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子ども、教員、管理職、それぞれの立場に寄り添い、強みを引き出す ~多様な立場での経験を生かした改革を目指して~

2025/06/17 09:00

全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第8回は、2025年4月に就任した静岡県浜松市教育委員会教育長の野秋 愛美(のあき あいみ)氏に、中学校教員としての現場経験、教頭や校長、指導課長といった管理職経験を、どのように生かしていこうとしているのか話を聞いた。

浜松市 概要

静岡市に次いで県下2番目に誕生した市。2005年に近隣12市町村が合併し、県内最多の人口を有する新「浜松市」となる。静岡・浜松大都市圏の中心都市で、多数の楽器メーカーが立地することから「楽器と音楽の街」、また、有名オートバイメーカーの創業地であることから「バイクのふるさと」とも呼ばれる。工業を支える人材として外国籍の人々が集まり、多文化共生が進んでいる。

人口 約78万1,000人
面積 1,558㎢
市立学校数 小学校96校(1分校含む)、中学校49校(1分校含む)、市立高校1校
教員数 約4,150人
児童生徒数 約59,200人

お話を伺った教育長

浜松市 教育委員会 教育長
野秋 愛美(のあき あいみ)

(プロフィール)
1987年、細江(ほそえ)町立細江中学校(現浜松市立細江中学校)教諭に着任。その後、浜松市立江南中学校教頭、同市立庄内小学校・庄内中学校校長、同市立天竜中学校校長、浜松市教育委員会指導主事、指導課長を歴任。天竜中学校校長の任期中に、浜松市校長会会長、静岡県校長会副会長も務めた。2025年4月より現職。

聞き手

岡部 優(おかべ ゆう)

株式会社ベネッセコーポレーション
学校カンパニー 小中学校事業本部
教育DX推進課 課長

1. 多様な児童生徒が集まるメリットに光をあて、市の個性に

<岡部>4月に教育長にご就任され、前職の天竜中学校校長時代に策定委員としてかかわられた第4次浜松市教育総合計画も、ご就任と同時に始動しています。浜松市が抱えている教育課題をどのように捉えていらっしゃいますか。

<野秋>重視しているのは次の3点です。1点目は増加している不登校児童生徒の学びの場の確保で、2点目は子どもの発達に応じた教育環境の整備です。それらは全国的に共通する課題かと思います。
そして特に本市の事情を反映しているのが3点目の課題である、外国にルーツを持つ子どもの支援体制の充実です。本市の公立小・中学校に在籍する外国籍の児童生徒数は、2025年5月現在で過去最高の1,945人に達し、全児童生徒の3.3%を占めています。元々ブラジルを始めとする南米系が多かったのですが、近年はフィリピン、ベトナム、バングラデシュ、インドなども増え、多国籍化が進んでいます。使用言語も28言語まで増加しました。
そうした状況ですと、やはり言葉の壁の問題が大きく、授業を理解できない、人間関係をうまく築けないといったことが原因で、学校から足が遠ざかる子どもも出てきています。本市では、日本語指導担当教員や巡回指導教員の配置を強化しているほか、主に入国して間もない中学生を対象に、基礎的な日本語を教える10週間の初期日本語指導も行っています。
そうした学習面の支援に加え、彼ら、彼女らの今後のキャリアについてサポートすることも必要だと考えています。というのも、言葉の壁が原因で、進学を諦めてしまう子どもが少なくないからです。学んだ先に待っている未来を、同じ外国籍の先輩たちの好事例も含めて提示し、子どもたちの勇気を引き出したいと思っています。

<岡部>国籍や言語が多様で、日本語の習得状況もまちまちとなると、担任の先生も指導が大変なのではないでしょうか。

<野秋>私も教員時代、外国籍の生徒が多い中学校に勤めていました。確かに教員にかかる負荷の大きさは否めませんが、その環境は本市の強みでもあると捉えています。外国籍の友人と過ごす時間は、日本籍の子どもたちにとっても多様性を学ぶ貴重な機会になるからです。自分が外国で暮らすとしたらどれだけ大変なのかが想像できるようになるでしょうし、交流を通じて他者への気遣いの心や思いやりも育まれます。勤務校の子どもたちは、外国籍、日本籍にかかわらず、子ども同士はもちろん、地域の人たちにもフレンドリーに接していました。
外国籍の子どもたちには、その子たちにしかない個性や果たせない役割があります。全くの私案ですが、民間とも協力しながら、外国籍の子どもたちが企画・運営するイベントなどが実施できたら、子どもたちのプラスになるのではと思っています。同級生や地域の人たちに喜んでもらえれば自信になるでしょうし、キャリア形成のヒントも見つかるかもしれません。

図1:第4次浜松市教育総合計画の表紙には、多様性を象徴する人の輪の中心に子どもが描かれている。
*浜松市教育委員会の資料をそのまま掲載

<岡部>多様なバックグラウンドを持つ子どもたちがともに学べる環境は、子ども一人ひとりの成長にとって大きなプラスになりそうですね。
以前、弊社の担当者が市内の中学校に訪問した際に、翻訳アプリと協働学習ツールを組み合わせた協働的な学習を実践されていると伺いました。子どもたちはICTを活用して、あたり前のように言葉の壁を超えているようですね。

<野秋>そうですね。ICTは、学習上や生活上のギャップを埋めるツールとして今や欠かせないものになっています。外国籍の子どもだけでなく、発達に特性のある子どもにとっても、ICTは大きな可能性を秘めています。書いたり話したりすることが苦手な子どもの表現ツールになりますし、個人差が大きい知的障害特別支援学級では、個別最適な学習を実現する手段になっています。

2. 他課と積極的に連携し、市全体で人材育成を行う

<岡部>市政全体の中では、教育はどのように位置づけられていますか。

<野秋>教育による市の活性化が市政の重要事項の1つです。浜松に郷土愛を持ち、日本を変えていくような勢いのある人材が育ち、一度は市外に出ても、また戻ってきたくなる教育を実現したいと思っています。
これまでも、小・中学校、高校のすべてでふるさと教育、キャリア教育に力を入れてきましたが、2024年度からは新たに、市内の中学生を対象とした「社長の特別授業」を始めました。それは教育委員会と市の産業部の連携による取り組みで、地元企業37社の社長が各校で特別授業を行っています。
同授業では、本市の産業の特色や働く人たちの思いを知ることができます。本市は繊維産業が盛んですが、例えば私の地元の近くにある染色加工企業が、オリンピック選手の柔道着や世界的ブランドの製品を手がけていることを、長年住んでいながら私も初めて知り、子どもたちと一緒に驚きました。そのような社長自らの特別授業のほかにも、企業を訪問して行う体験学習、企業人と生徒の少人数での対話など、キャリア教育の一環となる取り組みに多くのご支援をいただいています。子どもたちの心にも地元産業への気づきや愛着が生まれ、本市で活躍するイメージも湧きやすくなっていると思います。

<岡部>教育委員会と他部署が連携した教育施策という点がユニークですね。

<野秋>学習指導要領に基づく教育施策の策定や実施は、教育委員会が中心となりますが、「人づくり」という広い意味での教育施策は他部署との連携が大きな意味を持つと考えています。例えば、先ほど話題に上げた「社長の特別授業」では、労働政策課は企業と連携し、教育委員会はその企業と学校をつなぐといった役割をそれぞれが果たすことで、人材育成に取り組む意識が市政全体に広がっていきました。
また、そうした取り組みは、子どもたちに教科学習とは異なる視点をもたらす点でも教育的な意義があります。私を含め、ほとんどの教員は自分が小学生時代からずっと「学校」という世界の中にいるため、社会とのつながりが限られています。地域という身近な場所に社会と深くかかわる人たちがいるのですから、それを活用しない手はありません。
ほかにも、企画調整部に所属する企画課が、ふるさと教育を体系化し、本市を多様な角度から学ぶ「浜松学」プログラムを検討し始めています。

3. 教職員が働きがいを感じる環境を整えたい

<岡部>改めて、野秋教育長がどのような教育行政を志していらっしゃるかをお聞かせください。

<野秋>私は教員時代、常に「今、この教室の中で一番弱い立場の子は誰だろう」と考えていました。欠席している子どもや給食当番が苦手な子どもなど、本当に小さなことですが、その時に一番困っている子どもに寄り添っていれば、ほかの子どもたちは自然に伸びていく力を持っていると思っていました。
また、自分が指導主事や管理職になり、直接的な指導の機会が減ってからは、子どもとかかわる現場こそが真の教育の場であると強く感じるようになりました。私たち教育委員会や管理職が存在するのは子どものためであり、その思いは現場の教員を通して子どもたちに届くものですから、現場の教員がやりがいを持って子どもたちと向き合える環境を整えることが最も重要なことだと考えています。
校長としては、教員との対話を大切にしてきました。教員と日常的に話していると、「何かいつもと違うな」「あの先生は何か困っているのかな」といったことに気づくこともあります。特に若い教員は悩んであたり前なので、こちらから積極的に声をかけ、話を聞くようにしていました。
しかし、校外での仕事が増えるにつれて教員とのコミュニケーションの時間が減ってしまいました。現場を預かる教員と心を通わせられないのは、校長としては非常にもどかしく、今も心残りに思っているため、現在校長を務めている人や今後校長になる人がそうした思いを味わうことがないようにと願っています。

図2:第4次浜松市教育総合計画リーフレットより 中央右段の「目指す教職員の姿」の中に『こどもの自分らしさを受け止める教職員』が掲げられている。
*浜松市教育委員会の資料をそのまま掲載

本市は、「こどもの自分らしさを受け止める教職員」の育成を目指していますが、教職員の「自分らしさを受け止める」という視点も、管理職に持っていてほしいと思っています。校長の役割は、何がその教員の自分らしさなのか、何をその教員はやりたいと思っているのかを探り、受け止めることです。現場の教員の存在が大切だからこそ、校長を始めとする管理職が、現場の教員の強みや可能性をしっかりと把握して、学校経営に反映できる環境、教職員が働きがいを感じて勤務できる環境を、教育委員会として整えていきたいと考えます。

<岡部>「弱い立場の子は誰だろう」という視点は、多様な子どもたちに対していかに個別最適な支援ができるかという、冒頭のお話にも通じます。そして、管理職になっても貫かれている、それぞれの立場を重んじながら寄り添い、よいところを引き出そうとする姿勢が、野秋教育長の根底にある価値観なのだろうと感じました。

<野秋>本市は学校数が多いため、教育委員会の意向を小・中学校の全教員に届けるのは至難の業です。しかし、教育委員会全体の「皆で学校を助けよう」という気持ちが各校の校長たちに伝われば、教育委員会をこれまで以上に信頼してくれるようになると思っています。そして、校長の姿勢が教員に伝わり、教員が安心して指導や教育活動に取り組めば、それは子どもたちの成長につながります。私たち教育委員会は、子どもたちに直接働きかける場面はあまりありませんが、現場の教員の力になるという姿勢を前面に打ち出して、子どもの成長を支えていきたいと思っています。

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