上の高度な早期教育に力を入れても効果がありません。しかも、睡眠習慣や食習慣は、年齢が上がるにつれて子どもの嗜好が固定化されたり、誘惑が増えたりするため、理想に近づけることが困難になります。保護者が主導できる乳幼児期にそれらを習慣化する方が容易であり、その支援こそが、保護者が子どもに対して果たすべき最も重要な責務だと私は考えています。

ただし、脳は 「可塑性(かそせい)」といって、いくつになっても成長させることが可能です。例えば、中学生以上になってからでも、睡眠習慣の乱れを直すことはできます。家族だけでの立て直しが難しければ、本人が納得した上で専門家が介入するのも効果的です。

※成田奈緒子『高学歴親という病』(講談社)から引用。

脳が活性化しないと、授業の内容は頭に入らない

私は教育学部に在籍しているため、小学校や特別支援学校に行く機会が多くあります。子どもたちの様子を見ていると、1時間目はまだエンジンがかかっていない状態の子どもがとても多いことを危惧しています。それは、きちんと寝ていない、起きられていない証拠です。そうした子どもは、5歳までの脳の発達が未熟で、学習内容がきちんと脳に入らないため、どんなに先生方が工夫して素晴らしい授業を行っても、その効果は限定的なものになってしまいます。

ですから家庭では、とにかく十分な睡眠時間を確保して、朝はしっかりと目覚めさせることを徹底してください。私もずっと仕事を続けてきましたが、娘が幼い頃の育児でしてきたことは、夫と交代でとにかく娘を夜8時に寝かしつけることだけと言っても過言ではありません。2人ともどうしても夜8時に帰れない時には、ベビーシッターさんを頼み、寝かしつけてもらっていました。娘は小学校に上がってからは、夜8時には自ら眠いと言って寝るようになり、大学生になった今でも早寝早起きは変わりません。家族だんらんの時間は朝に取るのが、その頃から変わらない我が家の習慣です。

学校でできることには限りがありますが、ある学校では、保護者の仕事の関係などで朝の始業時間までの登校が難しかった児童に対し、始業時間前に、10分程度の学習支援の時間を設ける試みを始めました。朝のそうした取り組みは、脳の活性化を助けることができますし、早起きすることの動機づけになります。サポートを根気強く続けた結果、この子どもの学力は大幅に伸び、その子が高学年になる頃には自ら簡単な朝ごはんを作り、食べてから登校できるまでになりました。生活習慣の立て直しには、まずは「朝、起きる」ということから始めるのがお勧めです。先生方は多忙ですので、そうした支援が可能な学校ばかりではないと思いますが、学習習慣や学習への向き合い方に課題がある子どもがクラスにいる場合は、まずは生活習慣の立て直しについて保護者とも連携しながら考えていただくのがよいと思います。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

本記事に関連した内容についてより詳しく知りたい方は、こちらの書籍をぜひご覧ください。

成田 奈緒子(なりた・なおこ)

文教大学教育学部特別支援教育専修 教授
日本小児科学会認定小児科専門医・発達脳科学者
子育て科学アクシス 代表

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