学校教育情報誌『VIEW next』『VIEW next』TOPへ

  • ウェブオリジナル記事

新世代toi-time 第4回テーマ「『SNSトラブル』の対応」
問い「生徒間における学校外でのSNS上のトラブルに、学校が関与・指導する必要はあるか」

2026/02/19 12:00

Dさん(大学生)からの問い
生徒間における学校外でのSNS上のトラブルについて、学校が関与・指導する必要はありますか。あるとすれば、それはなぜでしょうか。

コラム執筆者

市立札幌藻岩高校
對馬光揮(つしま・こうき)

1.学校が関与する必要はある

大切な「問い」をありがとうございます。学校で働いている中での実感ですが、もしかすると、生徒間のトラブルは物理的なものよりもSNSによるものの方が多くなっているかもしれません。
おそらくDさんは、学校外で、しかも自分の意思で利用しているSNS上のトラブルについて、学校が関与しなければいけないことに違和感を覚えているのではないかと思います。現場でも、同様の疑問を感じている先生方はいると思います。
結論から述べると、学校外で起きたことであっても、SNSでトラブルが起きた際には学校は関与しなければいけません。その理由を2つの場合に分けて説明したいと思います。

2.いじめの定義は、場所も手段も限定していない

まず、SNSで同級生に誹謗中傷されたなどの「学校外で起きた生徒間のSNSトラブル」について考えたいと思います。
文部科学省が提示している「いじめ」の定義は次の通りです。

「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
【出典】文部科学省『いじめの定義の変遷』(平成25年)

「いじめ」に関しては「学校の内外を問わない」「インターネットを通じて行われるものも含む」とありますので、前述したようなSNSトラブルについては、その解決に向けて学校は関与しなければいけないということが分かります。

3.いじめに該当しなくても、教育的対応は学校が担う重要な役割

次に、「生徒間で起きたことではないSNSトラブル」についても考えてみたいと思います。
先ほどの「いじめ」の定義によると、「行為をした者(A)も行為の対象となった者(B)も児童生徒であること」が要素の1つになっています。したがって、例えば「ある生徒がSNSで社会人から誹謗中傷された」という被害を受けたり、「ある生徒がSNSで著名人を誹謗中傷し、名誉棄損で訴えられた」という加害事実があったりした場合、それは「いじめ」とは言えません。
しかし、「いじめではないから学校は対応しなくてよい」ということにはならないですよね。人格形成において、生徒が困難に直面している場合には学校が関与することが求められます。もちろん、学校でできることは限られているので、トラブルのレベルに応じて警察やその他の関係機関との連携は必要ですが、教育的対応については学校がするものです。当該生徒が加害者の場合には、その生徒が同じ過ちを繰り返さないように指導しなければいけません。もちろん、学校は法律上の当事者ではありませんので、法的なやりとりは家庭の責任で行われるものです。しかし、事実確認やメンタルケア、当該生徒が加害者の場合には再発防止に向けた生徒指導といった教育的対応を学校が怠ってはいけません。
以上のことからも分かるように、生徒に対して「SNSはあなたの意思でやっているもので、学校は関係ないから、保護者に相談して対応しなさい」と突き放すことは考えられません。学校は生徒が直面しているトラブルに一定程度関与し、関係機関と連携しながら、然るべき教育的対応を取る必要があります。

4.『生徒指導提要』を確認する

なお、SNSトラブルの対応に関する国としての基本的な考え方や具体的な対応策については、『生徒指導提要』の第11章「インターネット・携帯電話に関わる問題」をご覧ください。
また、上記3.で「事実確認」という言葉を用いましたが、第6章「少年非行」内に「6.3.2 児童生徒からの聴き取り」という項目があります。加害生徒への事実確認の仕方として非常に参考になる資料です。
加えて、第12章「性に関する課題」内に「12.3.2 性的被害者への対応」という項目があります。SNSに関わる問題については性的被害もあり、被害生徒への事実確認の仕方およびその後の対応として参考になります。是非ご覧ください。

※文部科学省『生徒指導提要』

5.生徒が教えてくれたこと――相談できる大人であり続けるために

先日、受験対策として生徒たちが自主勉強会を開いていた時、私も参加して一緒にグループディスカッションを行いました。生徒たちはお題をどうするか困っていたので、Dさんからいただいたこの「問い」を投げかけてみました。
すると、「学校が対応する必要はある・ない」という意見が半分半分で、様々な角度から意見が出てきました。その中で最も印象に残っているのは、ある生徒の「保護者にも言えないことだけど、先生だから相談できることもある。先生は子どもの一番近くにいる家族以外の大人だから、『先生方には関係ない』って拒絶されると、その子は誰にも相談できずに1人で悩みを抱えてしまうのでは」という発言です。
私たち教師は「何でも屋さん」ではないので、社会人として「やらなければいけないこと」「やらなくてもいいこと」「やるべきではないこと」といった業務上のすみ分けは当然存在します。また、生徒・保護者・地域から理不尽な要求があった場合には、「できないことはできない」と毅然と対応しなければいけません。しかし忘れてはいけないのは、私たちは教職という「生徒の成長をどこまでも信じ続ける仕事」に従事しているということです。生徒が何かの壁にぶつかって苦しんでいる時には、われわれ教師ができる限りのことをしてあげたいと私は思っています。教師という1人の人間として、学校という1つの組織として、生徒の成長を信じ続けながら、その子が抱える悩みに寄り添うことができる存在でありたいと、先ほどの生徒の発言から改めて思うことができました。
今回、Dさんは教職を志す立場で「問い」を寄せてくださいましたが、すでにそのようなことに考えを巡らせている点からも、Dさんの教育に対する関心の高さが伺われます。ぜひその志を貫いて、どのような場合でも生徒の悩みに寄り添う先生にDさんがなることを、僭越ながら応援しています。

オススメの本:『いい言葉は、いい人生をつくる―ラストメッセージ』(斎藤茂太、成美堂出版)

Benesse High School Online|ベネッセハイスクールオンライン

ベネッセ教育総合研究所

Copyright ©Benesse Corporation. All rights reserved.