前回は、専門家としての医学・心理学・教育学を中心とする学術的な知見と、大学生の娘を持つ母としての経験から、主に睡眠時間を十分に確保し、早寝早起きする習慣の大切さをお話ししました。今回は、成長とともに訪れる子どもの自立に向けて、保護者を始めとする周囲の大人ができることをご紹介します。
「心配」から「信頼」へ
私は、子育てとは「心配」を「信頼」に変える旅だと考えています。生まれたばかりの子どもは、触れれば壊れそうな繊細な存在です。そんな我が子に対する保護者の気持ちは、「心配」が100%です。ミルクをきちんと飲んでいるか、なぜ泣いているのか、どこか悪いのかと気にかけ、心配します。私自身も娘を出産した当初は「子育ては、こんなに不安だらけなものなのだな」としみじみ感じたものです。でも子どもは、2歳、3歳と成長するにつれて、自分で動き回り、話し、排せつし、気持ちや考えを伝えることができるようになります。保護者が「ああ、この子はこんなことが一人でできるようになったんだな、任せられるな」と思える部分が出てきます。この頃の保護者の不安は100%から85%くらいに減少し、残りの15%は「信頼」に変わります。
そうして徐々に「心配」を「信頼」に変えていき、社会的にも自立が求められる成人年齢になるまでに、保護者は子どもに対する信頼を100%にしておかなくてはなりません。子どもは保護者から100%信頼されていることで、自分に自信を持つことができます。そこで培われた自己肯定感が、自立をして生きていくための土台となるからです。
子どもを100%信頼できる存在に育てるためには、子どもはもちろん、何よりも保護者の努力が不可欠です。いくつになっても保護者が先回りをして子どもにリスクを回避させ、未知のことに挑戦させないままでは、子どもは成長することはできません。ぜひ、様々なことにチャレンジさせてください。必ずどこかで失敗すると思いますが、その時は子どもに「大丈夫だよ」と声をかけ、保護者自身もそれまで増やしてきた「信頼」を「不安」に逆戻りさせることなく、子どもの再挑戦を見守ろうとする心構えがとても大切です。
例えば、「信頼」の占める割合が、子どもの小学校入学時に下がってしまうケースがしばしば見られます。それまでとは異なる大人数での学習中心の生活や、家庭学習に取り組む様子、担任との個人面談などを通じて、我が子への不安が増えるからでしょう。学校の先生方には、保護者が心配しすぎない伝え方をするなど、少し気をつけていただけたらと思いますが、保護者自身でも、「心配」過多に陥らないように気持ちをコントロールしましょう。もし、子どもが宿題をきちんとやっているか不安を感じた時は、あえて子どもを信頼して、宿題にはかかわらないようにするのも一案です。そうすると、子どもは意外と自律的に取り組むようになります。ちゃんと宿題に取り組めていたら、子どもを褒めましょう。そうすることで、子どもはうれしくなり、さらにがんばるといった好循環が生まれるでしょうし、保護者から子どもへの「信頼」も高まっていきます。
子どもの自活力を幼少期から高める
子どもの生活力を徐々につけていくことも重要です。日本では、家庭生活の実務を母一人、または大人だけで担っていることが多いように思います。家族の一員として、もっと子どもを巻き込んでいくべきです。1人で暮らすようになってもきちんと寝て、起き、1日3食を食べるために必要なスキルは、短期間では得られません。保護者ができることは、日々の生活を子どもたちにどんどん任せることです。たとえ2、3歳でも、洗濯物の中から自分の服を取り出す程度のことはできます。子どもが自立できるように育てることこそが子育てが目指すところであり、そのためには子どもが自分でできることを少しずつ増やせるようにすることが大切です。学校でも、家庭において子どもが生活にかかわる後押しをできるとよいでしょう。
小学生ぐらいまでは、自立に向けたサポートの中心は保護者が担いますが、中学生、高校生と成長するにつれて、保護者が担う部分を減らしていきます。その頃になると、子どもには、自分のことを客観的・俯瞰的に捉える「メタ認知」の力がついてきます。睡眠習慣に関して言うと、中学生・高校生になり、自分自身で早寝早起きをするメリットを実感することができれば、おのずと実践するようになります。私が代表を務める、専門家集団による親子支援事業「子育て科学アクシス」では、簡易的な装置ですが、子どもの血流の動きを通じて自律神経の働きを客観的に数値で示せるようにしています。しばらく、早寝早起きを続けていると、その自律神経の数値が改善されているのが子ども自身にも分かり、自ら早寝早起きの習慣を続けようという気持ちになります。そのように、睡眠の重要性を、数字や科学的な根拠を交えながら丁寧に伝え、働きかけてみてはいかがでしょうか。また、保護者の言うことは聞かなくても、慕っている先生が言うことには素直に耳を傾けるものです。そうした段階になったら、何事においても保護者が介入するのではなく、子どもと教師が直接つながる関係を信頼して任せましょう。
学力が「あと伸び」できる素地をつくってほしい
現在の社会は多様化が進み、私の専門である特別支援についても、必要な支援の種類が多岐にわたっています。そうした中で、我が子や自分たちだけがよければよい、幸せになれればよいとする考え方が近年増えているように感じ、危惧しています。なぜなら、脳の発達の最終段階である「こころ」を育てる環境として適切ではないからです。高次の心の発達は、他者との関係性を土台に育まれます。その土台が狭く自己中心的なものであれば、大人になってからも同様の人間関係しか育むことができません。自分の家族以外の人が幸せになるために何ができるのかを大人が率先して考え、それを子どもにも家庭内で伝えていくことで、多様化している教室で一緒に学習する土壌が育まれます。家庭を閉じずに、ご近所づきあいを大切にしましょう。そうしたことが、子どもが学級の様々な友だちを慮り、クラス全体でよりよい方向にしていこうとする心を育みます。そのようにして豊かな「こころ」が育まれた子どもが、人間性も学力も「あと伸び」していくのです。
子育てや教育も同様です。「忘れ物や宿題をしてこないことが多い」「準備が遅い」など、今現在の状態や結果ばかりにとらわれず、安易に子どもを手助けせずに我慢しながらゆっくりと育てていく気持ちが大切です。私自身がそうだったように、友だちとのコミュニケーションが苦手だったり、忘れ物やボーっとしていることが多かったりしても、他の子どもと比べる必要はありません。早寝早起きをして、「からだの脳」をしっかり作っていれば、子どもは確実に育っていきます。学校の先生方にも、保護者にも、そうした子どもの成長を信じて、見守っていただきたいと思いますし、その上で、学校や家庭で応対することが難しい困り事は、ぜひ私たちのような専門家を頼ってほしいと思います。皆で連携し、助け合える、すべての人にとってよりよい社会になっていくことを切に願っています。
(本記事の執筆者:神田 有希子)