- 教育委員会向け
- 教育長の視点
子どもも保護者も、誰一人取り残さない教育に向けて ~多様な学びと居場所づくり、自己肯定感の伸長でウェルビーイングを確保~
2025/06/17 09:00
全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第7回は、全国的に不登校児童生徒が増加する中、「特認校」制度の導入を始めとする施策で衆目を集めている青森県青森市教育委員会教育長の工藤裕司(くどう ひろし)教育長に話を聞いた。
青森市 概要
青森県の県庁所在地で、県の中央に位置する。2024年度に第3期となる「青森市教育振興基本計画」を策定。「~夢と志をもち 青森の未来を拓く 人づくり~」をキーワードに、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実や、特別な支援を要する子どもを含めたすべての子どものウェルビーイングの向上などを推進している。
人口 約26万人
面積 824.61㎢
市立学校数 小学校42校、中学校19校
教職員数 約1,400人
児童生徒数 約18,300人
お話を伺った教育長
青森県 青森市教育委員会 教育長
工藤 裕司(くどう ひろし)
(プロフィール)
青森市立新城中学校校長、青森市教育委員会教育部長などを歴任し、2022年6月より現職。児童生徒一人ひとりの夢や志を育むこと、特に不登校などの困難を抱える児童生徒への支援を一貫して重視し、特認校制度や青森市COCOLOプランを推進している。
聞き手
田中 雄(たなか ゆう)
株式会社ベネッセコーポレーション
学校カンパニー 小中学校事業本部
義務教育支援1課(東日本) 課長
1.すべての児童生徒に居場所をつくる
<田中>初めに、青森市教育委員会が注力している教育課題をお聞かせください。
<工藤>本市は、2024年度に「青森市教育振興基本計画」の第3期計画を策定しました。計画の中核となる目的は、「夢と志をもち 青森の未来を拓く 人づくり」です。取り組むべき課題は多岐にわたりますが、中でも喫緊の課題と位置づけているのが、不登校児童生徒への支援です。
不登校児童生徒の増加は、かねてより全国的に課題視されてきましたが、コロナ禍を経て拍車がかかりました。もちろん本市も例外ではありません。そこで教育長に就任して以来、学校にすべての児童生徒の居場所をつくる施策に取り組んでいます。
その皮切りとなったのが、2022年度に始めた「個別プログラム」です。それは不登校児童生徒に対して、別室での個別指導や遠隔授業、AI型ドリル教材を活用した自宅学習といった多様な学び方を提供するもので、本人が希望する時間割で勉強できるようにした取り組みです(図1)。
本取り組みによって、別室登校を経由して教室に復帰する児童生徒が大幅に増えました。そこで2024年度からは、すべての公立小・中学校に「校内教育支援センター」を設置し、別室登校をより充実させています(図2)。校内教育支援センターでは、担当の教員やスクールカウンセラーが相談に乗りながら個別プログラムを始めとする学習支援を提供したり、自分のクラスの教室に入れない子どもや教室から離れて少し休憩したい子どもがリラックスして過ごせる空間として空き教室を整備したりしました。
不登校児童生徒が転校を機に教室へ通えるようになるケースは珍しくありません。しかしながら、本市のような地方の自治体では、学区にとわられて転校という選択肢を選びにくい面もあります。私は、子どもが前向きに学校へ通えるようになるのならば、転校も選択肢の1つになると考え、転入学の障壁をできるだけ取り除いた「特認校」の制度を2025年度に策定しました。特認校とは言わば校内教育支援センターの機能を強化した学校です。通常のカリキュラムとは別に、奉仕活動やものづくりの体験活動など、子どもが自己実現を果たせる多様なプログラムを設けたり、どの学区からでも転入学を可能にしたりしました。ただ、先述した通り、転校に対して先入観を持っている人もいますから、説明には手を尽くしました。制度の説明会に加えて、特例校となる予定の学校の見学会も実施し、その結果、初年度は10人の児童生徒が転入学を果たしました。今後は特認校の認知とともに、「転校してもよいのだ」といった価値観が広まることを期待しています。
また、本市は全国に先駆けてICT活用を推進してきた歴史があり、コロナ禍では積極的に遠隔授業を展開しました。その中で蓄積されてきたICT活用のノウハウが、個別プログラムを始めとする多様な子どもたちが対象の施策に生かされています。そうした施策の連続性が成果につながっていると言えるでしょう。
2.子どもから始まる悲しみの連鎖を止める
<田中>不登校児童生徒の支援に大変な熱意を持って取り組まれていますが、その背景について教えてください。
<工藤>私の教員時代は、不登校児童生徒の保護者向けに相談会を開くと、大勢の保護者が涙を流し、教員もその光景に胸を痛めていました。私もそうした教員の1人で、その光景を見て以来、何としても悲しみの連鎖を断ち切りたいと切に願ってきました。子どもたちには希望を持って、楽しく学校に通ってもらいたいですし、保護者や教員には明るく子どもたちを見守ってもらいたい。教育行政の長として大きな役割を託された今、本課題にあらゆる手を尽くす覚悟で取り組んでいます。
では、どうすれば不登校児童生徒は学校に通えるようになるのでしょうか。個別プログラムや校内教育支援センター、特認校の整備など、不安を抱える子どもたちを支援する施策はもちろん重要ですが、その根本には、子どもが自己肯定感を持てるようにするという共通の目的があることを、私たちは常に認識しておく必要があると思っています。教科学習、スポーツ、文化活動、ゲームなど、特定の分野に強みを持つ子どもは、誰かに“認められる”ことで自己肯定感を持てる機会は少なくないでしょう。
ただし、すべての子どもが胸を張れる強みを持っていたり、突き抜けたものを持っていれたりするわけではありません。そうした子どもたちに、「歯を食い縛って、勉強で花を咲かせよう」「それが難しければ、スポーツで活躍して自信をつけよう」「文化活動でオンリーワンを目指そう」などと言うだけでは自己肯定感の醸成は難しく、勉強もスポーツも文化活動も、一握りの子どもしか目立った成果を収められないというのが現実です。だからこそ、子どもたちの特性に合わせて活躍できる場を学校が設けていくことが重要なのです。
そうした観点から私が各校に望んでいるのが、ボランティア活動の充実です(写真1)。小・中学校の子どもが取り組むボランティアは、ほとんどの場合、特別な能力は必要とされません。にもかかわらず、ボランティアは「誰かの役に立った」という実感が得られやすい活動で、これほど自己肯定感を高めやすい取り組みはないのではないかと思います。各校の校長先生方にも私のその思いを共有し、ボランティア活動に取り組む中でよい行いをした子どもは、教室、学年、学校全体、地域、家庭のすべてで、どんどん褒めてほしいと伝えています。私の期待に応えるべく、校長先生方も非常に熱心に動いてくださり、大変うれしく思っています。例えば、ある学校では10回以上表彰された子どもがいると聞きました(写真2)。恐らく、表彰された子どもはほかにも大勢いるでしょう。よい行いをして褒められて、それが次の活動につながっていく。そうした好循環の中で主体性や社会性、地域への思い、学びに向かう力を身につけていってほしいと思います。
3.思いを支える確かな数字
<田中>学校とのコミュニケーションにおいて重視されていることは、どのようなことでしょうか。
<工藤>目の前の子どもにどのような資質・能力を育みたいか、学校をどうしたいか、その実現のためにどのような方策を講じるとよいか、そうしたことを一番考えているのは学校現場です。課題や方策は、教育委員会の会議の場ではなく、学校現場から見いだされるものです。教育委員会に求められるのは、答えを知っているかのように指示を出すことではなく、学校現場がうまく回るようにマネジメントをすることです。
私は学校現場のトップである校長先生方と密に連携を取り合っています。例えば、施策やその背景にある課題については校長会や校長研修会議を通じてきめ細かく共有していますし、校内教育支援センターの整備・運用マニュアルを始め、必要な資料やツールも速やかに提供しています。もちろん、私自身の思いを伝えることも忘れません。校長先生方にも強い信念を持って学校経営にあたっていただくよう、お願いしています。
一方で、学校経営では数字も重要です。教育の成果は数字だけで測れるものではありませんが、例えば不登校児童生徒支援の成果を評価するには、不登校児童生徒数や学校への復帰率を把握する必要があります(図3)(図4)。学力も同様です。
市としての指標はもちろん、学校別の指標も各校の校長先生と相談して設定し、定期的に分析とフィードバックを行っています。数字によっては厳しい話をしなければならないこともありますが、それは各校の学校経営を適正に評価し、改善につなげていく上で必要なことだと考えています。
校長先生を始めとする学校現場の先生方、職員の皆さんのおかげで、成果は着実に表れてきています。例えば不登校児童生徒の学校への復帰率は、2023年度以降は7割超を維持できています。全国平均は3割ですから、本市は非常に高い水準と言えるでしょう。増加傾向だった不登校児童生徒数も、2024年度にはついに減少へと転じました。前年度から83人減と、決して少なくない減少数です。思いを1つにし、たゆまぬ努力を続けてくださっている先生方と職員の皆さんには本当に感謝しています。
本市の教育委員会には現在、子どもたちの育成に情熱を燃やす副参事・指導主事が合わせて22人在籍しており、教育施策を力強く推進してくれています。将来、彼らが学校現場に戻り、学校経営を担うことで、本市の教育はさらに発展していくことでしょう。そう確信しています。
<田中>工藤教育長の施策にかける熱意が伝わるとともに、教育行政に必要なリーダーシップについて理解を深めることができました。本日はありがとうございました。