前回は、能動的に知識を得ることの大切さを幼少期に実感したことや、すべてを知った上で考え、判断することが、仕事をする際も、教育上も、重要であることなどをお話ししました。今回は、物事を考える時のコツや、現在、高等教育に携わる1人として、これからの日本の教育について考えていることをお話しします。
考える時のヒントは「タテとヨコ」。
時系列と空間軸の両方から物事を捉える
物事を考える時は、「タテ=時間軸(歴史軸)」、「ヨコ=空間軸(地理軸)」で立体的に捉えるようにするとよいでしょう。つまり、ある対象について、現状だけでなく、昔の人はどう考えたのか、どう振る舞ったのかを知るとともに、自分たちだけでなく、世界の人はどう考えるかを知るということです。その2軸で考えると、物事の実態や本質がより明確に見えてきます。
タテの時間軸については、過去の人から直接聞くことはできないので、本を読むことで代替します。その際に、知識が腹落ちするまで考えながら読む重要性は、前回お話しした通りです。ヨコの空間軸については、「百聞は一見に如かず」が望ましく、机上だけでなく、実際に足を運んで体感することで、より深い理解を得ることができます。
その「タテヨコ思考」を、僕の大好きな歴史の例で見てみましょう。日本は戦後70年間、平和で豊かな時代を築いてきました。それは奇跡的なことです。なぜ、そう言えるかというと、タテの時間軸を千年単位に伸ばし、ヨコの空間軸を隣国中国に広げて見てみると分かります。中国の約4000年もの長い歴史の中で、平和で豊かな時期はたったの4回、合計して200年足らずです。戦後の日本がいかに幸運だったかが、タテとヨコの視点を持つことで分かると思います。
ある問題に直面し、それを解決しようとする場合、完全無比なアイデアを急に生み出すことは難しいものですが、先人に学ぶタテの発想と、世界の考えや実践を取り入れるヨコの発想を組み合わせることで、より確からしい解決策を考えることができるのです。そのアプローチは、ビジネスシーンのみならず、中等教育(中学・高校)などにおいて探究的な学びを深める際も活用できると思います。
世界的な常識とデータから見た、
日本の教育への2つの期待
2017年にライフネット生命の経営から退き、70歳の時に、次の活動の場として立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任しました。当時、APUでは、全国の大学でも例を見ない公募というプロセスで学長選考を行っており、僕が縁を得たきっかけは、知人による推薦でした。自分が学長としての公募条件をすべて満たしていたわけではありませんし、それでも選ばれた正確な理由は今も分かりません。恐らく、年齢に関係なく事業を興し、拡大し続けてきた経験などが評価され、大学が求めていた資質そのものと合致したのではないかと推測しています。
APUは、THE世界大学ランランキング日本版で国際性1位の評価を受け、学生も教員も約2分の1が外国籍という世界に開かれた学びの場として、世界規模の問題を解決しようとする人材の育成を目指しています。そうした環境下で、学生や教員と接する中で感じた、日本の教育をよりよくするためのキーワードは2つあります。
1つめは、日本全体が抱える最大の弊害の1つである男女差別をなくすことです。世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が発表した最新の「ジェンダー・ギャップ指数(男女平等指数)」で、日本は146か国中116位と、前回同様、先進国の中で最低レベルでした。アジア諸国の中でも、韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果です。経済の低迷と少子化という、現在の日本が抱える2大問題の根源にあるのは、男女差別です。共働きの方が、子どもを産み、育てやすく、経済成長率も高い。そして労働時間も短いことは、世界的な統計データとして明らかになっていますが、日本はあらゆる面で男女差が存在しているため、苦境にあえいでいるのです。その状況を変えるための環境整備と教育の充実は、喫緊の課題です。
教育の観点で補足すると、そもそも、人間の価値は、皆それぞれに異なる個性を持っています。世界の人口80億人それぞれの個性が尊重され、差別があってはいけない。日本だけで通用するような常識や課題意識を、そうした普遍的かつ世界的な視点で捉え直せるような教育が望まれます。
男女差別とは観点が少し異なりますが、個性の尊重が経済成長につながるという意味では、ライフネット生命の起業パートナーとなった岩瀬さんは、僕が持っていないものを数多く持っていました。起業の際はパートナー選びが要だと言われますが、通常は、気心知れた古巣の仲間を選ぶことが多いものです。しかし僕は、新しい保険会社をゼロからつくる以上、従来の価値観や人間関係にとらわれない人を選びたいと考えていました。岩瀬さんは年齢が親子ほども離れており、当時は生命保険のプロではありませんでしたが、ITや米国の事情に明るく、僕とは相互補完的な関係にありました。そのように、自分と異なる個性を認め、高め合うことで、難易度の高い新しい課題にも挑戦することができ、よりよい成果に結びつくのではないでしょうか。
2つめは、科学の示すファクトをもっと大事にすべきということです。例えば、心理学の研究結果によると、保護者が子どものできないことを一方的に叱っているだけでは、子どもに大きな悪影響を及ぼすことが分かっています。頑張っている部分を褒めたり、これからできるように励ましたりすることが大切です。そのように、科学的に証明されていることを無視して叱っているばかりでは、子どもが伸びるはずがありません。真偽の不確かな教育メソッドや精神論ばかりに頼るのではなく、科学が示すファクト(データ)をもっと学び、尊重する土壌が日本には必要です。
昨今の不安定な世界情勢による影響からは、日本も逃れられることはできません。そうした中でも、日本の教育で変えるべきこと、できることはたくさんあります。そのような状況だからこそ、先生方には、物事を時系列と空間軸の両方から捉え、客観的に考えることの大切さを、子どもたちにぜひ伝えていただきたいと思います。僕自身も、日本の教育に携わる1人として、これからも学び続け、学んだことを可能な限り若者たちに還元していきたいと考えています。
(本記事の執筆者:神田 有希子)