女性学が学問として成立したのは、1970年代のことです。私は日本における黎明期から女性学にかかわってきましたが、当時は「そんなものは学問ではない」と散々言われ、悔しい思いもたくさんしてきました。それが現在は、女性学で学位を取れるまでに発展しています。前例も答えも、何もないところから論を立て、社会を動かし、学問として成長させてきた経験や女性学の知見などから、未来を担う子どもたちと彼らを導く大人たちにメッセージを送ります。

ポジティブなマインドセットを持とう

私が切り拓いてきた「女性学」とは、女性の経験を言語化し、それを理論的に体系化した学問のことです。当事者ではない男性が「女性とは」と論じるのではなく、当事者である女性自身が感じ、経験したことを学問にします。私が学生だった1960年代末当時は、女性の四年制大学への進学率はわずか5%に過ぎず、女性の社会進出も進んでいませんでした。男性中心社会の中で、女性は少数者でした。

人種や国籍の違いはもちろんのこと、身体的・心理的な特徴や志向など、日本でも多様性が話題になることが増えました。子どもたちも、その実態を肌で感じる機会が増えていくでしょう。多様性を受け止め、理解しようとする際に最も大切なものは、自己肯定感です。人は出合ったことのない事態に直面すると、本能的に警戒心を抱くものですが、ポイントはその後です。自己防衛に走るか、興味・関心を持って接近するか。異物を拒否しようとシャッターを下ろして自衛すれば、一時の安心感は得られるかもしれません。しかし、それでは相手との距離は縮まらず、新たな価値は生まれません。そうではなく、ポジティブなマインドセット*を持つことができれば、相手と自分との違いに興味・関心を抱き、その違いを楽しむことができます。相手との関係を築き、新たな価値を創ることにもつながります。学問は何より、未知なものに対する好奇心から出発しますからね。

*積極的・楽観的に物事を捉え、その物事に取り組むことができる気持ち。前向きな思考。

ポジティブなマインドセットを持つためには、まずは自分自身を肯定し、受け入れることが必要です。自己肯定感が高ければ高いほど、異物を受け入れたときの自分自身に対する安心感や信頼感を持てるため、他者を受け入れる心のゆとりができます。自己肯定感が高まるのは、親や教師が設定した目標ではなく、自分がやりたいと思ったことやこだわっていることなどを達成できた時や、ありのままの自分を他者に認められたと感じた時です。

もし、子どもが自傷や薬物などの誘惑に負けていたら、それは自分を脅かす何らかの不快な現実からの逃避行動でしょう。そうした行為を強制的に止めることに苦心するよりも、何かができた、分かったことによる達成感や、自分の存在が認められた喜びといった、その子の不快感を上回る快感を味わわせてあげる方が、よい結果が生まれるのではないでしょうか。私は教育者として、そうした快感がもたらす力の強さを信じています。

2019年度の東京大学学部入学式での祝辞は、女性学の第一人者として伝え続けてきた性差別の問題や、予測不可能な社会において大学で学ぶことの価値を考えさせる内容が大きな反響を呼んだ。東京大学のウェブサイトでは全文が公開されている。

写真提供:東京大学(撮影:尾関 祐治)

親の役割は、親とは異なる価値観にたくさん触れさせること

しかし、最近の高校生や大学生を見ていると、自己肯定感を高める機会が減っていると感じます。例えば、これまで東京大学で指導してきた学生の中には、「最難関大学に合格したら認められる」といった条件つきの愛の中で育てられた子どももいるように思えました。落ちたら自分の存在を否定されるといった無意識の抑圧の中で猛勉強し、それに見事に応えたのが彼らです。しかし、親や教師の期待に応える能力があるからこそ、自分が本当に何がしたいかに気づかないのです。

東大生だけではありません。ここ数年間、特別授業などを通して高校生と触れ合うことが多いのですが、生徒たちを見ていると、1日の大半を過ごす学校が、周囲を忖度せずに自分の考えや感情を表現することができ、ありのままの自分でいられる場になっていないのではないかと感じます。心理的に安心・安全な状況になっていなければ、自己肯定感は高まりません。

子どもは、親や教師のような生き方ができるとは限りません。そもそも、かつてない規模とスピードで社会が変化していますから、大人の世代と同じようには生きられません。大人たちもまた、その親とは違う生き方をしてきたはずです。そうした中で大人ができることは、子どもに向けて、子どもの知らない少しでも多くの選択肢を示すことです。

子どもの主な生活の場は、学校と家庭と塾くらいでしょう。人生経験も生活の場も限られた子どもたちに、人生のモデルは親だけではないことや、世界にはいろいろな場や生き方があることをぜひ伝えてください。そうして、親以外のたくさんの大人たちの生きざまや価値観に触れさせることです。長期休み中に祖父母や親戚の家に泊まりにいく、学校以外の子どもたちが集まる場所に連れていくといった以外にも、まずは学校の友だちを自宅に気軽に呼んでくることから始めてもよいと思います。自分の家とは異なる様々な生活様式や文化があると感じられればよいのです。そういった気づきが、自分は自分らしくあればよいという自己肯定感の醸成や、みんな違ってよいという多様性への理解にもつながります。多くの選択肢を示すことで、おのおのが心地よい価値観や進みたい人生を選べばよいということに気づかせることがとても重要です。

子どもに「成功」より、「幸せ」をつかんでもらうために

今の子どもたちの世代は、平均寿命が90歳、100歳に達すると言われていますが、会社の平均寿命を知っていますか。諸説ありますが、せいぜい30年程度に過ぎません。もし、定年まで勤め上げようとしても、その前に会社がなくなってしまうこともあるのです。人生全体を考えたら、職業的な成功だけが人生を決めるわけではありません。親も教師も、子どもに望むのは、「成功」よりも「幸せ」であるはずです。私が定年退職者を対象に調査を行ったところ、退職後の膨大な時間を楽しく過ごしている「時間リッチ」な人たちには、①仲間がいること、②趣味などに関するスキルやノウハウがあることの2つの特徴が見られました。

次に、そのスキルをどこで身につけたのかを調べたところ、家庭の中で身につけたケースと、学校で身につけたケースの大きく2通りに分かれました。スキルの多くは学業とは無関係で、学力重視の考えの人にとっては、「余計なこと」かもしれません。しかし、余計なことをたくさんしている人の方が、人生を楽しんでいるということです。家庭でも学校でも、学業とは一見関係がなさそうなこともたくさん経験させてあげてください。そうしたことを通じて、充実した時間を過ごすスキルをたくさん身につけておけば、生涯にわたって楽しく過ごす、すなわち、幸せな人生を送ることができるでしょう。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

上野 千鶴子(うえの・ちづこ)

社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長

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