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地域に根差した、教育委員会による支援の持続可能な仕組みづくり ~子どもたちの成長につながる授業を実現するために~

2025/06/12 17:00

全国の教育長に教育施策の立案の視点について尋ねる本コーナー。第6回は、児童・生徒の学力向上につながる授業づくりに力を入れている、いわき市教育委員会教育長の服部 樹理(はっとり じゅり)氏に話を聞いた。

いわき市 概要

福島県南東部に位置。太平洋に面し、温暖な気候と豊かな自然に恵まれている。かつては炭鉱で栄え、現在は臨海工業団地を中心に化学、機械、食品などの製造業が盛ん。小名浜港は水産物の水揚げ拠点であり、漁業も重要な産業となっている。東日本大震災では津波による甚大な被害を受けたが、復興に向けて官民一体となった取り組みが進められている。

人口 約31万6,000人
面積 1,232㎢
市立学校数 小学校59校、中学校34校
教職員数 小学校 約1,240人 中学校約780人
児童生徒数 小学校 約14,800人 中学校 約7,400人

お話を伺った教育長

いわき市 教育委員会 教育長
服部 樹理(はっとり じゅり)

(プロフィール)
2000年文部科学省入省。官房文教施設企画・防災部計画課 補佐、官房文教施設企画・防災部施設助成課 補佐、初中局健康教育・食育課 補佐などを経て、2022年9月より現職。

聞き手

岡部 優(おかべ ゆう)

株式会社ベネッセコーポレーション
学校カンパニー 小中学校事業本部
教育DX 推進課 課長

1.重要なのは授業をどう変化させ、子どもたちが授業をどう受け止めるか

<岡部>早速ですが、いわき市が現在、重視されている教育施策についてお聞かせください。

<服部>現在、いわき市が取り組んでいる重要な教育施策の1つに「学力向上」が挙げられます。市内でも学校・学年によって状況は様々ですが、文部科学省「全国学力・学習状況調査」の全国平均と比べても学力が高い状況ではなく、これを向上させる必要があると考えています。
教育長に着任した当初は、学力を評価する指標として「全国学力・学習状況調査」の正答率をベースにした分析に力を入れていました。しかし、点数だけを目標にするようなやり方は現場の教員から共感を得られないばかりか、問題の本質を見誤ってしまう、と考えるようになりました。そこで、改めて指標を見直し、現在は学力向上のプロセスになる「子どもたちが授業をどう受け止めているか」という観点も重視しています。例えば、「全国学力・学習状況調査」の質問紙調査では、「授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいましたか」「各教科などで学んだことを生かしながら、自分の考えをまとめる活動を行っていましたか」などの設問があります。本調査結果が上位の県は、これらの設問に対するスコアも高い傾向となっています。そのことから、日々の授業の中で子どもたちが自分で考え、取り組むような機会をつくることが、結果的に学力向上につながるのではないかと考えました。いわき市でもそうした設問のスコアを改善し、その結果として学力が向上するよう、授業の質を高める取り組みを推進しています。
もちろん、これまでの教員の努力が足りなかったというわけではありません。先生方の多くが、緻密な指導案を作成し、熱心に授業を行っています。しかし、指導案通りの授業に注力するあまり、目の前の子どもたちの反応に対する意識が十分でないケースも見受けられます。指導案づくりも大切ですが、一方通行の授業になってはいけません。「子どもたちが授業をどう受け止めているか」を最優先に考え、授業を変えていくことが重要でしょう。

<岡部>「子どもたちが授業をどう感じ、どう成長したか」を重視されているのですね。そうした授業改善の支援のために、教育委員会として、具体的にどのような取り組みを実施しているのでしょうか。

<服部>2024年秋から「授業づくり支援訪問」をスタートさせました。以前は教育委員会の指導主事が学校を順番に訪問し、授業を参観して、その評価・指導を行っていました。しかし、それでは現場の教員はどうしても受け身になってしまいがちです。そこで、「授業づくり支援訪問」では、希望する教員・学校を指導主事が訪問し、授業を企画する段階から参加して先生方と一緒に授業をつくり上げる形に変えました。1回の授業だけを見て改善案を伝えるのではなく、授業実施後のフォローアップも含め、1校につき3回訪問し、授業づくりのプロセス全体の改善を支援しています。指導主事にとっては1校あたりの対応量が増えるため、教育委員会内での業務や会議の見直しを行い、訪問の時間を確保できるようにしました。「授業づくり支援訪問」は希望制ですが、想定以上に希望する学校が増えています。双方向型の授業づくりやICTの効果的な活用に悩んでいた先生が少なからずいたからでしょう。

図1 「授業づくり支援訪問」の様子

*いわき市教育委員会の資料をそのまま掲載

また、各学校が児童生徒の学力調査等の結果を独自に分析できるダッシュボードシステム「学校カルテ」を整備しました。教育委員会が分析するのはあくまでも総体的なデータであり、各学校の状況は異なります。そのため、教員が自分たちでデータを分析し、目の前の子どもたちの状況を把握しながら対応策を検討できるようにしました。現場に即した分析が可能になるため、結果に対する先生方の納得感がより生まれやすいと考えています。

「点数を上げよう」ではなく、「授業を変えよう」という呼びかけに変えたことで、教員が課題を“自分事化”することができ、授業改善への意識が高まっていると感じています。

図2 「学校カルテ」のホーム画面
様々な図表でデータが可視化され、分析しやすいよう工夫されている
*いわき市教育委員会の資料をそのまま掲載

2.学校に足を運び、現場の声に積極的に耳を傾ける

<岡部>服部教育長は「教育長だより」を通じて、教育政策のあり方やご自身の考えを積極的に発信されています。その中で「学力中位層の学力の伸び悩み」について、「特に学力中位層の子どもたちへの手立てが重要」だと言及されていますね。

図3 いわき市教育委員会のウェブサイトで公開されている「教育長だより」

<服部>はい。学力中位層はボリュームゾーンであり、かつ、学校の授業の影響を最も強く受ける層だと考えています。特に、中学校段階の学力の伸び方に課題を感じています。本県が独自に実施する「ふくしま学力調査」によれば、小学校段階よりも中学校段階の方が、学力の伸びが緩やかになっています。授業見学時の印象としても、中学校の方が、一方通行の授業が多いと感じています。その点は改善をしていく必要があると思っています。

<岡部>一方通行ではない授業に変えていくために、教育委員会としてどのような工夫をされていくお考えですか。

<服部>いわき市内にも、一方通行ではない、双方向型の授業を実践している教員は当然いますので、まずは他校の教員にもそういった授業を知ってもらう機会を増やすことが重要だと考えています。しかし、先生方は多忙であるため、他校の授業を見る機会は限られます。そこで、教員研修の場の活用などを検討しています。例えば集合研修では、教育センターの一室に集まって研修を受けるのではなく、近隣の学校を訪問して授業を見学するような柔軟な形に変えるのもよいのではないかと考えています。
また、「事例発掘訪問」を行い、優れた事例を動画などで紹介し、市内の学校へ広める取り組みを始めたいとも考えています。長時間の動画は視聴されにくいため、要点に絞ったダイジェスト版の動画を作成したいと思っています。

<岡部>「教育長だより」でも、毎回、整理された論点を分かりやすい表現で発信されていますね。また、小・中学校に足を運ばれて見聞きされたことも書かれています。実直なお人柄がうかがえますが、これまでのキャリアについて教えていただけますか。

<服部>私自身は教員ではありませんので、教壇に立った経験もありません。いわき市教育長に着任したのは2022年の秋で、それ以前は文部科学省で教育施設の整備や予算関連の業務などに長く携わってきました。学校現場での予備知識がないからこそ、現場の声にしっかり耳を傾け、偏りのない視点で物事を見るようにすることを心がけています。

<岡部>着任当初、いわき市にはどのような印象を持たれましたか。

<服部>本市は面積が広い上に人口に対して学校数が多く、学校が各地に点在しているというのが特徴です。加えて、小規模校から大規模校まで、学校規模にバリエーションがあります。多様性という点ではよい面もありますが、「一律的なやり方がなじみにくい」といった難しさを感じました。例えば、1つの学校の先進的な取り組みを、成功事例としてそのまま他校が導入しても、学校ごとに置かれている環境が大きく異なるため、期待する成果が上がらないことが想定されます。そのため、市全体を一律に扱うのではなく、いくつかのエリアに区切り、その中で面的な広がりを持たせるというやり方が本市には適していると感じています。
そのような背景もあり、各学校が置かれている様々な状況を理解するために、着任当初から現場に足を運び、話を聞くことを大切にしています。市内には90を超える小・中学校があるため、頻繁に各校長と話すことはできませんが、フランクな対話を重ねることで良好な関係を築きつつあります。今後は校長だけでなく、一般の教員や保護者、子どもたちとも話をする機会も増やしたいと思っています。

3. トップが代わっても機能する仕組みづくりを目指して

<岡部>ここまでは「学力向上に向けた施策に力を入れている」というお話が中心でした。そのほかに現在、いわき市が注力されている施策はありますか。

<服部>不登校児童生徒の支援対策に力を入れています。本市は面積が広いため、地域分散型の支援を目指して、校外型の教育支援センターの拠点を増やしています。拠点は地域の公民館などに一室を設ける形で、指導員が常駐して児童生徒や保護者をサポートしています。現在、センターは6か所ありますが、来年度中にさらに2か所増やす予定です。
オンラインを活用した支援も検討しています。福島県は2024年度から不登校児童生徒の支援センター「room F」を開設し、メタバース空間の教室でオンライン学習や子ども同士の交流ができるようにしています。今年度からは本市の子どもたちも、それを利用できるようになりました。教育支援センターの拠点の拡充に加え、オンラインも活用して、積極的に不登校児童生徒を支援していきたいと考えています。

<岡部>最後に、今後の展望についてお聞かせください。

<服部>「目の前のやるべきこと、できること」にしっかり取り組み、小さな成功を積み重ねていきたいと思っています。
よい取り組みを広げていくには「トップが代わっても機能する仕組みづくり」が重要です。その点で、前述した授業づくり支援訪問は仕組みとして軌道に乗るように仕上げたいと思っています。地域に根差した、持続可能な仕組みをつくっていけるよう、今後も様々な可能性を探っていきます。

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