前回は、多様化が進む予測不可能な時代に必要な資質・能力の中でも、多様性を受け入れるポジティブなマインドセットや、その土台となる自己肯定感の大切さをお伝えしました。今回は、私がこれまで大学教員として学生を指導してきた中で最も課題を感じ、育成が急務と感じている「問いを立てる力」についてお話しします。

これからの社会に必要な 問いを立てる力

「学問とは中立的、客観的であるべき」という根拠のない信念集合に挑戦したのが女性学です。大学には入学したものの、圧倒的に男性優位の場であった学問の世界で居場所を見つけられずにいた私にとって、女性である自分自身を研究対象にしてよいという当事者性の高い女性学は、非常に魅力的でした。学問の世界においては、エビデンスと論証を伴うことは大事ですが、それ以上に、自分事から始まる当事者性や現場性、そこから生まれるオリジナリティがとても大切です。まさに、知は現場で発生するのです。

子どもたちがこれから生きる時代は予測不可能性を増しています。コロナ・パンデミックやロシアのウクライナ侵攻など、専門家の誰が予測したでしょうか。3.11の原発事故もそうです。可能性は以前から指摘されていたとはいえ、本気で警鐘を鳴らし続けた専門家がどれだけいたでしょうか。予測を超える出来事が、次々に、私たちの目の前で起きています。しかし、そうした変化する時代に必要な、社会の状況に興味・関心を抱き、自ら問いを立てて答えを出せる人材を育てる教育システムを、日本は構築できているでしょうか。心もとないのが実情だと思います。現在の教育システムは、世界に追いつき、追い越すことを目標とする時代の人材育成モデルを前提に作られ、正解が1つの問いに答えを出す能力を評価するものです。大学入試改革が進む現在も、正解のある問いに対して正答率の高い人材を選抜する旧態依然とした選抜方式が多く、さらなる改革の推進が急務です。

最近の学生を見ていると、そうした旧来型の力を測る試験は突破できても、自分で問いを立てる力はとても弱いように思います。私が接している学生の中にも、ゼミで「答えのない問いを立ててごらん」と学生に投げかけたところ、「やったことがないから分からない」という答えが返ってきたこともありました。

高校での探究学習の推進のポイント① 
小さな問いを立てさせる

ただ、悲観的な状況ばかりではありません。問いを立てる力は、訓練によって高めることが可能であり、高校で行われている探究学習でそうした成果を挙げているケースも見られます。

高校における探究学習の推進のポイントの1つは、ありものの大きな問いを立てないことです。最近高校ではSDGsブームで、その中からジェンダーや気候変動といった課題を選ばせてリサーチをさせているケースがあります。実態はインターネットで既知の事実を調べ、それをまとめておしまい、となりがちです。それでは単なる調べ学習ですよね。プレゼンテーションソフトなどは器用に使いこなしますが、コンサル会社の新人社員のへたなプレゼンを聞いているような気になります。それを研究とは呼びません。大きな問いは専門家でもそう簡単に答えを出すことはできません。また、生徒自身にとって身近な、切実な問いになりにくいでしょう。そうではなく、まずは自分でも答えを出せる問い、自分の手に負える小さな問いを立てさせることです。そして答えを出して達成感を味わってもらいましょう。

「わたしたちは変えてきた だからあなたも変えられる」と題して、群馬県の高校で行われたオンライン討論会の様子。多角的な視点での上野先生の問いかけによって、参加した高校生はジェンダー問題などを見つめなおしていく。

写真提供:群馬県立大間々高等学校

高校での探究学習の推進のポイント② 
当事者性のある問いを立てさせる

生徒の内側から湧き出てくる当事者性の高い問いを立てることも重要です。ここで言う「問い」、あるいは「問題」とは、その人をつかんで離さないもののことです。多くの生徒にとって、それは気候変動や人種差別のことではなく、もっと身近な、家族や友人、先生などに関することではないでしょうか。その問いによってきっと、モヤモヤした気持ちになっているはずです。そして、そのモヤモヤは、解き明かしたいもののはずです。

一例として、過去にある女子生徒から、「生徒会長に立候補しようとしたところ、女性は向かない、と先生に言われた」という話を聞いたことがあります。今はこうした指導はもちろん許されていないでしょうが、この時に感じたモヤモヤを解き明かすことこそが、当事者性のある問いになります。例えば、歴代の生徒会長の性別や選ばれ方、性別バイアスの有無や内容を調べ、なぜその先生はそのような発言をしたのか、本人にインタビューしてもよいでしょう。そうしてモヤモヤの正体を解き明かそうと調べ、考えることが、問いを立てて問いに向き合うということにほかなりません。

そのような問いを生徒たちに立てさせれば、モヤモヤがたくさん出てきます。学校に関する生徒のモヤモヤには、時に教師も他人事ではいられない内容が含まれるでしょう。そのモヤモヤを教師が受け止めるためには、教師の側にも覚悟が要ります。また、生徒がそうした思いを忌憚なく表現できるようにするためには、学校や教師が、生徒にとって安心・安全な場・存在であることが必要です。教師から見ればおかしいと思う問いでも、否定せず、受け止めてもらえる安心感を持っていないと、生徒は心から表現することはできません。私のゼミでも、学生の問いに対して、即座に「それはおかしいよ」「違うよ、無理だよ」といったジャッジはしないように心がけています。

高校での探究学習の推進のポイント③ 
必ずアウトプットの場を用意する

探究学習の推進における最後のポイントは、必ずアウトプットの場をつくることです。それは、小さな成功体験を積ませて達成感を味わわせることが目的です。私が教員を務めた大学では、新書1冊分にあたる8万字以上の卒業論文を書かないと単位を与えませんでした。8万字を一気に書くのは大変ですが、5、6章に分けて、まずは1章分を書くように指導します。それが書けたら次の章を書くよう指導するというように、成功体験を少しずつ積み、その度に達成感が味わえるようにしていました。

文字だけではなく、口頭でアウトプットする力も重要です。日本の学生は、答えが決まっている問いに解答することは得意でも、自分の考えを整理して、他者に分かりやすく示したり、他者を説得したりする力には課題があるように感じます。高校、あるいはそれ以前の段階から、もっとプレゼンテーション力を磨いておく必要性があると思います。

おわりに

これからの予測不可能な時代を生き抜ける人材を育成していくためには、学校教育においても、自ら答えが1つではない問いを立て、考える機会をこれまで以上に設けることが欠かせません。小さくても、当事者性のある問いを立てる練習を、高校の探究学習などでしていただくことは、大学での学びを深める上でもとても重要なことです。答えが1つではない社会でも自己肯定感を持ち、たくましく生きていける子どもたちを、先生方とともに育てていきたいと思っています。

(本記事の執筆者:神田 有希子)

上野 千鶴子(うえの・ちづこ)

社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長

詳しいプロフィールはこちら