生まれ育った環境にかかわらず、学びのきっかけをつかんでほしい

生まれ育った地域や家庭などの違いによって、子どもの将来の可能性が大きく左右されるようなことなく、どんな状況にあっても、すべての10代が、未来を創り出す意欲と創造性を育める社会になってほしい――そう願い続けて20年になります。私が代表を務める認定NPO法人カタリバ(認定特定非営利活動法人カタリバ)は、2001年に設立以来、その願いを、様々な活動を通して具現化すべく取り組んできました。探究学習やキャリア教育のプログラム、災害によって生活環境や学校生活が変わってしまった子どもたちに居場所と学びの場を届ける放課後施設、学校や塾とは違うことに挑戦できる第3の居場所づくり、家庭環境等に課題を抱える子どもたちに学習支援や食事支援を行う居場所づくりなど、全国の10代を主な対象として、子どもの状況に応じた支援を行っています。

このような活動を始めたきっかけには、私自身の経験があります。私の故郷は、岐阜県の飛騨高山です。地元の同級生たちは、家庭環境も様々で、経済力や学力にも幅がありました。高校を卒業したら地元企業に就職する人が多く、大学進学を決め上京する人は少数派でした。ある意味で、今でも地域を守ってくれている人たちだと感謝をしていますが、一方で、神奈川の大学に進学して私が目にしたのは、経済的に恵まれ、学力水準が高く、自己肯定感も高い学生たちの姿でした。周りの学生のハイレベルな会話に自信を失うこともありましたが、大学には、誰もが自分の考えを発言し合える心理的安全性が確保された環境があり、周りの人たちは私の話に耳を傾け、ディスカッションを通して考えを深める機会をくれました。次第に、そうしたコミュニティーで議論したり、学び合ったりすることに面白さを感じるようになり、自信を持って様々な活動に挑戦できるようになっていきました。大学時代に得た学術的な知識や豊かな人間関係、自己肯定感といったものの多くは、故郷で暮らしているだけでは経験できなかったかもしれません。

しかし同時に、違和感も覚え始めました。教育にお金がかけられる家庭環境で生まれ育ち、様々な機会を経て大学生になった友人たちの多くが、今ここに立っていることを、自身の成果だという感覚しか持っていないようにも思ったのです。「ビリギャル」は話題になりましたが、ビリギャルになることを許容できる(例えば、私立を選択できる、個別指導塾に通えるなど)環境がそこにはあったはずです。子どもが努力できる環境には、リソース的な格差があります。それを踏まえずに、選ばれた人たちだけで集まり、キャンパスの外にどんな想いをもって生きる人がいるのか知らないまま大人になっていく人が多く、そして彼らこそが、社会のルールメイキングをするリーダーになっていくということに、圧倒的なリアリティとの断絶を感じました。これが私の、言語化しにくい違和感の正体でした。

私は幸いにして、地元と都会という2つの世界を知る機会に恵まれましたが、生まれ育った環境により出会いや体験などの学びの機会が限定されてしまう、そうした「機会の格差」を何とかしたいと思ったのです。

学びのきっかけを地域資源にも見出す教育活動を

子どもが変わり成長する、学びのきっかけは、私の場合は上京と大学進学でしたが、それは人によって異なり、また、予測不可能なものです。大人ができることは、きっかけとなりそうな種をたくさんまいておくことなのではないかと思います。その種まきは、学校の中だけで、教師だけが担う時代ではなくなってきていて、オンライン技術や、その地域にある資源を活用することで、より豊かな種まきが可能になると考えています。

カタリバが提供しているプログラムの事例なのですが、岩手県立大槌(おおつち)高校は、全校生徒数が150人程度で、2011年の東日本大震災において大きな被害を受けた地域にあります。被災地特有の難しい状況に加えて、地方の小規模校であるために、物的資源にも限りがあり、学習カリキュラムやキャリアの選択肢も少ない環境で生徒たちは過ごしています。そうした課題を解決するひとつの方法として同校で行っている取り組みの1つが、「学校横断型探究プロジェクト」です。山形県と熊本県にある小規模校同士がオンラインでつながり、合計3校150人の生徒がともに探究学習を行っています。校内に自分と同じようなテーマで探究学習を行っている同級生がいないとしても、それが3校に広がれば、自分と同じようなテーマで探究学習を行っている高校生に出会うことができる可能性が高まります。そして、同じようなテーマを、異なる地域の異なる視点で捉えている高校生と対話をすることで、子どもたちにとって大きな刺激となっているようです。

学びのきっかけは、身近な場所にも存在します。それを掘り起こしてつなげるような、地域資源を活用する活動も、カタリバは支援しています。大槌高校では、町内にある大学の海洋研究センターと連携し、任意の海洋研究会を立ち上げました。それまで、同校は研究センターとはわずか数キロメートルの距離にありながら、つながりを持っていなかったのですが、現在は、同研究会に入りたくて県外から大槌高校を志望する生徒もいるほど、盛んな連携となりました。大学進学率が高くない地域で、大学進学に強い意欲を持っていない生徒も多いのですが、最先端の研究者と話す機会が増えたことで、それまでイメージを持てていなかった大学進学に魅力を感じ、自然科学系の進路を目指そうとしている地元の生徒も複数出てきていると聞いています。

学びのきっかけを増やし、新しい世界との出合いを

地域を超えた学びのきっかけづくりの一環として、2020年より、「カタリバオンライン for teens」という、ウェブ会議システム(Zoom)を使用した中高生向けのオンラインコミュニティーサービスにも取り組んでいます。子どもたちは、毎週開催されるレギュラープログラムや、様々な道の専門家によるスペシャルプログラムなど、数あるプログラムの中から、生徒個人が興味のあるものに無料で参加登録して学ぶことができます()。同世代や大学生の先輩と一緒に勉強したり、社会人にインタビューをして今後の進路について考えたり、探究学習の進捗やそこで得られた学びを共有し合ったりする中で、普段は得られない刺激を受けながら、学びの世界を広げています。

学びのきっかけを増やすためには、子どもを、それまで過ごしてきた世界や価値観の外に連れ出すことが大切だと考えています。学校単体でできることには限りがあったり、先生方が、ご自身の専門外である生徒一人ひとりの興味や関心事にじっくりと向き合う時間を確保することも難しかったりすると思うので、社会にあふれる情報や私たちのようなNPOや外部人材を活用するなど、地域の方々との協働によって、学校の教育活動はさらに充実し、生徒が得た学びはやがて地域にも広がっていくのではないかと思います。

図:「カタリバオンライン for teens」:プレゼンテーション技術の基礎を学ぶプログラムの説明画面

リフレーミングで子どもに気づきを促す

探究学習の実践が全国で広がりつつありますが、学校における探究学習を、生徒の学びやキャリア形成のきっかけとなるようなものにするためのポイントは、「リフレーミング」にあると考えています。学びの種は、身近にあっても子ども自身は気づいていないことが多いため、先生や学びをファシリテートする人が、それに気づかせ、価値づける(=リフレーミングする)ことで、質の高い課題設定や学習意欲の向上につなげていく。また、生徒が出合った学びの種が、学校外のものであっても、先生やファシリテートする人がリフレーミングすることで、その学びの効果をより高めることができると思います。

さらに、そうした学校外の世界に広がっている無数の学びの種を、先生やファシリテーター自身も探究者となって見つけることが、実は最も大切なポイントかもしれません。「カタリバオンライン for teens」は一例でしたが、地域や学校の状況にかかわらず、様々な学びのきっかけにつながるコンテンツやサービスが、世界はもちろん、日本でも数多く開発・実践されています。先生方には、ぜひそうしたリソースを積極的に探して活用し、学校をよりよくすることにつなげていただけたらと考えています。そのためには、若手の先生方の可能性を信じて、挑戦するステージを用意することも大切かもしれません。探究的な先生方の姿は、それを見た生徒はもちろん、他の先生方にもよい影響を及ぼしたり、教員志望の学生が教師という仕事に希望を感じたりするような、明るい未来につながっていくと思います。

(本記事の執筆者:久保木 有希子)

今村久美(いまむら・くみ)

認定NPO法人カタリバ代表理事

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