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カリキュラム・マネジメントによる教師の力量形成 ― OJTとしてのカリキュラム・マネジメント ―
関西国際大学 客員教授
神戸山手グローバル中学校高等学校 校長
平井 正朗
2026/02/26 19:30

『VIEW next』教育委員会版2023年Vol.2の特集「中学校英語 」、『VIEW next』高校版2021年8月号の「指導変革の軌跡」にご登場いただきました平井正朗先生に、「教師育成論としてのカリキュラム・マネジメント」について、寄稿いただきました。
近年、教師の力量形成をめぐる議論は、研修制度の充実や外部プログラムの高度化に焦点が当たりがちである。しかし、現場に身を置く者として強く感じるのは、研修を重ねても教師は必ずしも育たないという現実である。一方で、特別な研修を受けていなくとも、数年のうちに目覚ましい成長を遂げる教師がいることもまた事実である。この差はどこから生じるのか。本稿では、そのポイントとして、カリキュラム・マネジメントをOJT(On the Job Training)として捉える視点に見出し、教師育成論としての可能性を論じる。
1.教師育成論としてのカリキュラム・マネジメント
カリキュラム・マネジメントは、しばしば「学校全体の教育内容を体系的に整理・改善する仕組み」として理解される。しかし、それを単なる制度設計や書類上の整合性の問題として扱う限り、教師の力量形成には直結しない。重要なのは、カリキュラム・マネジメントを教師が日常的に関与する実践のプロセスとして位置づけ直すことである。
教師は、本来きわめて高度な専門職である。授業を構想し、学習者の実態を読み取り、評価を通して次の改善につなげる。その一連の営みは、カリキュラムそのものに内包されている。つまり、カリキュラムとは教師の思考と判断の総体であり、それを共同で設計・検証・修正していく過程そのものが、教師の成長機会なのである。
この意味で、良質なカリキュラム・マネジメントは、教師に対して次のような問いを常に突きつける。まず、この学習は、何のために行うのかということ。次に、この順序・方法は、学習者にとって妥当なのかということ。そして、この結果を、次にどう生かすのかということである。これらはすべて、教師の専門性の核心にかかわる問いであり、日常的に向き合うことで思考は磨かれていくのである。
2.研修依存からの脱却モデルとしてのOJT
従来の教師研修は、不足を補い、新しい知識を注入するという発想に立脚してきた側面が強い。その結果、教師は研修を「外部から与えられるもの」として受動的に捉えがちになる。しかし、教師の力量は、本質的には実践の中でしか形成されない。ここで重要となるのが、カリキュラム・マネジメントをOJTとして機能させる視点である。OJTとは、単に現場で経験を積むことではない。明確な目的意識のもと、経験が省察され、次の行動に結びつく構造があって初めて成立する。カリキュラム・マネジメントがOJTとして機能する学校では、授業づくりや評価の検討が個人に閉じない。教科・学年・学校全体で共有され、「なぜそうしたのか」「他の選択肢はなかったのか」といった対話が生まれる。この対話こそが、教師の暗黙知を言語化し、他者と照合する学習の場となるのである。
3.なぜ、良質なカリキュラムは教師を育てるのか
では、なぜ、良質なカリキュラムは教師を育てるのか。その理由は、よいカリキュラムが教師に必然的な意思決定を要求する構造を持っているからである。良質なカリキュラムとは、完成された設計図ではない。学習者の実態や社会の変化によって、常に問い直される「仮説の集合体」と言える。教師はその仮説を、授業という実践を通して検証し続ける存在となる。その過程で、教材観・学習観・評価観が揺さぶられ、更新されていく。特に重要なのは、うまくいかなかった経験である。カリキュラム・マネジメントが機能している学校では、失敗は個人の責任として処理されない。むしろ、「どの前提が妥当でなかったのか」「どの設計に無理があったのか」という組織的な検討の対象となる。この経験の共有が、教師の判断力を飛躍的に高めていく。
4.どの経験が、どの力量形成に結びつくのか
教師の力量は、一枚岩ではない。例えば、学習目標を構造化する力、学習活動を設計する力、学習者の反応を読み取る力、評価を次の改善につなげる力といったものは、それぞれ異なる経験によって育まれる。カリキュラム・マネジメントにおける目標設定への参画は、教師に全体構想力をもたらすのである。評価規準の共同作成は、学習の質を見抜く眼を育てる。振り返りの対話は、省察力と他者理解を深める。つまり、どのプロセスにどのように関与したかによって、形成される力量の質は異なるのである。ここに、管理職やミドルリーダーの重要な役割がある。教師を「多忙さ」に埋没させるのではなく、意味のある経験にどう接続するかを意図的に設計すること。これこそが、カリキュラム・マネジメントを通した人材育成である。
5.おわりに ― 教師が育つ学校文化
教師が育つ学校とは、研修が多い学校ではない。問いが多い学校である。そして、その問いがカリキュラムという具体的な実践に結びついている学校である。カリキュラム・マネジメントをOJTとして捉え直すとき、学校は「教える場」であると同時に、「学び続ける組織」へと変容する。教師一人ひとりの成長は、個人の努力だけに委ねられるものではない。学校の構造と文化によって、大きく左右されるのである。

